86 お会計
ふわふわのロフロケーキをあっと言う間に食べてしまった。
「結構な量があったのに、全部食べちゃったわね」
わたしなら一ホールくらい余裕だけど、普通の女性なら四分の一で充分だ。なのに、半分をあっと言う間に食べちゃうんだから凄いわ、これ。
「はい! ここのロフロケーキは最高です!」
マリッタも大満足のようね。素が出てるわ。
「そうね。わたしも似たようなものを作ったことあるけど、ここまで美味しくはできなかったわ」
材料、器具、オーブンて城のもののほうが勝っているでしょうに、モルティーヌのロフロケーキのほうが二段上をいってる感じだわ。
「奥食堂で出るようになったカップケーキ、あれも美味しかったです」
「あら、裏厨房で作るようになったのね」
ミゴリが作り出したのかしらね?
「今度、ロフロケーキでも作ってみようかしらね?」
こんな美味しいロフロケーキを食べたらわたしも作りたくなっちゃったわ。
「シャルロット様は、なんでもできてしまうんですね」
「器用だとは思うけど、なんでもはできないわよ。わたしにも不得意なことはあるわ」
よくおばあ様から「あなたはなんでも器用にこなすけど、生き方だけは不器用よね」って。
自分でもそう思う。わたしは、たくさん人の中で生きるには不器用な人間だと思うわ。
「このロフロケーキはお土産にできるのかしら?」
「予約しないと食べれないものですからどうでしょう?」
「じゃあ、これは気を利かされたってことかしら?」
「そうだと思います。わたしがザンバドリ侯爵家で働いていることは、ちょっと大きいところは知っていると思いますから」
マリッタの対応からわたしの身分を鑑みて、お近づきになったほうがいいと判断されたのね。
「わたし、変なところがあったかしら?」
髪の色は確かに珍しいでしょうげど、まったくいないって髪の色ではないはず。態度もそんな変ではなかった、はず。いや、ないよね?
「えっと、雰囲気がその、他の侍女様とは明らかに違います」
「え、そうなの? わたしとしては普通にしていたつもりなのだけれど……」
「……明らかに目立っていました……」
あ、明らか、なんだ。わたし、侍女としてダメだったりする?
他の侍女を見て真似ているつもりが真似てなかったとは。侍女長様から教育してもらったほうがいいのかしらね?
「紅茶のお代わりは如何でしょうか?」
レイナさんがポットを持ってやってきた。
「はい。いただきます」
遠慮なくお代わりをいただいた。
「とても美味しいロフロケーキでした。お土産にしたいくらいです」
「ありがとうございます。二つでしたらご用意できますよ」
予約しないといけないのに二つも用意できるとか、言われることを見越していたっぽいわね。
「まあ、二つもよろしいので? こんなに美味しいなら他にも欲しがる人はいるでしょうに」
「ザンバドリ侯爵家のご令嬢様には贔屓にしていただいております。侯爵夫人様によろしくお伝えくださいませ」
これは、あれかしら? おば様にもご贔屓いただきたい、ってことかな?
これだけのお店ならおば様の贔屓なんてなくてもやっていけるでしょうに。なにかあるのかしら?
「はい。奥様にお伝えしますわ」
きっとおば様に近い存在なのはなんとなく見抜いているのでしょうね。
「では、すぐにご用意致します」
「マリッタ。馬車に運ぶようにお願いしますね」
この大きさのを二つにお土産がある。それらをマリッタに持たせるわけにもいかないでしょうから、レイナさんについていくよう言いつけた。
「畏まりました」
レイナさんとマリッタがいなくなると、サイモンさんがやってきた。
「大変美味しいものをいただきました。ありがとうございます」
「お気に入りいただければ幸いです。またのお越しをお待ちしております」
「ええ。お会計をお願いします」
今さらだけど、こういうところのお会計ってどうしたらいいのかしら? 直接渡せばいいの?
「はい。こちらになります」
と、革の皿? に値段が書かれた紙と綺麗な布が折り畳まれていた。
値段を見て革の皿に銀貨四枚を置いた。
「ありがとうございます」
折り畳まれた布を広げて銀貨に被せると、サイモンさんが布の中に手を入れた──と思ってたらすぐに手を抜き、こちらを見た。
微かに金属が擦れる音がしたからおつりでしょう。つまり、取れってことかしら?
なんの決まり? と思いながらも布の中に手を入れ、おつりをつかんで手を引っ込めた。正解ですか?
布がかかったまま革の皿を下げた。
「用意が整いましたらお呼びに参ります」
なんと言うか、面倒なことするのね。でも、あとでマリッタに聞いておこうっと。
「はい。お願いしましね」
当たり前のように笑顔で答え、何事もなかったように紅茶をいただいた。




