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わたしはタダの侍女ではありません  作者: タカハシあん


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80 支店

 王都にくるとき通った道なのに、まったく記憶がない。わたし、ちゃんとこの道を通ってきたよね?


 貴族街から出てると、庶民でも上流に位置する者たちの区域になる、らしい。


 ……わたし、ここにくるときなにしてたんだっけ……?


 仕事のしすぎで記憶力がおかしくなったのか心配になるくらいである。


 馬車は大通りを走り、右に左にと曲がり、しばらくして繁華街っぽいところに出た。


「王都って広いのね」


 四十万人とか五十万人とか言われており、王都を横断するだけで半日はかかると昔聞いたことがあるけど、誇張ではないようね。


「そうですね。王都で生まれたわたしも極一部しか知りません」


 わたしの呟きに、マリッタが答えてくれた。


 下女と侍女の間には大きな差がある。下女が気軽に侍女とおしゃべりすることはない。


 けど、マリッタは気軽に答えてくれた。おそらく侍女長様がなにか言ったのでしょう。わたしは基本的な侍女としての心得を知らないからね。


「シャルロット様。サナッタ地区に入りました」


 道の両脇に店がずらっと並んでおり、人の往来も多い。薬の材料だけじゃなく他のものも売ってそうね。


「お嬢様。そろそろ到着いたします」


「はい。わかりました」


 今の声、御者よね? お嬢様って? 


「街では侍女であることが知られるといろいろ問題がありますので、お嬢様呼びされるのです」


 へ~。そうなんだ~。いろいろ考えてあるのね。


 すぐに馬車が停止し、御者が戸を開けた。


 降りたそこは広場のようで、たくさんの馬車が停まっていた。


「ここは、サナッタ地区北の馬停場です。辻馬車や買い物にきた馬車を停めるところです」


「そう言うのがあるのね」


 内心では「へ~!」と叫び、表情は穏やかさを保っている。


 いろいろあると言うなら目立つことは避けたほうがいいでしょう。まあ、わたしの髪は珍しいから幾人かの目がこちらに向いているのがわかるわ。


「マリッタは、この辺は詳しいの?」


「いえ、そんなに詳しくはありません。もし、探しものがあるなら実家の者を呼び寄せます。近くに支店がありますので」


 支店があるのか。結構大きな商会のようね。


「では、その支店まで歩きましょうか。街の様子も見たいですから」


 せっかくだし、ミリエイラ商会がどんなものか見ておきましょうか。


「わかりました。こちらです」


 マリッタと横並びで支店へと向かった。


 ……やはり複数人、わたしを見ているわね……。


 敵意や害意の視線ではない。好奇と値踏みの視線かな? 


「シャルロット様、よそ見をしてると目立ちますよ」


「ふふ。ごめんなさいね。珍しくてつい」


 ちょっと露骨すぎたわね。もうちょっと自然に警戒しないと。


 マリッタの忠告に視線を動かすだけに止めていると、背後から駆けてくる気配を感じた。


 ……視線はマリッタに向けられているわね……。


 横目でマリッタを見ると、巾着袋を右腕に下げていた。これを狙っているのかしら?


 視線の主が速度を上げてきた。やはり狙いはマリッタの巾着袋のようね。


 巾着袋はマリッタとわたしの間。強引に突っ込んできて奪う感じかな?


 突っ込んでくる瞬間、右の人差し指を向けて極小魔弾を放った。


「んぎゃっ!」


 おっと。威力が高かったみたい。


 悲鳴に驚いたとばかりに振り向くと、みすぼらしい服を着た十二、三歳くらいの男の子が踞っていた。


「ど、どうしたのかしら?」


「シャルロット様が気にすることはありませんわ」


 わたしの腕をつかみ、強引にその場から去った。


 充分離れると、わたしの腕をつかんでいたマリッタが離れ、長く息を吐いた。


「大丈夫? どこかで休憩する?」


「あ、いえ、大丈夫です。シャルロット様こそ大丈夫ですか? 驚かれましたでしょう?」


「そうね。なんだったのかしら?」


「おそらく引ったくりでしょう。あい言う輩はいい服を着た者を狙ってくるのです」


「ここは治安が悪いところなの?」


「いえ、悪くはありませんが、人の多いところにはどうしても現れるのです」


「そうなのね。気をつけないといけないわね」


 あの程度なら問題ないけど、マリッタに危害が及ばないようにしないとならないわね。よそ様のお嬢さんなんだから。


 気を取り直して先を進むと、ミリエイラ商会の支店が見えてきた。


 大きな看板にミリエイラ商会と書かれ、なにか垂れ幕みたいなのがいくつも垂らしていた。


「なにを扱っているお店なの?」


「主に織物を扱っております」


 あ、織物ね。だから垂れ幕を垂らしていたのね。宣伝として。


「マリッタお嬢様!」


 垂らしてある織物を眺めていたらマリッタを呼ぶ声がした。


 見れば四十くらいの男性がいた。雰囲気からして支店長かしら?


「連絡もなくお越しになるなどなにかありましたか?」


「いえ。今日はお付きとしてきました。ロック。こちらはシャルロット様です」


「サナッタ地区でミリエイラ商会の番頭を任されております、ロックです。お見知り置きを」


「初めまして、ロックさん。わたしは、シャルロット・マルディックと申します。マリッタにお願いして連れてきてもらいました」


 マリッタの雰囲気とマルディックの家名に察したのか、ロックさんの表情が引き締まった。できる商人って感じね。


「シャルロット様。とりあえず、中でお話し致しましょう」


「ええ。立ち話もなんですから中へ」


 二人に勧められるままに支店へと招き入れられた。

宣伝。『隣の幼なじみがまた「ステータスオープン!」と叫んでる 勝ちヒロインの定義』も読んでもらえたら幸いです。

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