61 わたしが原因
「ミア。まずはケーキをいただきましょう。シャーリー、お願い」
「畏まりました」
侍女としての立場を守りつつ、チョコレートケーキを切って二人に出した。
「シャーリーねえ様のケーキなんて久しぶりだわ」
「わたしは去年食べたけど、チョコレートケーキは何年振りかしらね?」
わたしがケーキ作りを始めたのは三年前くらいだから、おばあ様が作ったのでしょうね。
……お母様は料理が苦手な人だったらしいからね……。
「紅茶を淹れますね」
異次元屋で買った紅茶を淹れて二人に出した。
「美味しいっ!」
「本当にね。チョコレートをふんだんに使ったケーキなんて久しぶりだわ」
それはお酒に使っているから食べられないのでは?
「シャーリーねえ様。お土産にケーキを作ってくださいませ。チョコレートじゃなくてもいいので」
「畏まりました。ミゴリ。スポンジケーキを作っててください」
ミアリアナがケーキをねだったのは本心でしょうが、ミゴリを外して話したいのも混ざっているのでしょうよ。
「は、はい! 畏まりました!」
緊張してたのか、カチコチな動きで部屋を出ていった。
……見習いがいきなり侯爵夫人や令嬢の前に出したら当然だったわね。ごめんなさいね、ミゴリ……。
「シャーリー。座りなさい」
「シャーリーねえ様、こちらにどうぞ」
ミアに腕をつかまれて同じ長椅子へと座らされてしまった。せっかく侍女としているのなに困った親子だわ……。
「メアリ、お茶を」
「はい」
侍女長様も少し和らぎ、紅茶を淹れて出してくれた。
「シャーリーねえ様、侍女の仕事は慣れた?」
「まだ慣れるほどやってないわ。大した仕事もしてないしね」
今日から初仕事で、やったのは呪い排除とチョコレートケーキを作ったくらい。してないも同然だわ。
「なにが大したことないよ。わたしですら気がつかなかった呪いを見つけて、埃を払うように排除したじゃないの」
「まあ、確かにあれはちょっと巧妙でしたね。わざと放置しているのかと思いましたし」
よくよく考えてみればあそこまで弱い呪いを仕掛けるのも凄いことよね。絵画より呪いのほうが芸術的だったわ。
「……シャーリーねえ様はやはりシャーリーねえ様ですね……」
なんの再認識よ? あまりよくないほうへの再認識よね、今の……。
「あなたの常識は人とズレてるのよ」
え? わたし、常識は学びましたけど?
「あなたは魔力が強く賢い故に、考え方、物の見方、感じ方が違う。それはしょうがないこと。あなたは特別なのだから責められることではないわ。けど、あなたの場合、変に順応性が高く、自分の興味には素直。たとえ王族でも振り払うだけの力がある。あなたはそれを理解してるからどうしようもないズレが出てくるのよ」
た、確かに、そう言われたら納得できることが多々あるわね……。
「そのズレを修正しろとは言わないわ。変に修正したららよけいにズレそうだからね」
「そうよ。シャーリーねえ様はシャーリーねえ様らしくいたほうが素敵だわ」
なんだろう。とても褒められてるようには感じないのだけれど……。
「まあ、あなたはあなたのままでいいってことよ。ただ、報告はちゃんとすること」
と、筆記帳を長卓に置いた。なんです?
「その日にあったこと、思ったこと、感じたことを書いて毎日メアリに出しなさい。まあ、謂わば日誌ね」
日誌? 侍女ってこんなことするの?
「わかりました。書きます」
まあ、やれと言うならやりますか。侍女としての生活を残しておくのもおもしろいかもね。
「シャーリーねえ様。今日は一緒に寝ましょうよ」
「寄宿舎に戻らなくていいの?」
夏期と冬季にしか帰ってこれないんじゃなかったっけ?
「外泊届けを出しましたから大丈夫です」
あ、そう言うのがあるんだ。案外、緩いところなのね。
「わかったわ。でも、その前にケーキを作らないとね」
一泊するならケーキの他にも作れる時間はある。お土産にするならマフィンとかがいいかしらね?
「じゃあ、わたしも一緒に作る!」
え? 一緒に?
「侯爵令嬢が厨房に入るなんていいの?」
下働きみたいなことを侯爵令嬢がしたら他の令嬢に侮られるんじゃないの? よくは知らないけど。
「蕾の会では調理実習があるから問題ないわ」
「そんなこともするの?」
お茶の作法とか踊りの稽古とか、ウフフオホホとおしゃべりとかしてるのかと思ってたわ(かなり失礼)。
「お母様の代からやってると聞いたわ」
「あー、そう言えばそうだったわね。あまり下らないことばかりしてるからサナリタと一緒に蕾の会を改革したんだったわね」
「かあ様、蕾の会に通ってたんですか?」
それ初耳なんですけど!
「あら? そうなの? あの頃、ミディが忙しかったから蕾の会に預けたのよ」
そ、そうだったんだ。まあ、わたしもかあ様のこと、そんなに訊かなかったしね。遊んでばっかりだったし……。
「興味があるなら暇なときにでも話してあげるわよ」
「そのときはよろしくお願いします」
もう母親を求める年齢でもないし、おばあ様に育てられたようなものだから寂しさもない。どうしても聞きたいわけじゃないので暇なときで構わないわね。
「シャーリーねえ様、着替えてきますね! メアリ、お願い!」
ミアが部屋を出ていってしまった。
「わたしが言うのも烏滸がましいけど、ミアも相変わらずお転婆ね」
「あなたの影響を受けてるからね」
はい。本当に申し訳ございませんです……。




