52 おバカ
夜、おば様の馬車が到着した。
「姫様、ご無事でなによりです」
「ふふ。ありがとう、ダオ爺」
御者たるダオ爺は元王国魔法相の魔法師で、おばあ様の生徒だった人。今は引退して御者としておば様のところで働いているのだ。
「奥様より伝言で『おバカ! 早く来なさい!』とのことです」
あーうん。そうだよね。この馬車を使えば四日ともかからないんだからね。気がつかなかったわたしがバカでした。
「ダオ爺。万全で来たのよね?」
「はい。そのせいで遅れてしまいました」
おば様のば馬車は通常の馬車ではない。引く馬も一角馬と、魔獣に属する強力な馬力を持つ。一頭だけでも通常馬の四倍あり、なのにおば様の馬車は二頭で引いている。一般の馬ではついて来れずに護衛なして移動するほどだ。
「アルジャード。兵士さん方をお願いね」
「はい。ナタージャ。シャーリー様の側にいろ。外に出るときは必ず付き添え」
わたしの信頼0のようです。まあ、アルジャードにしたら信頼できないでしょうけどね……。
ため息一つ吐いて三人で馬車へと入る。
「え? ええっ!?」
中に入ったミニオさんが驚きの声を上げた。
まあ、初めて入った人は驚くでしょうね。外から見た馬車はちょっと大型くらいでしょうが、中はその十倍はあるのだからね。
「シャ、シャーリー様、これはいったい……」
怖くなったのか、ミニオさんがわたしの服にしがみついてきた。
「魔道馬車ですよ。サンビレス王国にありません? 世界に十八台はあるそうですけど」
わたしもよくは知らないのだけれど、魔道馬車を造っているところがあって、人気があるそうだ。物が物だけに順番待ちをしてるとおば様に聞いたわ。
「そ、そんな話、聞いたことありません」
「そうですか。まあ、知らないなら知らないで構わないことなんですけどね」
普通に生きてたら必要ないものだしね。
「ミニオさん。少し休んでてください。わたし、やることがありますので」
「あ、なにかあればお手伝いします!」
「手伝ってもらうほどでもないので大丈夫ですよ。ナタージャも休んでなさい。お酒はそこにあるから飲みたいなら勝手に飲んでていいから」
馬車に入れてるのは葡萄酒くらいでしょうし、おそらくこの世界のもののはず。飲んだところでおば様たちには響かないわ。
……わたしもそろそろお酒を飲めるようにならないとな……。
なんて考えながら寝室へと入る。
異次元屋から買った大きい寝具に飛び込み、大きく伸びをする。
「あ~。この柔らかさが懐かしいわ~」
もう固い寝具では疲れがいまいちだったのよね。低反発マットは神だわ~。
そのまま眠ってしまいたいけど、おば様に連絡しなくちゃ。
スマホを取り出しておば様に繋いだ。
「──このおバカッ!」
スマホから放たれたおば様の一喝が右耳から左耳へと突き抜けていった。
み、耳がぁあぁぁぁっ!
あまりの衝撃に寝具の上でのたうち回った。
「……お、おば様、耳が、死ぬ……」
スマホは魔力で動くせいか、送り手が強い魔力だとそのまま通してしまうことがある。これ、動作不良よね?
「あなたがおバカだからでしょう!」
それからおば様の小言が延々と続けられ、わたしの命が1になりそうなくらいで終わってくれた。
「いい? なにがあってもまっすぐ来なさいよ!」
「……はい。わかりました……」
おば様との通話が切れ、反射的にスマホを遠くへと投げてしまった。
しばらく脱け殻になっていたけど、無性にお酒が飲みたくなった。
むくりと起き上がり、寝室を出る。
ツカツカと戸棚へと進み、葡萄酒を出して封を切り、そのままラッパ飲みする。
美味しいとは感じないけど、飲み干したら少しは気分が落ち着いた。
……大人が飲むのがよくわかるわ……。
とは言え、もっと飲みたいとは思わない。わたしにはまだ早い味だわ。
「ミニオさん。ナタージャ。わたしは寝るからそちらの部屋を使ってください。御水所はあそこです」
あとは寝るだけだからそれで充分でしょう。
「おやすみなさい」
また寝室に戻り、寝具に飛び込んでそのまま夢の世界へと旅立った。




