41 湯衣(水着だけど)
どこからか音楽が耳に届いた。
「歓迎会の始まりですね」
わたしと同じく耳がいいミニオさんが音楽がするほうを向いた。
「終わるまではゆっくりできますね」
「ミニーさんたちは控えなくていいのですか?」
まあ、ここは控室なのだから控えていると言えば控えているのだけれどね。
「歓迎会は近隣の貴族を集めてするものだからハールメイヤ伯爵家の侍女が仕切るんですよ」
「わたしたちは平民侍女は、上級侍女の場には入れないんです」
なるほど。そう言うことがあるんだ。どこも上下関係は厳しいものなのね。いや、聞いた程度の知識ですけど。
大使を迎える会は夕方の五時くらいから始まり、七時前には終わった。
夜会や舞踏会なら九時くらいまで続くのに、歓迎会は早く終わるのね。
と、思ったら奥様だけ控室(ガルズ様たちのほうね)に戻って来た。
「旦那様は他の部屋でお付き合いがあるそうよ」
とのことだった。あ、ナタリーさんが尋ねました。
「奥様は、これで終わりですか?」
しゃしゃり出るのは悪いかなと思いながら奥様とナタリーさんの会話に入らせてもらった。
「え、ええ。明日の朝は伯爵様の御家族と一緒に朝食をいただくわ」
「では、もうお休みになられるのですね?」
「え、ええ、まあ……」
それはなにより。夜更かしはお肌の天敵ですからね。
「ナタリーさん。ハールメイヤ伯爵家のお風呂を借りられますか? 化粧を落として髪やお肌の手入れをします」
部屋よりお風呂のほうがなにかと便利なんですよ。
「聞いて参ります。お湯は問題ないのですよね?」
「はい。場を借りられればそれでよいので」
すぐに控室を出て、すぐに戻って来た。そんな簡単に借りられるものなの?
「ハールメイヤ伯爵夫人もご一緒したいそうです」
ナタリーさんからハールメイヤ伯爵夫人に伝わるまで早くない? 普通、何人か挟むでしょう? 返って来るまで何十分とかかるでしょう? 直通なの?
「わたしがシャーリー嬢のことを話したら機会があればとお願いされていたの。いいかしら?」
「はい。是非」
ハールメイヤ伯爵夫人が一緒ならお風呂場を好きに使っても文句は言われないでしょう。好都合だわ。
話が決まれば行動(仕事)が早い侍女さんたち。あっと言う間にお風呂場には十四人も集まり、なぜか厳重な警備が敷かれた。なぜに?
「初めまして。バンドゥーリ夫人から聞いてるわ。美容に詳しいそうですね」
あれ? 黒衣からわたしのこと伝わってない? おじ様と繋がりがないのかな?
う~ん。おじ様の繋がりがどうなってるかわからないし、ここは流れに乗っておくほうがいいわね。下手に乱すとおじ様に怒られそうだし。
「まだ詳しいと誇れるほど極めてはいませんが、今できる最高の技をお見せいたします」
技術を高めるのにおごりは天敵。まだ先はあると精進しましょう、だ。
「お付きの方。奥様方の服を脱がしてください」
ナタリーさんに視線を向ける。わたしのやること知ってるだろうからハールメイヤ伯爵家側の侍女さんと協力してくれるでしょう。
と、信じてわたしは空のお風呂にお湯を満たす──のだけれど、ここのお風呂が大きすぎてすぐには溜まらない。これ、十人は余裕で入れるんじゃない?
「沸かすだけでも大変ね」
火と水の指輪を使ってもやっと半分なのに、薪でお湯を沸かしていたら半日はかかるんじゃないかしら?
魔法でお湯を沸かす手段もあるけど、魔法師がやっても大変なのは同じ。もっと別の方法を考えることもしないからお風呂文化って根づかないのよね……。
「石を燃やして水に入れるだけでも違うのだけれどね」
子どもの頃おばあ様が野外訓練で魔法を使わないでお風呂に入れる方法を教えてくれた。あの方法なら薪でお湯を沸かすより早くて手間は少ないはずだわ。
まあ、その方法をすると施設も変えなくちゃならないからどっちもどっちだけどね。
なんてこと考えてたらやっとお湯が満たされた。
「お待たせしました。お付きの方。お二人の体を洗ってくださいませ。軽くでよいので」
いきなりお湯に入ると心臓に負担がかかる。まあ、二人の年齢ならそんな心配をしなくてもいいのだけれど、念のためにね。
侍女さんたちがお湯をかけてタオルで軽く洗い、お湯へ入ってもらう。
体が火照るまで入ってもらい、今度は石鹸とブラシでしっかり洗ってもらった。
「お付きの方。お風呂の温度を上げます。服が濡れるので軽くしてください」
魔法で覆うこともできるけど、どうもナタリーさんたちやわたしのやることを学ぼうとしているので、それは止めておいた。
お風呂用の湯衣がないのか、全員が裸になった。
……同性しかいないとは言え、なんともあけすけだわね……。
まあ、そのうち湯衣も生まれるでしょう。わたしが着ている水着を見ている視線を感じるからね。
ナタリーさんの指示か、お風呂場には安楽椅子が用意されていた。
濡れてもいいのかしら? とは思いながらも二人に座ってもらいました。念のため、魔法で保護させてもらいます。
「お湯をかけて髪は軽く絞るように洗って、頭皮は指の腹で優しく洗ってください」
いつの間にかわたしが教えるようになってたけど、まあ、人のやるのを見るのも勉強と、頭を洗う指導をするのでした。




