39 増毛
剃刀の切れ味が秀逸すぎて背中がゾクゾクした。
異次元屋の世界の職人が作った刃物のよさは知っていたけど、この剃刀は頭一つ分抜けている切れ味。魔法で強化したものにも勝るものだわ。
……切れ味に取り憑かれて切り裂き魔になった人の気持ちがよくわかるわ。もっと髭を剃りたくなってるもの……。
「砥石と革砥、買うんだったわ」
さらに三万ポイントかかるから諦めたけど、この切れ味なら砥石と革砥も買っておくべきだった。これが終わったら絶対に買いよね。
「シャーリー嬢?」
「──あ、失礼しました」
切れ味に我を忘れていたことに気がついて、慌てて髭剃りを続けた。危ない危ない。ちゃんと集中しないと。
髭を全部剃りたい気持ちを抑えつけ、鼻の下と顎、もみあげといい形に仕上げ、調整用のハサミで長さを整え。あと、眉毛や鼻毛も整えた。
熱くしたタオルで顔を拭き、剃り残しがないかを確認。よし。
「ガルズ様。せっかくなので髪も洗いましょうか。すぐに終わらせるので」
大使だからか髪型は整えているみたいだけど、頭は滅多に洗ってない感じだ。油やフケも見て取れるしね。
「あ、ああ。頼む」
と頼まれたのでお湯玉を作り出してガルズ様の頭に被せ、ゴシゴシと洗う。
二度、お湯を変え、シャンプーで髪を洗う。
「……頭を洗うと言うのは気持ちのよいものだ……」
「本当は毎日洗うといいんですけどね。禿げなくなりますし」
まあ、禿げるのは食や生活、体質によってのこともあるけど、不清潔でも禿げてしまう。日頃の手入れは大切なんだから。
「ハハ。禿げるのは嫌だな」
サンビレス王国でも禿げるのは嫌なんだ。禿げは禿げなりに味があるのにね。
「禿げたらわたしが回復しますのでいつでも言ってください」
おじ様の髪もわたしが回復してフサフサにしてあげたしね。
「髪を回復!? できるのか?!」
「できますよ。よほどの状態でなければ、ですけど」
まあ、まだ四人だから絶対とは言えませんね。
「で、では、薬とかは……」
「う~ん。頭皮の状態がわからないので薬にするのは難しいですね~」
増毛剤ならおばあ様が作ってたけど、わたしは回復魔法を改良して増毛魔法を作り出したから作り方知らないのよね。どこに仕舞ったかも忘れたし。
「ただ、気休めていどのものなら作れますかね?」
効果のほどはなんとも言えないけど、状態が悪くなければ生えてくるはずよ。
指先から水魔法と回復魔法を融合させたものを作り出す。
「髪の薄い方っていらっしゃいますか? 試してみたいので」
「──はいっ!」
となに気に尋ねたら年配の騎士様が声を上げた。びっくりしたー!
「……ダイガ……」
「わたしで試してください!」
と呼ばれた騎士様は、確かに頭のてっぺんの髪がなくなっていた。
……なにか物凄い気迫ね。一歩も退かないって感じだわ……。
「わ、わかった。シャーリー嬢、ダイガで試してください」
ガルズ様の許可が出たのでダイガ様の頭に……増毛水をかけた。
「試しに作ったものなのでしばらくお待ちください」
込めた魔力は微々たるもの。即効性はない、はず。
今はガルズ様の洗髪が優先なので続きを再開させた。
綺麗さっぱりになり、乾かして毛先を整えるためにハサミを通した。
「うん。完璧!」
満足いくできに思わず口に出てしまった。
「ガルズ様。お確かめください」
手鏡を渡してできを確認してもらった。
奥様も確認に入り、ガルズ様の頭をつかんでマジマジと見ている。奥様、ガルズ様の扱いが乱暴ですよ。
「ダイガ様。少し見せてもらってよろしいですか?」
あちらは落ち着くまで時間がかかりそうなので、ダイガ様の具合を見せてもらいましょう。
ダイガ様にしゃがんでもらい頭頂部を見る。意外と、と言うのは失礼か。きっと気にしているから毎日手入れしてたのでしょう。髪を増やす歴史は長いとおばあ様が言ってたからね。
「なにか薬をつけてましたか?」
「はい。市販のものを……」
まるで効果なし、って感じ。まあ、この世界の薬もそんな発展してないしね、症状に合わせて作ってないか。
「ん? 出て来た」
よく見れば、と言ったていどだけど、効果はあったみたいね。
「本当ですかっ!?」
「触ってみてください」
恐る恐る頭頂部に手を伸ばし、何度か撫でる。
「……は、生えている……」
「でも、効果はいまいちね」
増毛魔法ならフサフサになってるのに。
「ダイガ様。もう一度試してもよろしいでしょうか?」
もう二段階上を目指したいわ。
「はい! よろしくお願いします!」
快い承諾を得たので二段階上の……増毛水(と命名)を作り出して頭頂部にかける。
二分ほど経過を観察。お、伸びる伸びる。四㎝(異世界の寸法です)は伸びたわ。
「こんなものかしらね?」
ただまあ、他との長さが違うので、とんでもない髪型になってるけどね。
「……おぉ、髪が伸びた……」
本人は伸びたことに感動してるし、いっか。
「シャーリー嬢。それを譲ってもらえないだろうか? もちろん、礼はしますので」
「はい、構いませんよ」
ダイガ様の涙を見てたら嫌だとは言えませんしね。




