35 時と場所と場合
お湯玉を五つにして全回転。汚れが酷すぎるわ。
「洗濯とかしなかったんですか?」
ナタリーさんやミニーさんがガルズ様や奥様の世話に下がったため、一緒に洗濯を見守るタリオラさんに尋ねた。
「……衣装は二回か三回着れば払下げされるか下取りに出されます。まあ、奥様は堅実な方なので十数回は着るんですが……」
あ、そう言えばそうだったわね。貴族の普段着以外の衣装は使い捨てだ、って。
「貴族の衣装は不便ですよね」
異世界のファッション──服の型は何百年も先をいっていて、とても洗練されている。組み合わせは無限とも言っていいわ。
……あんなファッションがこの世界でも広がったらいいのにな~……。
侍女じゃなく服屋さんでもいいわね~。とか妄想しながら洗濯を終わらせた。
「う~ん。少し色落ちしたわね」
生地もだけど染め具合もダメなのね。まったく歯痒いわ~。
「このくらいなら大丈夫ではないですか? 元々色落ちしてましたし」
まあ、何回か洗ったからか色は落ちてたけど、さらに一割落ちた感じだわ。
「これで式典に出させるのは許せないわね」
これが生活で着るなら文句はないわ。けど、人前で着るとなるとわたしの美意識が許さない。綺麗な服は綺麗じゃないといくないのよ!
「しょうがない。魔法で処理するか」
魔法で服を創る──正解に言えば具現化することは可能だ。わたしの魔力なら百でも二百でも余裕でしょう。けど、それは服ではない。魔法だ。装飾道からは外れるわ。
まあ、必要なら魔法で服を創りもするけど、今はそこまでする必要はないわ。やるなら修復か被膜かしらね。
「ガルズ様と奥様は、どの服を使用するのですか?」
「そのときの状況で服を選ぶので、わたしにはなんとも……」
そりゃそうか。時と場所と場合によって服装を変える必要がある。そのためにこんなに衣装を持って来たんだろうからね。
「しかたがないわね。なら被膜にしましょうか」
修復は他の糸を持って来てほつれを直し色をつける方法だ。ほつれはなんとかできても色染め材がないと修復は無理だしね。
お湯玉からお湯と汚れを排出し、結界に熱風を入れて衣装を乾かした。
結界を解いて衣装をベッドに並べてもらった。
「どうするのですか?」
衣装を魔法で浮かべて色を確認す。
「な、なにをしてるのですか?」
「色の確認です」
被膜もいろいろあり、全被膜から一部被膜。絵をつけたり水を弾く被膜だったりある。
今回は同じ色を被膜にしようと思っているわ。ちょっと輝かしく、ね。
「香水が欲しいところよね」
衣装は視覚だけじゃなく嗅覚にも働きかけてこそ栄えるのよね。
「香水なら奥様のがありますが」
と言うので香水を見せてもらった。
「……濃いわね……」
それにいい匂いがしないわ。サンビレス王国ではこう言う香りが流行っているのかしら?
「臭い消しも兼ねてますので」
そりゃ洗濯しなければ香りで誤魔化すしかないわよね。
衣装に色被膜していく。何回かやったけど、派手すぎず元の色を損なわず、見た目よくするのは難しいわよね。わたしの色彩感覚、もっと頑張りなさいよ。
「灯りとの関係もあるし、煌めきすぎも不味いわよね~」
夜と昼の違いもあり、人工的な灯り火によっても色合いを考えなくちゃならない。こんなことならもっと試行錯誤しておくんだったわ。
「式典はそんなに派手にしなくてもよいのでは? 主役は旦那様ですし、奥様が目立ちすぎもよくないですし」
あ、そう言うこともあるのか。考えもしなかったわ。
「では、少し暗めにしますか」
元の色から二割暗くした感じにする。
「装飾品も押さえたものにするんですか?」
「そうですね。そうなるかと思います。装飾品は奥様が選ぶのではっきりそうだとは言えませんが」
まあ、そこは奥様の感覚に任せましょう。いろいろ夜会とか出ているでしょうからね。
他の衣装も色被膜を施した。
「旦那様のはどうしますか?」
「男性のは洗濯だけで構わないでしょう。ほつれや色も落ちてないようですし」
男性は衣装より勲章の輝きのほうが重要でしょうしね。
「式典まで少しの時間があるなら散髪と髭を整えましょう。少し乱れてますしね」
自分でやっているのか、ちょっと野性味がある。髪も中途半端に伸びてだらしないわ。
「わたしが刃物を持っても大丈夫かしら?」
「シャーリー様なら問題ないかと思いますが、ナタリー様と相談します」
「わかりました。お話ください」
一応、異次元屋で産毛剃り用の刃物を買ったけど、男性の髭は大丈夫かしら?
「誰かで試したいわね。兵士で髭を生やしてた方、いたかしら?」
全然かかわりがなかったから髭が生えていたかも記憶にないわ。
「タリオラさん。兵士さんで髭剃りを練習したいんですが、できますかね?」
一応、できるかどうか尋ねてみる。ダメなら諦めるけど。
「では、聞いて来ます。兵士たちは休憩していると思うので」
なかなか臨機応変で行動的なタリオラさん。そう言うとハールメイヤ伯爵家の侍女さんに話を通して部屋を出ていった。
こうして裏方を見ると、侍女って能力がないとやれない職業だと思い知らされるわね……。




