25 *アリューナ*
「……あの子は、まったく……」
思わず呆れとため息が漏れてしまった。
ミディの孫だけあって厄介事に暇もない。まさかサンビレス王国の大使団と出会うとは。あの子は引きが良いのか悪いのかわからないわ……。
まあ、監視者ができてよかったと思いましょう。シャーリー一人だとどんな問題に巻き込まれるかわかったものじゃないからね。
ベルを鳴らし夜勤の侍女を呼ぶと、すぐに部屋へと入って来た。
「手紙の用意を。あと、お酒を持って来てちょうだい」
飲まないとやってられないわ。
よく教育された侍女はすぐに手紙の用意をし、異次元屋から仕入れたブランデーを出してくれた。
気付けに一杯空け、王城にいる旦那様、ロバートにシャーリーのことを記した。
「至急、ロバートに届けて」
宰相として忙しくしてるからまだ寝てはいないはずだわ。
「……スマホを持っているだけに歯痒いわね……」
膨大な魔力がないと動かすこともできない異世界の魔道具。便利なだけに不便を大いに感じさせてくれるわ……。
ブランデーを半分ほど飲んだ頃、侍女長のリズがやって来た。ちゃんと身なりを整えて。
「なにかありましたか?」
娘時代からわたしに仕えてくるだけあって館の異変に気がついたのでしょう。もう六十を過ぎたのにゆっくりさせてあげられなくて申し訳ないわ。
「シャーリーが城を追い出されて、なぜかサンビレス王国の大使団と一緒にカルビラスに来るそうよ」
リズはわたしの側近中の側近。個人的なことまで世話をしてもらい、シャーリーのこともよく知っている。侍女に誘ったことも伝えてあるわ。
「姫様の様子はどうなのですか?」
「着の身着のままに近い状態で追い出されたみたいだけど、スマホがあったからなんとかやっているみたいよ」
ミディが教育しただけあって魔物や賊に襲われようと軽くあしらえるから命の心配はしてないけど、あの子の魔力──攻撃魔法は災害級だ。ちょっとした町なら一発で壊滅させられるでしょうね。
「誰か迎えにいかせるので?」
「ええ。お目付け役は必要だからね」
賢い子ではあるけど、世間知らずで我が道をいく子でもある。嫌なことは嫌と言い、不本意なことには頑として譲らないところがある。
あの城の中でなら一向に構わないが、外では不自由なことでしょう。
「大使もあの子の美貌や能力の価値に気がつくでしょうね」
バンドゥーリ子爵がどんな家かわからないが、大使と任命されるだけの人物。シャーリーの価値を見抜くはず。きっと取り込み工作に走るでしょう。
「でしょうね。ですが、姫様なら大丈夫でしょう。色恋に疎いですから」
「……それはそれで心配なのよね……」
シャーリーの美貌と器量ならどんな男性でも虜にできるのに、本人はまったくと言っていいほど男性に興味がないと来てる。まあ、男性からの目は気にできるみたいだから希望はあるのが救いだけどね……。
ブランデーを一本飲み干し、さらにもう一本飲み干す頃にロバート──ロブが帰って来た。
「シャーリーが追い出されたのは本当なのか!?」
そう言いたくなるのは理解できるので、黙って頷いてあげた。
「……ウソであって欲しかった……」
がっくりと項垂れるロブ。他国にまで名を轟かせる名宰相が台無しね。
「まあ、誰かが側にいるならシャーリーも無茶はしないと思うわ。それより、バンドゥーリ子爵ってわかる?」
シャーリーよりそちらが重要よ。
「そんなに詳しくはないが、サンビレス王国のバルック公爵と繋がりがあったはずだ。今回もサイグの婚礼に合わせての大使交代で、カルビラスの内情を探るためであろうな」
バルック公爵と言えば、サンビレスでも有力派閥の一つよね? 政治は専門外だからよく思い出せないわ。
「取り込もうとするわよね?」
「するであろうな。と言うか、しないほうがどうかしている」
シャーリーの口からわたしたちの関係も勘づいているはず。逃すはずもないでしょうよ。
「とりあえず、アルジャとナターシャを向かわせた。街道沿いの領主には手紙を出して、シャーリーを受け取る」
「それはシャーリーの価値を高めることになるわよ」
「そうだが、サンビレスに任せておくにはいかないだろう」
「今のシャーリーはザンバドリ侯爵家の侍女と言う立場よ。過剰な反応は避けるべきだわ」
各国の草が入り込んでいる。過剰に反応をしてシャーリーの立場を教えるのは避けたほうがいい。サンビレス側も知られなくないだろうから隠すよう動くでしょう。
「シャーリーとはメールできますし、報告するよう伝えました。二人には偶然出会ったようにして、護衛させましょう」
「アリーがそう言うのならそうしよう。わたしが動くと目立つからな」
理解ある旦那様で本当によかったわ。
「わたしにも酒を頼む。飲まないとやってられん」
ロブの大好きな穀物酒を用意してもらい、久しぶりに夫婦で酒盛りをして今後のことを話し合った。




