103 レストラン
馬車に揺られてしばし。街並みが変わった。
貴族街、ってわけじゃなさそうね。王都にそう貴族街が何個もあるとは思えない。馬車の移動距離、移動方向、移動時間を考えたら館のある地域とは真逆に位置する。
人の往来はそんなになく、歩いている人の服は上等なもので、貴族っぽい方々が歩いている。
「ここは、なにかしら? なにか雰囲気が他とは違うけど」
答えが導き出せないので、ライネーリに尋ねた。
「はい。マレリーノと呼ばれる高級商業区です。主に貴族が利用します」
「この国、そんなに貴族がいるものなの?」
商売してるんだから成り立つだけの貴族がいるんでしょうけど、そんなに貴族いる国だったの?
「どのくらいいるかまでわかりませんが、マレリーノの横には大使館街がありますので外国の方も利用しますね」
へー。大使館街なんてものもあるんだ。カルビラス王国って、わたしが思う以上に大国だったりする? 今度、侍女長様から教えてもらわないといけないわね。
馬車は蔦が生い茂った館へ入っていった。
「ここがミリャーダの店なの?」
とてもドレスを扱っているような雰囲気ではないのだけれど。
「ここはサシャナルの店、レストランです」
レストラン? って、異世界の言葉じゃない。もしかして、おばあ様が影響を与えちゃった感じ?
玄関前に到着し、馬車から降りると侍女服のようなものを着た女性が二人立っていた。
「いらっしゃいませ。サシャナルの店へようこそ」
「三名で予約のシャルロット様一行ですね? こちらへどうぞ」
予約? ここ、予約制なの?
「ライネーリ、アル──護衛はどうするのかしら?」
ミリエイル商会では中に入ってはこなかったけど。
「わたしたちは外で待機しております。ごゆるりとお楽しみくださいませ」
どうやら護衛は待ってなくちゃならないみたい。大変なのね、護衛騎士と言うのも。あとでお酒とお菓子を差し入れしてあげましょう。
女性二人の案内で館──レストランへ入った。
中は侯爵家の館みたいな造りだけど、お客がくるだけに絵画や調度品が見せるためのものっぽい。
個室にでもいくのかと思ったら広間的なところだった。
サシャナルの店は人気があるようで、八割の席が埋まっていた。
わたしたちの席は庭が見える場所で、なにかテーブルと椅子の高級感が他と違った。特等席?
「ここ、わたしたちが座っていい席なのかしら?」
「はい。ザンバドリ侯爵様よりご予約をいただいた席でございます」
旦那様が? なんでまた? 食事をしにきたんじゃないの?
疑問に思いながら席につくと、白髪の男性が現れた。
「いらっしゃいませ。サシャナルの主、マギスと申します。本日はご予約いただきありがとうございます。ごゆるりと料理をお楽しみください」
「ええ。どんな料理がでるか楽しみにしてますわ」
ただ食事にきて主自ら出てくると思わないから、旦那様の名があってこそ、なのかしら? それとも別の思惑があるの?
「はい。シャルロット様のお口に合うよう料理人たちが腕を振るわせます」
「……失礼ですが、どこかで会いましたでしょうか?」
なにか、わたしを知っている口振りな感じがするんだけど……。
「はい、昔。シャルロット様がまだ八歳の頃に」
まったく記憶にはないけど、八歳くらいはわたしの暗黒期。山猿のようなお茶目時代だ。
「そ、その節は大変失礼しました。まだなにも知らない子供でしたので。オホホ」
「すっかり立派な淑女になりましたな」
「ホホ。お、お陰様で。オホホ」
もう笑って誤魔化すしかない。暗黒期は笑い話では済まされないけどね!
「では、すぐに料理を運ばせます」
「お、お願い致しますわ」
食事にきたのに嫌な汗がダラダラだわ。昔を知ってる人と言うのは本当に厄介よ。
作法とか構わず、食前酒に手を伸ばしていっき飲みする。落ち着かせないと料理の味もわからなくなるわ。
「お代わり頂けるかしら」
控えている女性に食前酒のお代わりをお願いする。
ライネーリとマリッタが不可解な顔をするが、わたしは笑顔を維持してお代わりの食前酒をまたいっき飲みした。
ハァー。酔えない体が憎らしいわ……。