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四章

 四章


 狂乱の理由は今でもわからなかった。

 痛みに苦しんだが故の結末なのか。

 殺人、という行為に快感を感じたのか。

 ・・・後者は出来るだけ避けて欲しいところだ。

 しかし、100%前者、とは言い切れないのが現状だ。

 それにしてもこの手、狂乱した後に見たら既に治っていた。

 戦闘で完璧な力を発揮して同等の戦いをして欲しい、という考えに他ならないだろう。

 救った後から二、三時間が経ち、すっかり辺りは夜になっていたが、まだ立てなかった。

 梓のときとは何かが違った。

 罪悪感、責任感、使命感。

 全てが薄れていた。

 代わりに何かが溢れていた。

 ・・・立てない。

 体に力が入らない。

 手も完璧に治っているというのに、立てなかった。

 ただ、無意味な思考が頭をよぎって打ち消されていく。

 無意味、という言葉に他ならないことしかしていなかった。

 しかしこの服、どうしようか。

 服はもちろんこの服しか無いわけだが、既に深紅に染まっている。

 ついさっきから降りだした雨も、ただただシャツに染み込んで色を滲ませていくだけだった。

 寒い。

 この雨が全てを流してくれはしないだろうか。

 真っ白に。

 全てを真っ白に。

 何もかもなくして、何もかも忘れて、何もかも消されて。

 自分の存在さえも真っ白にして、消してはくれないだろうか。

 寒い。

 そうすれば、全ての罪が許されるだろうか。

 何の責任も真っ白にして。

 逃げだと思われようが、構いはしない。

 言われたら、そっくりそのまま言葉を返せばいいだけの話。

 誰もが何かから逃げて、誰もが何かを追いかける。

 寒い。

 彼ら、私達、彼女、彼、お前、自分。

 永遠に逃げつづけて、永遠に追いかける。

 例え死んでも永遠に。

 永遠に。

 寒い。

「そんなところに座ってたら、風邪ひくよ?」

 首は何とか動いたが焦点は動かせない。

「おーい」

 声だけが聞こえてくる。

「シカトしないでよー」

 無視しているわけではない。

「動けないの?」

 見ようとはしている。

「しょうがないなぁ」

 見ることが出来ないだけだ。

「男の人って、重いんだね」

「・・・ない・・・・・・」


 見知らぬ天井が広がっていた。

「起きたんだ」

 相手は女のようだが、私服のせいで誰だかわからない。

「成葉だよ」

 周りにはメルヘンな物ばかりが置いてあった。

 どことなく、男とは違う匂いが広がっていた。

 女の部屋だからと言って匂いを嗅いでしまうのは自分でもおかしいとは思った。

 突然こっちに成葉がよってくる。

 躊躇もせず、成葉の顔が俺の顔に近寄ってくる。

 俺より少し温かい、

 唇

 ということはもちろんなく、成葉の額が俺の額に触れた。

「熱無いね。よかった」

「て、手で計ればいいだろうが!」

「ごめん。別な方考えちゃった?」

「な、なわけないだろ。

 というより離れたらどうだ?」

 成葉が俺から離れていく。

 少し後悔したことは言うまでも無い。

「とりあえず、お兄ちゃんに着替え借りてるから。

 少し大きいかもしれないけど。

 も、もちろん私は手伝ってないからねっ!」

「誰もそんなことは聞いてないだろ」

「そ、そうだよね」

 学年でも指折りということはまんざらでも無いらしい。

「お前の家か?」

「そうだよ。

 空家にこんないいところなんてないよ」

 体を動かそうとした瞬間、

 場違いな音が部屋に響いた。

 成葉の動きが止まる。

「やっと気付いた?」

 俺の体は鎖でベッドに縛り付けられていた。

「せっかく私の大好きな人を殺すんだから、じっくり最後まで見てたいなって思って」

 鎖で縛られている感覚が全く無い。

「別にさっきのついでにキスとかしてもよかったんだけど、

 最後の最後で私が汚しちゃうのはどうかなって思ったから」

 成葉が俺にかけられていたかけ布団を取っ払う。

「大丈夫だよ。麻酔が効いてるはずだから。

 最後まで自分のワタをじーっと見ながら逝かせてあげる。

 それに、初めてじゃないから」

 メスが怪しげに光る。

「それじゃあ行くよ」

 メスが自分の体に当てられて滑らかに割いていく。

 確かに見ているのに感覚は無い。

 まるで、幽体離脱をしているようだった。

「すごい!すごいよ!こんなにきれいなの見たことないよ!

 ・・・見たいよね?」

 俺の是非を問うでも無く、まざまざと心臓を見せ付けられる。

 恐ろしいというより、グロテスクというより、とにかく怖かった。

 成葉が俺の心臓を愛しそうに舐める。

「こんなに小っちゃくてきれいでかわいいけど、こうやっちゃうとね・・・・・・」

 成葉が俺の心臓を少し握る。

 首を絞められたときともまた違う、苦しみが体中を走る。

「くっ・・・う・・・・・・」

 少しずつ握る力を強めていくごとに痛みが強烈になっていく。

「そんな声出すんだー。

 ますます好きになっちゃったよ」

「やめ・・・ろ・・・よ・・・・・・」

「ここで止めたら止めたで死んじゃうだけだよ?」

「いいから・・・やめろ・・・・・・」

「いくら大好きでもそのお願いだけは叶えてあげられないよ」

 成葉が俺の心臓を慎重に置いた。

「どうしようかなぁ。

 こんなにきれいだと迷っちゃうよ。

 でもやっぱり、こういうのは爪から先に剥がすべきだよね。

 それじゃあ一回縫うよ」

 両親が医者とは言え、あまりにも手際がよすぎた。

「せっかくだから、丁寧に一枚一枚私が剥がしてあげる」

 成葉が俺の右手を手にとって頬擦りする。

「よかった。爪長くて。

 切ったばっかりだったりすると、すごくやりにくいから」

 成葉がかなり錆びている大き目のペンチを取り出す。

「この下、めくってみようか?」

 爪をつかまれる。

 次に来る衝撃に備えて、体中が痙攣していた。

「・・・いくよ」

 指の先から何かが無理矢理引き剥がされる。

 想像していた痛みなど、比べ物にならなかった。

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 この前の時は神経まで一緒に切れていたせいなのか、数倍、数十倍、数百倍痛かった。

「いいよ!いいよ!!すごくいいよ!!!

 こんな声聞けるなんて夢みたい!!」

 成葉は最後の半分を一気に引き剥がした。

 声にならない痛みが体中を貫いた。

「一気にやっちゃうと聞けないんだ。

 その顔だけでも十分いいけど、やっぱりじっくりやってあげるよ。

 じっくり・・・じっくり」

 そう。まだ一枚目。

 あと九回。場合によっては十九回。

「この前一気にはがしたらどうなるのかなって気になって試したら、

 死んじゃったから少し休ませてあげるね」

 あと九回あと九回あと九回あと九回あと九回あと九回・・・・・・

 そればかりが思考を巡っては消え去っていく。

 成葉がカーテンをめくって外の様子をうかがう。

 少し落胆したように見えた。

「ごめんね。こっちにも、もう手が回ってきちゃってるみたいだから、

 私の神刀ですぐに逝かせてあげる」

 成葉が机の上にある小刀を握る。

「神刀は手にくっついているものじゃないのか?」

「それみたいに大きいのだとそうみたいだけど、私のは投げたりできるから。

 投げたら自動生成だし」

 成葉が俺の首筋を愛しそうに舐めたあとに神刀をあてる。

「大丈夫。私もすぐに逝ってあげるから。

 そしたら、続き、してあげるから・・・・・・」

 天高く振り上げる。

 不思議と何の感情も無かった。

 その手は振り下ろした瞬間に、

 肘から先がなくなっていた。

 赤い噴水。

「いや・・・いや・・・いや・・・いや・・・いやあぁぁぁぁぁああああ!!」

 残っているほうの手で躊躇なく刺そうとする。

 その腕さえ、同じ運命をたどった。

「何・・・?誰・・・?どうして・・・?なんで・・・?」

 成葉が何か言いかけた瞬間に、

 もう見てもなんとも思わなくなってしまった断面図を見せて左右に倒れる。

 その先には健司と美奈がいた。

「感謝してくださいね」

「してねっ」


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