一章
一章
いい加減、俺もこの生活に嫌気が差してきた。
毎日、決められたことを決められた時間だけ決められた役割にそってやらされる。
学校とはそもそもなんなのだろうか。
生徒に教育と集団生活の知恵を教える?
「最後に先生からのお話です」
違う。
大人達は、ただ危険で放っておけない子供達を学校という名の檻に閉じ込めているだけ。
自分達が子供だったことも忘れて、ただ生きるために働いている。
大人って一体何なんだ?
「私は今、お前らの先生では無い。ただこの衣を着て活動しているだけの神だ」
ほら来た。
誰でもこんなことをやっていればそうなってしまうのは当たり前のはずだ。
人は規律を作りたがるのに、自由を求めたがる。
この世界を表すのなら、「矛盾」という言葉しかない。
「現時点では信じなくてもいい。
だが、これで信じられるか?」
無機質な金属音が机に反響する。
剣だった。
それも奇形の。
「お前らにはそれで殺し合いをしてもらう。
ルールは簡単。生き残れ」
「先生、冗談はよしてください。
期末前なんですから、さっさと授業をはじめましょう」
やつが今しゃべった学級委員長を指差す。
学級委員長は机に突っ伏した。
いや、倒れた。
「これからサバイバルをするわけだ。一人でもいないほうがいいだろ?」
声が聞こえてきた。
違う。頭の中に流れてきた。
「あなたの持っている神刀は雷刃裂です。
あなたが願えばそれだけで人間なら十分即死する雷を流すことができます。
もちろん、あなたにはそのままでは効きません」
テープがきれたように我に返った。
「今聞かせてやったのは自分の神刀についての説明だ。
それぞれ別々の能力がある。神の刀だからな。
さあ、さっさとはじめろ。殺しあえ」
全員、黙っていた。
「あ、あの、冗談抜きで本当なんですか?」
「もちろんだ。
あと一時間以内に決心がつかなかったやつは全員溺死させてやる」
全員、黙っていた。
黙るしかなかった。
「これは脅しじゃない。それに二次元の世界でも無い」
「それよりも質問がある」
俺の横にいる上総が声をたてた。
「なんだ?」
「これとか、学級委員長を殺したりしたので神っていうことは半分、信じてやる。
だが、何のために俺達に殺し合いをさせる?
神なら上で黙って人の願い事を聞いていればいいだけじゃないか」
「人の願い事を聞いてやる、だと?」
やつは嘲笑した。
「人は私に作られた暇を潰すための道具、つまりは駒だ。
駒をどうしようが、プレーヤーの自由ではないか」
「ま、確かに神に勝手に作られたんなら、今の猿が猿なことが説明できるな」
「お前、少しはできるやつらしいな」
「どうもありがとうございます神様」
やつは教室をまわりはじめた。
「どうした?人を殺すのが怖いのか?
人に『死ね』と普通に言って、実行できないのか?
所詮、人間はその程度の偽善者だったか。
このまま全員皆殺しにするのもそれはそれだが・・・あまりつまらないな。
では、こうしようか。
生き残った者は願いごとを一つ叶えられる・・・どうだ?」
全員、黙っていた。
「どうした?怖いか?
一つ言っておくが、これはチャンスでもあるんじゃないのか?
日頃から嫌だと思っていたクラスのやつをこの手で八つ裂きにすることができる。
憎いあいつのはらわたを割っ裂いて、好きなだけその血をすすることができる。
しかも、生き残ったら好き放題できる。
夢が、たった三十二人の命を背負うだけでできるんだ。
簡単とは思わないのか?」
「てめぇ、さっきからいい気になりやがって!」
上一郎がやつに自分の神刀を持って襲い掛かった。
「ていやぁぁぁああ!」
その動きは空中で停止させられた。
「無様なものだ。神に逆らうこと・・・それがどういうことだかわかっているにも関わらず、こいつは逆らった。
さぞかし目立ちたかったんだろうな?
人になど、良心という物はもともと存在しない。
あるのは偽の良心だ。
ちょうどいい。今からお前らがこれからすることを見せてやる。
まずは一回殺すとしようか」
上一郎の体があやつり人形のように垂れ、こちらを向いた。
やつがその首をつかんだ。
生々しく、通常では聞けない音が教室中に響いた。
上一郎の胸はすでに上下しなくなっていた。
「吐きたくなったら遠慮なく吐け。
そうしたほうが気分はよくなるかもしれないからな」
やつは人差し指で十字をえがいた。
見たことの無い鮮血の量とともに、理科の教科書でしか見たことの無い風景がそこに広がっていた。
何もかも真っ赤だった。
やつはまた人差し指で「一」の字を書いた。
喉元の管が切り落とされ、内臓が生臭い匂いと音と共に床へ落ちた。
やつが手で虫を払うような仕草をすると上一郎だったモノがベランダへと続くドアへと叩きつけられた。
赤黒い液体がドアのガラスにこびりつくと共に、もう上一郎では無いモノが不自然な姿で下に落ちた。
悲鳴も何も無かった。
「どうだ?やはり怖くなってしまったか?
・・・違うようだな」
俺の首筋に何か生温かいモノがこびりついた。
後ろを振り返ると、そこには後ろにいたはずのやつの首から下の胴体と自分の神刀を振りきった状態の疾風がいた。
柔らかくも無く、硬くも無い物体が俺の足に触れた。
不思議と、悲鳴も何も無かった。
「ようやく決心がついたか」
「決心はついています。
もともと同窓会でクラス全員を水素爆弾で爆死させる計画を考えていましたから。
その計画はやらなくてもいいことになりました。ありがとうございます。神様」
疾風は周りにいるやつを次から次へと殺していった。
俺達は教室から逃げ出した。
疾風からではなく、殺人鬼から。
遠くで疾風の声が聞こえた。
「神様、命を短くする代わりに強くなる契約などはできますか?」
「・・・もちろんだ」
俺は町の中を走りに走り、誰もいなさそうな路地裏に一人で逃げ込んだ。
地面に倒れこむと共に、疲労が襲ってくる。
心臓の音が耳に痛いくらいに響いた。
「はぁはぁはぁはぁ・・・っはぁはぁはぁはぁ・・・・・・」
手を地面につこうとしたところで、右手に冷たい感覚が走った。
そこを見た俺の顔をクラスのやつが見たら、度肝を抜いただろう。
そこには剣・・・神刀・・・雷刃裂があった。
あいまいな頭の本をめくる。
雷刃裂を自分の手で持ってきてなど無かった。
「・・・確かに、武器が無いと話にならないからな。
少しはいいこと・・・してくれるんだな」
俺は雷刃裂を握る。
日本刀よりははるかに大きいのにも関わらず、重さはせいぜい野球バットくらいしかなかった。
「願えば人間が即死する雷・・・か」
俺は近くにあったポスターの切れ端に剣先を向けた。
「・・・流れろ」
特に音がするでもなく切れ端に火がつき、数秒もしないうちに灰になった。
ポスターの切れ端だったものは、炎天下の空の一部となった。
「即死とはまだ言い切れないな」
ゴミ袋のわずかな音に体が強烈に反応した。
どうでもない、ただの野良猫だった。
「試せるな」
俺は猫の鼻の先に雷刃裂を向ける。
今から自分が捕らえて食べるものと同等のことをされるとも知らず、猫は黙って俺を見つめていた。
「流れろ」
カメラのフラッシュ程度の光を目に感じたあと、猫は一言も発することなく炎に包まれた。
三毛ではなくなったそれの目は白濁した瞳で虚空を見つめていた。
辺りには来る前よりいっそう焦げ臭い匂いが漂っていた。
「十分だな」
あれほどの電流があったにも関わらず、体は何の異常も感じなかった。
それよりも黒焦げになった猫の惨殺映像を目の当たりにしても一切同様していない自分が少しおかしいように感じられた。
自分でやったのからかもしれないが、慣れほど怖いものは無い。
今までのことを再認識してしまった瞬間に今までに体感したことの無い気持ち悪さがこみ上げてきた。
口の中に酢を原液のまま舐めたような酸味が広がる。
今朝何を食べたかがはっきりわかった。
「・・・もう少し、しっかり噛んで食べたほうがよさそうだな」
体をさらに軽くしてしまいそうな気がした俺は、路地裏を出ることにした。
「・・・・・・」
平日だというのに制服で町中をうろついていたら、不審に思われるのは間違いない。
それより、右腕が重い。
「・・・雷刃裂が手から離れない・・・?」
自分の右手首の断面を拝む気にもならなかったのでそのままにすることにした。
「ちょっと君」
左肩を叩かれたので左肩をおさえるが、反応が無かった。
振り向くと、やはり知らない人であった。
声をかけてきているところを見ると、私服警官らしい。
「・・・わかりました」
俺は両腕を手首のところでクロスさせて警官に突き出した。
今の状態だと警官に守られているほうがかなり安全といえる。
「いや、別に午前中に学生が出歩いていただけで逮捕するわけにはいかないからね」
驚いた。
「だって、銃刀法違反じゃ・・・・・・」
私服警官は一歩下がって俺の体全体を見渡した。
「見たところ、持ってるようには見えないが?」
「・・・すみません。カッター持ち歩いているだけでも違反だと思ったので」
「それでは私も逮捕だな」
私服警官は去っていった。
「・・・見えてないのか?」
頭をかいた後に雷刃裂を思い切り振り下ろす。
「・・・!!」
俺の目は雷刃裂の軌道上にある一人の女の子を見ていた。
思わず目を瞑る。
・・・・・・
通行人はそのまま機械的に動いているだけだった。
「当たりもしないのか。・・・雷は当たるのにな」
今すべきことを人の波の一部となりながら考える。
まず、しばらく家には帰れない。
あまりありえないが、誰かが待ち伏せている可能性もゼロでは無い。
それに、家に帰っているところを襲われたりしたら家族を人質にとられる。
そうすれば、俺はもちろんのこと、家族も危ない。
あとは・・・学校にも行けない。
もしものときは敵の盲点をつくこともできるが、現時点ですることではない。
もっともな話、行きたくないと思っていたのだからむしろ歓迎するべきだ。
「親戚をあたるか・・・・・・」
制服のポケットを確認するが、一円たりとも入っていることは無かった。
もともとチャリ通いの身。制服に金が入っていることなどコンマ一秒たりとも無かった。
「・・・野宿になりそうだな」
橋の下や半永久的に閉まったままのシャッターの前に住んでいる人と同じことをこの年でやることになるとは、想像もしなかっただろう。
「路地裏に戻るとするか。手ごろなのがありそうだ」
自分で建てた家はどんなものでも少しは立派に見えるものだと知った。
「水と用足しは近くに公園があるからいいが、食料はどうするか・・・・・・」
目の前にピンク色に照り光っている生き物だったものはあるが、野良のためどんな寄生虫がついていてもおかしくはない。
俺はそれの上を覆っていたものの上に座りなおした。
自分で剥いだことを考えると少し生々しい気もするが、もろ天然のため、人工のものよりははるかに保温性がいい。
「盗るしかないか」
俺は雷刃裂を目の前に掲げた。
刃に光が反射して俺の目が見える。
「これが伸びるやつだったらよかったんだがな」
普通の剣ではありえないほどジグザグになってはいたが、どうやらこの神刀にあれ以外の能力は無さそうだった。
「・・・頼り過ぎか」
現代において、金がいかに重要なものであるかをようやく知った。
金で全ては買える、と言ったやつがいるそうだが、まんざらでも無さそうだ。
実際問題、やつは、願いを叶えてやる、と言った。
完全に信じきるかどうかも微妙なところだが、少なくとも「願い」と聞かれて金を思い浮かべなかったやつはいないはずだ。
金・・・・・・
クラスの中に金でものを言わせているやつがいた。
まさしく、湯水のように金を使い、友好関係も恋愛関係も群を抜いてよく、勉強も出来た。
しかし、勉強が出来るのと頭がいいのは違う。
そいつは、親の会社が倒産して家庭が借金苦に陥り、小遣いが前と違って全くと言っていいほどなくなってしまったがために全ての関係を失った。
金の切れ目は縁の切れ目、という言葉がよく似合うだろう。
結局、そいつは家族揃って心中したという。
・・・人間なんてそんなものだ。
自分の欲を満たすためだけに人との関係を作り、それが満たされないと知ると切り捨てる。
・・・やつの言うこともあながち間違ってはいないのかもしれない。
だから・・・というと言い訳にしか聞こえないかもしれないが、俺は人と常に他人以上、友達未満の関係しか作らないようにしている。
彼女もいたにはいたが、そいつもその関係に他ならなかった。
なんでも、そういう俺の他とは違う生き方に憧れを感じたらしい。
愛は偽り。
それも俺の頭の中に常にある。
それもさっき言ったような自分の欲を満たす為だけの関係に他ならない。
きれいごとに過ぎない。
口で何度、愛している、好きだ、と言ったところで、内心では別のことを考えているに決まっている。
両想いなど、二次元で十分だ。
・・・俺は相当馬鹿な人間と思われていることだろう。
自分以外のものは全て信じない。
いや、自分さえも信じていない。
そんな人間、いない。
夜風が鋭く体を刺した。
夏でも、夜は寒い。
俺は体力的な消耗よりも精神的な消耗で数秒とかからず寝てしまった。
目を開けたらあの世でもいいと思った。