少女との出会い
しばらくの間、時間が止まった。
しかし、それは目の前の光景が180度変わって驚いたからではなく、目の前にたたずむ1人の少女に見とれてしまったからである。
目の前の少女は・・・・・とても美しかった。
日の光で艶やかに輝く銀色の髪は、柔らかく湾曲しながら腰まで伸び、淡い桃色を帯びた白い肌によく馴染んでいて、その白さの中で際立つ2つの青く澄んだ鋭い瞳は、知性的でありながらも見る人を魅了する魔力を秘めていた。
突然、目の前に男が現れて少女は少し驚いてはいたが、その面持ちからは高潔さや思慮深さが感じ取れる。
白いヒラヒラとした肌着の上に、刺繡の入った黒い肩掛けを羽織り、真ん中に赤い小さなリボンを付け、丈の短い紺色のスカートを穿いた姿は、貴族の令嬢というよりも学生を想起させた。
「・・・・・手を・・・・・放してもらえる?」
「え? ・・・・・あ!! すみません!!」
彼女に指摘され、やっと握っていた手を放し、状況を確認する。
目を閉じる前は、いつもの公園で知らないおじいさんの手を握っていた、しかし目を開けると、おじいさんの代わりに少女の手を握っていた。
それだけでなく、おじいさんと自分しかいなかった静かな公園は、いかにも『それ』ですよと言わんばかりの、人間だけでなく、獣人やエルフで賑わう、屋台の立ち並ぶ市場に変わっていた。屋台では果物、香辛料、魚などの食料はもちろん、「あれ絶対、魔道具だよね!?」と言いたくなるような奇妙な装飾品や骨董品も売っている。
唯一変わっていないのは、向こうもこっちも、よく晴れた昼であるということだけだ。
これはつまり『異世界召喚』か・・・・・定番すぎてなにか物足りない。
「えっと・・・・・、ここってどこだか聞いていいですか?」
「いきなり現れて私の手を握った挙句、謝りもせずに質問?」
「ですよねぇ・・・・・あれ? さっき謝りませんでした俺?」
「そんなことはどうでもいいの。なんなのあなた? 変な服装だし、目だって黒いし、髪の毛も黒くてボサボサだし、どっかの頭の悪い少数民族?」
見た目からもある程度は想像できたが、この少女、かなり口調がとげとげしい。もともと鋭い目をさらに細くし、顎を突き出して下からユウキを見据える。年下の少女に蔑みの視線を向けられるのは、悪くはないが良くもない。・・・・・少しだけうれしいかも。
まぁ、異世界の人からしたら、大学生の風物詩である?パーカーにジーパン姿は珍奇な格好なのだろう。現に通り過ぎる人たち(亜人含む)もユウキを不思議そうな目で見てくる。彼らの服装は、流石は中世と言いたくなるような、色の薄い地味な布を、服の形に縫っただけの簡素なものだ。
そして意外にも、黒い目を持った人は、この市場を歩いている人たちの中には1人もいない。赤や緑、目の前の少女と同じ青色と、みな鮮やかで、黒く闇落ちした目を持つ人間は皆無だ。ちなみに漆黒の髪を持っている人は1~2人ぐらいはいた。
・・・・・髪の毛がボサボサなのは、寝癖を直していないだけで、住む世界が違うからとかそんな理由ではない。
というわけで、少数民族と表現するのは正しいと言えば正しい。
異世界族がポンポンいても困るからな。
異世界召喚の価値が下がるからな。
ハーレム主人公増えすぎて需要と供給が釣り合わなくなるからな。
「な、なんなのと言われましても・・・・・異世界に行った主人公たちってどう説明してたっけ?」
顎に手を当て思い出そうとするが、うまく思い出せない。・・・・・というか、よく考えると異世界とかゲームの世界に行った主人公って異世界で会った仲間たちにいちいち説明してないわ。
「さっきから訳の分からないことを・・・・・・・・まって!! なんでその指輪を持っているの!!」
少女の視線の先には、顎に当てた手にはめられている指輪があった。
少女は、いきなりユウキが現れた時よりも驚いた表情をしている。
なるほど、俺よりも何の変哲もない指輪の方が、この少女の心をかき乱すことが出来るんですね、分かります。
「あぁ、この指輪は――」
「静かにして」
少女はユウキの言葉を遮り、市場を歩いている人々の視線が指輪に向いていないことを確認した後、有無を言わさぬ強い意志を持った目でユウキを見つめ、周りの人に聞かれないような声で静かに、
「私についてきて」
と言った。
「え? あ、あぁ・・・・・」
少女の気迫に押されて、ついついユウキは承諾してしまった。
「これは絶対、面倒ごとに巻き込まれるやつや」、ユウキの長きに渡る異世界ファンタジー小説やアニメの研究から生まれた未来視ともいえる直感はそう警告してきた。
たしかに、異世界主人公は美少女に導かれ様々な困難に直面して、苦悩と苦痛と喜び・・・・・と少しの18禁を積み重ねながら成長していくものだが、できれば最初の2つはご遠慮したい・・・・・。
少女はユウキの答えを待つことなく、人々で賑わう市場を風のようにすり抜けていく。
ユウキもあわてて少女を追いかけるが、人混みが邪魔でうまく前に進めない。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
少女は振り返ることなく、そのまま先に行ってしまう。
指輪を見てユウキについてくるよう言った時、少女の顔はある種の使命感に満ちていた。
しかし、ユウキを待つことなく賑わう市場を進む少女の顔は使命感とは打って変わり、悲嘆と怒り、そして憎悪に満ちている。
「なんであんな奴が・・・・・」
少女は小さな声でそう呟いた・・・・・。




