プロローグ(長いんで読まなくても可)
「なんでPVが増えないんだ!! なんでブックマークが増えないんだ!!」
男の名前は、小松ユウキ。
昼の12時を過ぎたというのに、彼は寝巻き姿で寝ぐせも直さず、パソコンの明かりだけが灯っている暗いアパートの一室で1人寂しく嘆いていた。
以前はどこにでもいる大学生だったが、ここ最近は「某小説投稿サイト」に自身の小説を投稿するのに夢中になって、大学を休みがちになっている、だから今の彼を「どこにでもいる大学生」と表現するにはいささか無理があるだろう。
さて、そんな彼のサイト内での肩書は、いわゆる「底辺作家」と言われるもので、その名の通り“底辺”だった。次話を投稿してもPVは4~6、ユニークユーザともなると1人いれば万々歳だった。彼はそんな悲惨な状況を、自分の作家としての腕ではなく、作品のジャンルのせいにしていた。
「コメディーじゃ誰も読んでくれないんだよなぁ・・・・・、やっぱり異世界ファンタジーじゃないと・・・・・」
たしかに彼が小説を投稿している「某小説投稿サイト」では、異世界ファンタジーやMMORPGといったジャンルの人気は圧倒的だった。しかし、コメディーや現実世界とかいったジャンルの作品でも、人気の作品はいっぱいある。彼はただ現実を見なかった、見たくなかっただけなのだ。
「はぁ、今日も公園に出かけよう・・・・・」
そんな彼には、大学に行く代わりに、コンビニで飯を買ってその足で公園に行き、小説のネタを考えるという新たな日課ができていた。そして今日もその日課をこなし、この部屋に戻ってきてパソコンの前に座る、そんな1日になるはずだった・・・・・
寝巻きからパーカーとジーンズに着替え、寝ぐせはそのまま、暗いアパートから日の照らす外の世界に足を踏み入れた。
コンビニでハンバーグ弁当を買い公園に着くと、いつもは誰もいない公園のベンチに1人のおじいさんが寝転んで昼寝をしていた。そのおじいさんを一言で表すなら、「ダンブ〇ドア先生」だ。
なんでこんな寂びれた公園にダ〇ブルドア先生が? とは思ったが、特に気にも留めずに、隣のベンチに座った。
・・・・・今日の空は、雲一つなく、空気もきれいに澄んでいて、うららかな太陽の光がまっすぐにこの公園を照らしていた。きっと、横で寝ているおじいさんのように、ベンチに寝転んで、空を仰いだらとても気持ちいいんだろう。
けれども、彼はとてもそんな気にはなれなかったし、コンビニで買った弁当も食べる気になれなかった。講義に出てないため大学の単位を落として留年になることは確実、人気になると確信して投稿した小説もぜんぜん読者が増えない。こんな状況でのんきに空の美しさを楽しむことなど出来ないし、食欲だってわかない。
しばらくの間、何を考えるわけでもなくボーっとしていたが、小説のネタを考えなければならないことを思い出し、バッグの中からパソコンを取り出そうとしたその時、
ドサッ
バッグが弁当に当たって、弁当がベンチの下に落ちてしまった。さらに不幸な事に落ちた衝撃で弁当のふたが開いて、この弁当の具で最も重要な、ハンバーグが砂まみれになってしまった。
とことんツイてない・・・・・、いや、食欲もなかったし、むしろハンバーグが無くなって良かったのかもな。
彼の目には涙が溜まっていた、今までずっと貯めてきた悲しみや不安、そういった負の感情がもう行き場がないと、彼の目から涙として吐き出されたのだった。そして、その涙があふれ落ちようとしたその瞬間に、彼の・・・・・小松ユウキの新しい物語が始まった!!
「少年よ、もし良かったらその弁当、わしに譲ってくれんかの?」
さっきまで寝ていたおじいさんはいつの間にか起きていて、ハンバーグのなくなった弁当を譲ってくれとせがんできた。ユウキは落ちそうになる涙を袖でぬぐい、おじいさんに返事を返した。
「ご飯と漬物ぐらいしかないですけど、それでもいいですか?」
「なぁに、腹が膨れるのは料亭で出される高級料理も、なんの味付けもされてないただの白米も同じじゃよ、食えさえすれば問題ない」
「そうですか・・・・・」
ユウキは弁当をおじいさんに渡した。おじいさんは、それを大事そうに受け取り、ゆっくりと、味のしないご飯をおいしそうに食べた。
5分後、弁当を食べ終わったおじさんは、またユウキに話しかけてきた。
「はぁ~、おいしかったおいしかった・・・・・、すまなかったな少年、おヌシの大事な弁当を貰ってしまって」
「気にしないでください、特に腹も減っていなかったので」
「ふむ・・・・・少年よ、なにか悩み事があるようじゃな、弁当をくれたお礼にワシでよければ話を聞くぞ」
こんなおじいさんに悩みを話したところで、何も変わらないことは分かっていた。しかし、ユウキは自然と悩みを打ち明けていた、いや、打ち明けずにはいられなかった。
「小説をネットに投稿してるんですけど、これがぜんぜん人気がでなくて・・・・・、みんなに読んでもらいたくって毎日かかさず投稿したり、興味を引くようなタイトルやあらすじを必死で考えたりしてるんですけどぜんぜん読んでもらえないんです・・・・・、はぁ、やっぱり異世界モノじゃないと人気がでないんですかね」
「異世界・・・・・が人気なのか?」
「そうですね・・・・・サイト内のランキング上位は全部そうですし」
「では、なぜ異世界の物語を書かないんじゃ?」
「それは・・・・・書ける気がしないんです。今まで読んできた異世界モノの小説はどれも、個性豊かな仲間たちと胸躍る冒険をする勇者を生き生きと描いていたり、異世界で出会った仲間やヒロインを命がけで守る主人公の苦悩をリアルに描いていたり、とても俺なんかが書ける作品ではなかった・・・・・、いや、俺は怖くてただ逃げているだけだ。好きで書いた、大好きな異世界物語が誰にも読んでもらえず、凡作として人知れず消えていくのが・・・・・、だから特に好きでもないコメディー作品をダラダラと書いて、人気にならないのはジャンルのせいだ!! 俺のせいじゃない!! そんなしょうもない言い訳をグチグチとつぶやいて、他人の異世界モノの作品が人気になっていくのを嫉妬の目で見ていたんです」
「・・・・・少年よ、今でも異世界は好きか?」
(い、いきなり何を聞いてくるんだ?)
昔は異世界モノの小説を、目を輝かして読んでいたのに、今では悔しい気持ちで読んでいる自分がいる・・・・・それでも、それでも俺は・・・・・・
「好きです。やっぱり異世界を嫌いになんてなれません」
「そうか・・・・・よし、少年よ、これを受け取れ」
そう言っておじいさんは、ポケットから何か小さいものを取り出し、ユウキに向かってそれを放り投げた。
「え、ちょっ・・・・・これは・・・・・指輪ですか?」
おじいさんがユウキに渡したものは、赤い小さな宝石が一つだけ申し訳なさそうについている、どこにでも売っていそうな小さな指輪だった。
「それを指にはめるのじゃ」
「いや、こんなに小さい指輪、俺の指にはまりませんよ」
「いいから早くせい」
ユウキは、絶対に無理だと思いながらも、指輪の穴に人差し指の先を当てた。すると、指輪はまるで生き物のようにスルスルと、指の大きさに穴の大きさを合わせながら、みづから指に収まったのだ!!
「な、なんですかこの指輪は!!」
「よし、次はその手でわしの手を握り、そのまま目を閉じるのじゃ」
「ま、待ってください!! 話がよくわかりません!!」
「ほれ、早くわしの手を握るのじゃ」
何が何だか良く分からないまま、おじいさんのシワシワに干からびた手を握り、目を閉じた。
「よし、それで良い・・・・・少年よ、向こうに行ったらワシの孫娘に『すまなかった』と伝えといてくれ
」
「あ、あなたは何を言っているんです・・・・・か・・・・・」
ユウキは目を開けたが、目の前にいたはずのおじいさんも、見慣れた公園の風景も、跡形もなく消えていた。そして、握っていたおじいさんの手は、目の前で驚いた顔をしている、長い銀髪と青い瞳をもつ少女の、白く、細いきれいな手に変わっていたのだった・・・・・。
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