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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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竹千代起つ

 なぜか俺も信秀殿に呼び出された。原因は平手殿のようだ。吉殿が最近立派なふるまいをしているのは俺がなにがしかの影響を与えた者と思っている。まあ、実際そうだ。

 吉殿は、「竹千代は弟のようなものだ」と主張したようだが、そもそも、弟たくさんいるよね? それで行状が改まるなら、誰も苦労していないと思うんだ。

 信秀殿もその言い訳を見越して、勘十郎君と三十郎君を呼びよせている。ついでとばかりに、妹のお市姫もいた。

「三郎よ。なにも叱ろうという話ではない。そなたが何を考えているか聞きたいだけじゃ。平手に話したこと、もう少し詳しく話してはくれぬか?」

「であるか。なれば親父殿にも話しておくとしようか」

「うむ、もともとそなたは何を考えておるのかわからん節があったが、最近では逆方向に振り切れておるからのう」

「ふん、我は一貫しておるぞ。弾正忠家を強くして尾張を平定するのじゃ」

「それよ。当家の悲願でもある」

「何をぬけぬけと。爺様の代からぽっと出た悲願では軽いものではないか」

「そう言うな。悲願には違いない。して、そなた近頃は漢籍からよく言葉を流用しておるようじゃな?」

「もともと書は好きじゃぞ? 書の知識に振り回されておる奴らはタワケじゃと思うておるがのう」

「ふん、なかなかに耳に痛い言葉じゃ」

「であろうが。何とかという書のどこどこに何と書いてあった。そんなことだけを言い合って何の意味がある」

「全くじゃ。なんじゃ、気が合うのう」

「親子ゆえにな」

「ふははははは。そなたの口からそんな言葉が出るとは。嫁を貰った甲斐があったということかの」

「それに関しては親父殿と爺には感謝しておる」

「か……かんしゃ……じゃと!?」

 すげえ、実の父親を一言で絶句させるとか。そこに痺れも憧れもしないが、日ごろの行いって大事だな。

「平手!」

「殿!」

 信秀殿と平手殿が目に涙を浮かべて手を取り合っている。その目には涙が浮かんでいた。

 そして一人きり感動した後で、評定を戻して信秀殿が口を開いた。

「三郎、気は確かか?」

「親父、さすがにそれはひどいと思うのじゃ?」

「ひどいとな? そなた日ごろ気狂いと言われんばかりの行いをしておいていまさら何をほざきよる」

「うぬ、まさに若気の至りというやつじゃ」

「まあよい。して、そなたの方針とやらを聞こうか」

「うむ、富国強兵である」

「ほう、それはどうやる?」

 興味深げに訊ねてくるが、目は笑っていない。

 場に緊張感が満ちる。それはそうか。この話如何で織田弾正忠家の行く末が決まるかもしれない。

 弟君二人も緊張の面持ちである。そしてお市姫は権六殿の膝の上ですやすやと眠っていた。娘を見るかのような慈愛に満ちた眼差しである。

 一応この人政戦両略をこなす知勇兼備の名将のはずなんだけどな? 今の絵面はマイホームパパだ。


 閑話休題。以前俺と話しあったことを信秀殿に説明する吉殿。というか、自分で考えたと言わんばかりのドヤ顔に少しイラっとする。

 まあ、それはいい。しかし時折信秀殿の目線がこちらに向くのが気になる。


「三郎よ。お主の言わんとすること、腑に落ちたぞ。しかしあれじゃ、この話、初めて聞いたときはさぞや驚いたのじゃろうが?」

「無論じゃ」

「そうか、して誰に聞いたのじゃ?」

「謀ったな?」

「こんな手に引っかかるでない。まだまだ年季が違うわ」

「言えぬ」

「そなたがそこまで頑なになるということは……竹千代か」

「だとしたらどうなる? 竹千代に手を出すのであれば、親父殿とてただでは済まさぬ」

「ふむ。まあ、そこは良い。問題は数え六歳の童がこれほど高度な知識を駆使しておることじゃ。今川に知れたら一大決戦ものじゃぞ?」

「で、あろうが」

「偉そうに言うな。まあ、良い、儂も協力してやる。そなたが派手に動け。銭は平手に言え」

「いいのか?」

「よい」

「わかった」


 ここで織田弾正忠殿が改めて俺の方に向き直った。

「不出来な倅であるが、ぜひ助けてやってほしい。お頼み申す」

 ここですとんと腑に落ちる思いだった。信長は一代の英雄であるが、彼を育んだ最も大きなものは、子の父であったと。実に親子である。よく似ている。常識外れの思考回路とか。


「竹千代。あれを」

「手配できております」

 加藤図書殿に頼んで、口の堅い職人を紹介してもらっていた。そして彼らに作ってもらった農具を持ち込んでいたのだ。

 千歯扱きと備中ぐわを作らせてあったので、実演して見せた。脱穀が効率よく終わるし、作業も楽になる。さらに開墾も今までとは段違いの効率となる。

 平手殿は目をひん剥いてトリップしていた。権六殿は市姫を見て別方向にトリップしている。

 弟君二人も舟をこいでいる。うん、吉殿と信秀殿の漫才で眠くなったんだね。


 さて、農具はひとまず量産し、吉殿直轄の村に配布された。といっても使うときだけ庄屋が貸し出すと言った態だ。さもなくば外部に漏れる。

 いずれ広がるだろうが、先行のアドバンテージはなるべく長く確保したい。収穫の時が実に楽しみである。

 ほか、長槍や鉄砲の購入についても許可を得られた。尾張兵の弱さを戦術と武具で補うという考えには全面的に賛同してもらえた。

 ほか、流民の保護、定期的な武術大会を開くこと、楽市を開くこと。寺の坊主に禄を与え、子供たちに読み書きを教えること。

 様々な政策を順次実施してゆく。ポイントは人だ。人材の確保と人口の確保、これを行わなくてはならない。

 今川は仮名目録による家臣団の統制と、流民の取り込みによって人口、すなわち兵力を確保した。それを更に寄り親寄り子の制度で編成している。

 全く同じではなく、そこからさらに一歩踏み込むのだ。読み書きができる者が増えれば文官を育成できる。武術大会で仕官が叶う、褒美が出るとなれば腕自慢が集うだろう。

 流民保護も人口増加と同時に人材確保を兼ねている。

 そして増えた人口を食わせるための農具改革だ。これによって農作業の生産性を向上させ、開墾に人手を回すのだ。

 開墾している間はすなわち投資の時期だ。資本を投下し、土地を開発する。そして何かを生み出せるようになれば投資は回収できる。当たり前といえば当たり前だが。

 上がった収益を再投資に回して金を回す。これも当然だが、この時代にはそういった発想がない。

 この時代にない概念で動くから、外部にその意図を探られにくい。

 実際問題として、遅かれ早かれではあったんだと思う。などと思考を巡らせていると、悲鳴が聞こえてきた。

 権六が市姫を膝枕しているうちに自分も眠りこけたらしい。そしてヨダレが……市姫の顔を直撃したというわけだ。

 あ、信秀さんキレてる。「この慮外ものが!長谷部国重の錆にしてくれる!」とか……へし切長谷部って信秀殿の頃からあったのか。

 そんな騒動を見て吉殿は腹を抱えて笑い転げていた。まあ、平和なのは良いことだと思うことにしようか。

へし切長谷部がいつから織田家所蔵だったのか、詳しく知りませんので、この場で出してみました。

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