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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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北伊勢攻防戦

天文二三年。

 北伊勢の豪族が織田になびき始めたのを見てしびれを切らしたか、六角氏の横やりが入り始めた。これまでは両属というかどっちつかずだったのだが、先代の定頼公が亡くなった後、当代の義賢がいろいろとやらかしているのを見て織田に天秤が傾きつつある感じだ。

 しきりに兵を出すとか織田を討伐するとか言い始めた。先代の遺産で幕府や機内の勢力に顔が利くので背後の憂いはない。

 北近江の浅井も斎藤と結んではいるが南近江へ侵攻するほどの余力はないようだ。今回の状況としては美濃経由のルートが織田の影響下にあることだ。近江と美濃の国境は浅井、斎藤の境界で佐々木六角は通過できない。伊賀経由で険しい山越えをする必要がある。ということは大兵力を移動させるのは難しいし、行軍時を奇襲できれば最高だ。


「一益。甲賀衆から協力を引き出せるか?」

「そうですな、当家(滝川家)に仕えている者の伝手を辿ればあるいは」

「なれば一先ず情報を集めよ。陣立て、進軍経路などだ」

「はっ!」

 他にも土豪の調略などを命じておく。情報収集のルートは多いほうがいいっていうか、なんで俺も呼び出されてるの?

「決まっておる。軍師がおらねば、のう?」

「一応俺同盟相手の当主なんですが?」

「お市をどこに嫁がせるかのう……」

「吉殿、敵はおそらく鈴鹿峠を越えてまいりましょう」

「理由は?」

「単純に最短距離だからですね。あとは亀山への押さえで」

「関はこちらに内通しておるな。それを再び引き込もうとしておるか」

「北伊勢の要ゆえに」

「なればなんとする?」

「戦いの勝ち方をどこにするかですが、防ぐだけにするか、それとも大いに叩くか」

「叩こう」

 即断された。この決断の速さが天下を取ったゆえんであるな。

「関に密使を、織田に降ったふりをして背後から襲うと伝えさせるのです」

「我らは亀山城を背後に戦うわけか」

「無論危険な策ではあります」

「であるな。我らが崩れれば関は六角に伝えた通りに動くであろうよ」

「六角をこちらの領内に引きずり込むには……」

「有効か。しかも逃げ道は山道ゆえ、な」

「防ぐだけであれば山道で野伏せりを仕掛ければよろしいが」

「それは問題の先延ばしにすぎぬ。それが行かんとは言わぬが、な」

「であれば、徹底的に叩きましょう」

「であるか」


 ここから先はいろいろと手を打った。まずは西美濃の豪族、不破光治から六角への内通をほのめかせる。美濃との国境で協力者ができれば、伊勢に向ける兵力を増やすことができる。

 これは見事にはまってくれた。光治殿は笑いをこらえた顔で隠居の道三殿に語ったそうだ。

「普通は人質なりを要求すると思ったのですがね。それすらなく、誓紙だけでよいと。寛容さを見せつけようとしたのかもしれませぬが、おそらく余裕がないのでしょうなあ」


 立場を明らかにしないと舐められると思うんだがなあ。と思っていると吉殿も同じ考えだったようだ。


「先代からは考えられぬほどのタワケよ。動揺する家中を取りまとめようとしているのはわかるがな」

「焦ってはより泥沼にはまるでしょうに」

「まあ、良い機会じゃ。徹底的にはまってもらうとしようぞ」

 などと悪役そのもののセリフを言い放った吉殿の笑みはあくどかった。


 関、神戸、鹿伏兎あたりの諸豪族は六角の威光に恐れ入ったふりをして、織田を追い出すための出陣、ありがたいと平伏している。最終的にどちらにつくのかは不明だが、こちらが勝てば問題ない。

 ああ云った連中は強いほうになびくからな。裏切られる余地を残さねば良い。


 こうして準備は着々と進んだ。伊賀衆には軍備のためと重税をかけているようで、織田から奪った財貨で補填すると言っているようだ。獲らぬ皮算用は高くつくと教えてやらねばならんな。

 そういった扱いもあって、面白いほど情報が入ってくる。重要な情報を持ってきた連中には気前よく銭をばらまいたし、偽情報や間違った情報をもたらした者にはそれなりの扱いをした。

 それによって織田に仕官する者も増えたし、情報収集のルートも増えた。こちらにとってはいいことづくめである。ついでに六角には偽情報を流しておくように伝えた。

 織田の弱兵はすでに逃げ腰で、源氏の流れを汲む佐々木の旗を見ただけで逃散するだろうとか、適当なうわさを流させた。まさかこれを信じ込むとは思わんかった。


 そうして意気揚々と出陣してきたのである。家臣の中には狭い山道で襲われたらなどの警告を発する者もいたが、それすらなく山越えを終えたあたりで、罠なのではと言い始めたら、即斬られたらしい。

 臆病者は要らんということらしいが、臆病者がいないから負けるんだよ。思い通りにいくような戦などない。あらゆる要因を想定してさえ、現実はそれを越えてくる。

 臆病ゆえに負けぬための備えをする。勝つことが重要ではなく、負けないことが重要なのだ。百戦百勝即ち危うし、だな。


 六角の兵は1万余り、こちらは、織田軍四千、松平一千。相手の半分だ。しかし、峠道の出口を抑えるように野戦築城を行い防備を固めていた。

 六角義賢はこちらを舐め切っているから即座に攻撃命令を下す。背後に控える北伊勢衆が内通していると思っているのだからな。

 鈴鹿崩れとのちに言われる殲滅戦の始まりだった。

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