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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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マムシ親子

 電撃戦は上手くいった。この手の最大のリスクは、兵が武装していないことだ。兵を集結させ武装させるまでの間に攻撃されたら全滅する。

 道三はそこら辺を当然のように見抜き、ちくりと釘をさしてきた。一応助けられた礼のつもりだと思うことにしておこう。

 宿直の兵しかいない稲葉山城であったが、それでも正面からの攻撃をする気にはなれなかった。手こずれば援軍が駆けつけてきて背後を突かれる。現時点で一番まとまった兵力を持っているということが唯一のアドバンテージで、それは時と共に失われる。

 義龍としても万が一の可能性であっても本拠を落とされるリスクを考慮し、交渉の席に着いた。現在織田が実効支配している大垣周辺を道三殿が治める、ただし本人は小牧山にて隠居とし、城代を置くこととした。


「我の言が容れられぬと?」

 吉殿が目を細め義龍と睨み合う。腹違いとはいえ義兄相手によくやるものだ。

「そもそも何の名分あって美濃に入ってきたか!」

「義父と義兄の仲たがいを止めるためじゃ。そも、我が手勢は美濃に入って一度も狼藉を働いておらぬ。それこそ、我が妻の実家を案じておる証左ではないか?」

 何の理由にもなっていないが、それっぽく聞こえる。要するに敵対はしていないと言い張りたいわけだ。同時に軍の統率についても大いに喧伝できる。織田の軍は大将のもと一糸乱れぬ軍であるというわけだ。精強な軍であると勘違いしてくれるだろう。

「それは……」

 すげえ、勢いで押し切った。

「我は美濃に何の野心も持たぬ。ただ妻の家族は我の家族として案じたのみよ。この乱世に内輪もめをする余裕があるというならば話は別だがな」

「婿殿の言うことにも道理はある。浅井と佐々木は睨み合っておるがの。一時的に和睦して矛先をこちらに向けんという保証はないわな」

「では、父上。一つだけお聞きしたい」

「聞こう」

「私の父は誰なのです?」

 出生が定かではない。これは時代を問わずそれこそ生涯を左右する問題となりえるだろう。ましてや大名の一族である。場合によっては統治が危うくなるだろう。

 大義名分が非常に重要視されている時代でもある。

「……それを聞いてなんとする?」

 重々しく道三が口を開く。眉間には深いしわが刻まれていた。

「私が何者なのかを知りたいのです」

「そうか。だが、儂の言を保証するものは何もないぞ?」

「そうですね。それでも父上の口からお聞きしたい。それで区切りをつけることができます」

「うむ……」

 深い苦悩の表情を浮かべる。主君の愛妾を下賜され、ほどなく身ごもった。いくらでも疑惑の生まれる余地がある。現代ならDNA判定とかあるがこの時代じゃどうしようもない。

「では、言おう。はっきりとは儂にもわからんのだ」

「そう、ですか……」

「だがな、なんと言おうがお前は儂の嫡子じゃ。だからお前に討たれてやろうと思うた。土岐の血を引くという名分があれば、国を奪った悪党を討って取り戻した。これはお前がこの地を治めるに十分な大義となろうが」

 なぜかこの一言で場の雰囲気が緩んだ。それはそうだろう。わが身を礎にして子の地盤を固めようとしていたというのだ。親の自己犠牲としては最上ですらある。

 マムシは親殺しをして生まれるという。そういう意味で、義龍もマムシであろうとしたのか。

 そうすることで、父とのつながりを持とうとしたのか?

 どうでもいい場物騒すぎるだろ。


「やはり、そうでしたか」

 つきものが落ちたような顔で義龍が語り出す。

「ふむ、なにがじゃ?」

「父上にしては動きが鈍い。遠山の動きに対しても何ら動きを見せませなんだ」

「ふん、廃嫡でもされると思ったか? そもそも家督はすでに譲っておろうが」

「ですが事実上の当主は父上です」

「そこもな、おいおいやっていこうと思うておった。死ぬまで国主なんぞこの年になってみるとな。肩がこるなんてものではない」

 望んで多くの人を殺して得た地位じゃないんかいとツッコミを入れてしまう。

 で、うちの吉殿はというと、なんか和解シーンを見て感動に涙している。あんたそういうキャラじゃないだろうが。


「これで良かろう。とりあえず舅殿には孫の面倒でも見てもらうとしよう」

「いいのかなあ……うーん」

 なんか思っていたのと方向がずれまくった結論になってしまった。


「おお、そうじゃ婿殿。頼みがある」

「我にできることであれば」

「孫をの、小牧山にて学ばせてほしい」

「ふむ、我の甥にあたるわけか」

「如何?」

「承知した」

 後の竜興か。あれも14歳で跡を継いで織田の猛攻に晒されと、不幸な位置関係だったよな。俺でも逃げたくなるわ。

 というか、国主の嫡子を小牧山に置く。事実上の人質じゃないか。

「無論わしも帰蝶のところに行こうかの。孫が生まれたと聞いておるしな」

「ふふん。三郎は我の後を継いで織田の旗を京に立てるのです」

「ほほう、大きく出たのう。それは楽しみじゃ」

 いや、吉殿の代でそれかなうから。やっちゃうから。

 などと俺の内心のツッコミは無論誰の耳に届くことは無く、なんかよくわからんが美濃が織田の強固な同盟者となった。

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