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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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奥三河の蠢動と北伊勢攻略

 奥三河の豪族たちに動きがあるそうだ。具体的には南信濃が武田に支配され、調略の手が伸びてきているようだった。

 なぜそれが判明したかはある意味当然で、織田との共同管理となっている流民ネットワークと、滝川、服部の忍び衆によるものだ。

 河原者を保護し、彼らのネットワークによって情報が集まり、拡散してゆく。尾張と三河は統一され戦がない。新田を開いていて人手が不足している。景気がいいから仕事にありつける。

 こういったプラスの情報が広まるにつれて人が流れ込む。弾正忠家は土倉からの借銭をしてでも彼らを抱え込む。その銭で彼らを食わせ、働かせることで国力を向上させる。

 食事以外でも賦役ではなく、給金をわずかでも支払った。そうして銭を手にした彼らは商人から物を買う。おやつであったり、日々の暮らしの道具であったりだ。佐治水軍には大湊と熱田、津島の交易をさせると同時に漁労によって食糧調達もさせている。

 沿岸部の住民は織田家が魚を買い上げるので、購買力を持つ。こうして商人が流入する土台を作ったところで大きな手を打った。

 関所の廃止である。と言ってもすべての関を廃止したわけではなく、要の街道では残す。ただし、関銭は廃止するか、極めて安くした。

 同盟に伴って尾張、三河国境の砦や関所も廃止されている。同時に交通の便を向上させる街道の整備が行われた。また、街道の安全を保持するために巡回の兵とその詰め所が一定の間隔で設置される。

 詰所の周囲は治安が良いということで、近辺に宿場が開かれた。その宿場でも簡単な位置が開かれ、商品の売買が発生する。そうなれば場所代を徴収することで、インフラ整備のリターンが得られる。その利益を再投資に回すことで物流、すなわち商業が発展してゆくのだ。

 街路樹の整備も行われ、沿道の住民にはその維持管理を命じられた。職務をしっかりと果たせば税の軽減や免除もあり、仕事に手を抜くものはいなかった。

 こうして生活にゆとりができて行けば一揆を扇動しようが坊主が動員を呼びかけようが動かない。奥三河の住民も尾張や西三河の発展を目にしていずれは自分たちもと期待を持った。さらに河原者からの情報で武田支配下の苛烈な統治のうわさが流れてくる。

 そうなれば、領民の意思を無視して武田に降ろうものなら……一揆勢に首を取られるありさまとなろう。そもそも兵農分離がされていない現状では、彼らの軍事力の根源が領民であるからだ。

 如何なる采を振るおうとも兵が従わねば意味がないし、個人の武勇をどれほど振るおうが衆寡は敵せずである。

 いろいろと察した領主たちはこぞってうちに通報してきたのである。彼らには調略に乗ったふりをして情報を流せと伝えておいた。

 

 そして織田家からの相談事は、北伊勢の事であった。彼の国は小領主が離合集散を繰り返して小勢り合いが絶えない。大湊は伊勢神宮の入り口であり、大いに栄えているが、それ以外の地は桑名の港など商業的に利点があるところ以外は荒れ果てている。

 石高も高いはずなのだが、文字通りの田分け状態であって、勢力が分散しているので大きな兵力をまとめられないのである。

 ただし外敵に対しては一致団結することもあって、南伊勢の北畠氏とは互角の戦いを演じていた。最近では南近江の佐々木氏が手を伸ばしつつある。比較的勢力の強い関、神戸の両氏と誼を結ぼうとしていた。


「というわけでな。まずは桑名を何とかしようと思うのだが」

「長島はシイタケで懐柔済みですからね」

「本山にも送って褒美をもらっておるようだぞ」

「本証寺も似たような感じですね。ただ、寺領の住民が逃げ込んできてますな」

「それはどうしておる?」

「流民に混ぜております。そうすることで目くらましになっていますしな。あとは他人の空似でごまかしとおすと」

「であるか……。それでよい、というか帰すなんぞあってはならんな」

「奴らからしてみれば一家が逃げたところでどうということはない程度なのでしょうが……」

「蟻の一穴よな」

「ですね。河原者も送り込んで、松平の税は安いとか、食っていけるとかいろいろと吹き込んでますよ」

「我らとのつながりを示すものはないしな」

「そりゃあもう。そんなもの残すわけがないですよ」

「はっはっは。お主も悪よのう」

「ふふふ、若ほどではありませんよ」

 謎のやり取りを始める俺たちを帰蝶殿とお市がジト目で見てくる。お市は帰蝶殿が生んだ男の子、三郎に夢中である。「わらわもこんな子がほしいのじゃー」ってさすがに10年早い……、俺も含めてだがな。

 

 話を戻すと、伊勢は沿岸部を押さえれば良い。となれば、志摩水軍と誼を結べばいい。そう考えて佐治水軍から使者を出してもらうことにした。伊勢湾の上りを上手く分け合えば共存可能ではないかと思うのだが、これはどう出るか。

 海賊衆は土地に縛られない独特の価値観があるからな。とりあえず三河の塩の商いの利権とかで何とか釣れないものか……。なんて思っておりました。

 北畠の圧迫を受けているので佐治水軍と織田、松平連合の後押しを受けられるならとむしろ喜ばれた。北畠よりも緩やかな条件にしたことも良かったようだ。とりあえず佐治水軍にも供与している底引き網を渡したら大量の魚を持ってきたので買い上げた。保存用の干物と魚肥、後は一部の質が高いものはその場での食用とする。

 清須にも新鮮な魚を届けたところ、非常に喜ばれた。

「だからと言ってお市との仲を認めたわけじゃないんだぞおおおおお!」

 往生際の悪い……いまさら取りやめなどできないだろうに。

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