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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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三駿和睦

天文十八年三河国岡崎城 評定の間


「太原雪斎と申す」

 今川からの使者は太原雪斎だった。妥当な人選だろう。人間五十年と吉殿が好む敦盛で謡われているが、すでに50を超えていたはずだ。

「前置きは要らぬ。話を伺おう」

「されば、今川家は松平家との和睦を求めております」

「それはこれまでのように従属を望むか?」

「まさか、すでに当家は三度敗れております故。対等の盟を」

「それを当家が望むとでも? 今まで今川には煮え湯を飲まされてきた。戦国の世の習い、力なき者は何も言えぬ。だから我らは力をつけた。それだけの事であるな」

「左様。まず松平一族と重臣方の人質をお返し申す」

「ほう?」

 今川の狙いが読めない。ここまでうちに頭を下げてくる意図はなんだ? 武田とは和睦が成立しているが、川越城の戦いの禍根はいまだ残っている、その辺か。

 沈黙は金なり。あえて無言でいることで相手に言葉を続けさせる。しばらく言葉が絶える。非常にいやな沈黙だ。しかし次に言葉を発する方が折れるような雰囲気である。そしてピンと張り詰めた雰囲気の中、雪斎が口を開いた。


「見た目は童ですが、まるで拙僧のような星霜を重ねた古だぬきのようですな」

 狸呼ばわりに一部近臣がごふっと噴き出す。お前ら覚えてろ? 加増して仕事を増やしてくれるわ。

「なに、いつも家臣に叱られておりますよ」

「蔵人殿の武勇伝は駿河にも聞こえておりますよ。それゆえに和睦を無謀と思ったわけですな」

「東ですかな?」

「ふふ、お見通しですか。まして武田との盟も……」

「かの仁は妹婿を仕物に掛けておりますからな。かといってかの国は取っても旨味がない」

「左様にござる。伊豆を取れば元康さまのおっしゃるように金山が手に入りますからな」

「そういえば、わが弟は息災にしておりますかな?」

「……予想はしておりましたが、双子にございますか」

「ゆえに、弟にできることは俺にもできますし、逆もまた然り、ですな」

 雪斎は言葉を切って黙考している。

「弟君、元康さまは今川の嫡子となってござる」

「彦五郎(氏真)殿はいかがされた?」

「されば五郎殿は北条の姫と結び、そのまま左京太夫殿の猶子となられておりますな」

「体のいい追放ですな」

「……乱世を生きるに強き当主が要ります故な」

「弟が我がもとに降ったらいかがされる?」

「当主が降ることを表明しても家臣が従わねば意味はありますまい」

「確かに。であるならば、兄弟相争わぬためにも盟を結びたい」

「おお、では!」

「……ところではあるが、俺は今織田弾正忠家の後見を受けておる。故に弾正忠殿の意も汲まねばならぬ」

「おっしゃられる通りですな。なれば後日改めて条件などを詰めさせていただきたく」

「いいでしょう」


 こうして岡崎城における会見は終わった。

 ぐったりと自室で脇息にもたれかかる。あのくそ坊主、和睦とか言っているがこっちの弱みを欠片でも見逃すまいとしてやがった。つーか、竹千代め。今川を文字通り乗っ取りやがった。今川と縁ができたことを利用してこちらも北条と接触すべきか。遠交近攻だな。

 後は武田の動向が気になる。今は信濃を攻略中で、村上、小笠原あたりと抗争中のはずだ。今川は東西に敵を抱えていたので武田も安心して北上していたが、東か北か、今川の動静が不明になる。

 場合によっては武田からも接触があるかもしれんな。


 さて、ひとまず清須に使者を送る。下手な人選はできないので弥八郎に喜六郎をつけて送り出した。あの二人ならうまく説明してくれるだろうとか思っていたら、彼らが復命した時、吉殿も一緒にくっついてきた。

「これは上総介様。ご機嫌麗しゅう」

「今すぐその気色悪いしゃべり方をやめんと市を連れて帰るぞ?」

「む、さすがにそれはまずいですな」

「まあ、おてんばだからな。手数をかけておるだろうが」

「いえいえ、可愛らしいものです」

「だ、そうだぞ?」

 ふと振り向くと吉殿の言い分にぷーっとほっぺたを膨らませたまま、俺の「可愛い」の一言に顔を真っ赤に染め上げた市姫がいた。

「ぐふあっ!?」

 そのままダイブしてきた。一直線に彼女の頭突きがボディに突き刺さる。いくら小さな子供とはいえこれは効いた。

 将来の嫁の前で無様なところは見せられんと必死に耐える。なんかこみ上げてきたが必至で飲み下した。そして、真っ赤になった耳が見えていて少し和んだところで、すっごい勢いでもみくちゃにされる。具体的には胴体にしがみついて頬ずりをしてきた。高速で。

 いつの間にか現れた帰蝶義姉上がにっこりとほほ笑んでいる。ていうかいつのまにどっから現れた!?

「これにて織田と松平の絆は安泰ですわね」

「うむ、我とお前のように、だな」

 黙れバカップル。

 そして吉殿の膝の上に乗っかっている乳飲み子。そういえば義姉上、出産したのか。

 なんだか織田ファミリーはマイペース過ぎて、こっちが振り回される。しかしそれが嫌ではない自分もいたのだった。

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