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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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NAISEIパート

 「銭がない」そう報告を受けた。文字通りの意味で、先日召し抱えた母衣衆や兵やなんやかやで、城の金蔵は底をついたと報告があった。小竹君の涙目にも動じない俺の面の皮を舐めていた弥八郎は、ついに自ら動いたのだ。


「殿、無駄遣いとは言いませぬが、もう少し、もう少し自重していただけませぬか?」

「なにをだ?」

「とりあえず、日吉を津島に派遣しました」

「借銭か。貸してくれるかの?」

「とりあえず、雇ったばかりの兵にいきなり俸禄不払いはまずいと思いますよ?」

「うぬ、義父上に手紙を書くか……」

「織田の姫との婚姻、受け入れたんですな」

「それ以外に選択肢があるんなら聞いてみたいな。正室は後ろ盾からもらうしかないだろうが。しかも直系の姫だ。家臣の娘を幼女にしてとかでもないしな。家臣の娘というのも縁を繋ぐという意味ではありだが」

「毎度のことながら一桁の都市でそこまで達観している殿はいったい何者なんでしょうな? や、頼りがいがあって良いですが」

「こんなご時世だからな。子供らしくして生きていけるならそうしている」

「たまに私以上に老練な策をひねり出すあたり……何でもありませぬ」

「それにだ。織田弾正忠家の一族は美形ぞろいだからな」

「……とってつけましたね?」

「普通こっちを取ってつけたと思わんだろうが?」

「まあ、殿ですから」

 うん、やはり弥八郎とは波長が合う。たまにずけずけとものを言いすぎてイラっと来るが、逆に遠慮なんぞされては知恵袋の意味がないしな。


「喜六! 弾正忠様から資金もらってきてくれ!」

「またですか。織田家も裕福になったとはいえ、尾張北部とか開発にお金かかるんですけどね?」

「伊勢の調略にも金がかかるし?」

「その通りです。というか兄上が母衣衆を募集し始めましたよ?」

「まあ、もともと吉殿が考えたことだしな」

「……結果先取りですねわかります」

「そういうな。いろいろ前倒しできるところはしていかんと、父が討たれるのも俺が知る歴史から1年早かったしな」

「バタフライエフェクトってやつですかね? そういえば塩田の報告上がってきましたよ?」

「おお!」

 俺は報告書を読む。入浜式塩田を試してもらっているのだ。海水を運び砂浜に撒く揚浜式が主流であったが、運搬に多くの人手が要る。そこで入り江に堤を作り、潮の干満を利用する入浜式を提案したのだ。

 最終的には流下式を目指すが、まだ調査が済んでいない。海水を汲み上げるポンプもいる。そこは人力で代用することも考えているが、塩を作る職人に新しいやり方を試させる余力がないのが実情だ。

 塩は戦略物資である。古来より官塩の制度があり、国の専売となっていた。塩田が作れる海岸は貴重なのだ。内陸部の国は沿岸を持つ国から塩を買わなければいけない。温泉地などで岩塩が産出できる場所もあるが、海塩の生産量には劣る。即ち、塩の生産量を上げれば大きな利益を生むのである。具体的には隣国の信濃とかだ。やりすぎると、「あっちにあるならば奪ってしまえばいいじゃないの」ってなるので適度にだ。あまり値段を吊り上げると文字通り戦争になる。

 話がそれたが、報告書の内容は難しいものだった。浜に塩をまく手間自体は緩和されたが、塩分が付着した砂を集めて濃い塩水を作る作業は変わらない。無論煮だす作業もだ。

 ついでに均等に浜に海水を撒くというのも職人芸が必要とされる。水汲み何年という言葉があるそうだ。それは置いといて、夜中から起き出して海水を撒く作業がなくなっただけでも進歩であろう。

 砂浜の下には粘土を敷き、海水が一定以上しみこまないようになっているので、確か砂浜の構造も後世では改良されていた。何とかヒントを出して改善してもらうとしよう。


 そういえば、母だが手紙が来た。弾正忠信秀様の側室に入ったらしい。二重の意味で父上になってしまった。

 春には弟か妹が生まれますよって……どんだけ。同じような境遇に池田勝三郎恒興がいる。彼も父を早くに失くし、その母が信秀様の側室に入って織田家の庇護を得た。そのため幼少ながらも家を継いでいまは吉殿の部下として働いている。勝幡に所領があるが、馬廻としての任についているはずだ。

 そういえば堤防についても提言していたな。ローマンコンクリートと合わせて、水の流れの変え方を実験して見せた。

 木枠で溝を作り、そこに水を流す。そして垂直に当てた場合と角度をつけた場合でどう違うのかというわけだ。

 角度をつけることで力が分散し、堤を崩れにくくするのだ。同様に一定以上の力が加わったときにわざと切れやすくして置いて、水を流す遊水地へ誘導する。

 同時に信玄堤のパクリで霞堤を設置する。場所は測量の結果で決め、織田弾正忠家の事業とした。でないと領土の切れ目で仲の悪い領主の方に水を流すように仕向けたりしようとする連中が出てくる。取水口の位置や取水量でもめ事も出てくる。故にそういった利害を調整できる統一された政体が必要なわけだな。

 尾張に近いあたりで、矢作川流域でも同じく灌漑を進める。こうして徐々に民衆を取り込んでいくのだ。領主がいくら命を下しても領民を本当に守っているのは誰かを彼らの胃袋に刻み込むのである。

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