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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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小豆坂の戦い~誘引~

 俺は滝川忍軍の兵を引き連れ、信広殿の手勢をこっそりと付けていた。

 あらかじめ調べていたのだろう。間道を伝い、敵の側面に出る道を進んでゆく。

 そして敵陣が見えたところでいったん足を止め、最も油断すると言われている払暁に大音声を上げ襲撃を仕掛けた。

「我が名は大隅守信広なり! 者ども、続け!」

 そして現実は、奇襲を仕掛けたはずだったが……いつの間にか信広殿の手勢は取り囲まれていた。


「ふん、うつけの兄はやはりうつけよな」

 今川の先鋒を務める朝比奈泰能が嘲るように声をかける。

「むう、是非もなし。各々血路を開いて撤退せよ!」

「しかし殿、すでに囲まれております」

 後方にも兵を回してある。流石雪斎、隙がない。

 そこで、俺は滝川忍軍の孫六に合図を送る。信広殿の退路を確保させるためにスリングで石を投げ込ませた。

 スリングの射程は弓にも匹敵する。敵はどこから石が飛んできたかわからず戸惑う。そして角度を変えて別の場所から投げ込ませる。こうして拳大の石が次々と投げ込まれることで、敵陣が乱れる。


 となれば、信広殿も練達の武者、陣の乱れを突いて一気に突破を図る。

「ここじゃ、外聞など気にするな! 生き残ることこそ武勲と心得よ」

 そうして血路を開いてゆく。

「ふん、逃すな。追撃だ!」

 朝比奈の手勢も追撃を開始する。吉殿の陣にそのまま付け入って友崩れを狙っているのだろう。

 俺は踵を返し、陣に帰還すべく移動を開始した。


「今川勢、坂を下って突撃してきます!」

「であるか、手はずに従って動け!」

「はっ!」

 吉殿も油断せず待ち構えている。坂を下りきったあたりで柵を連ね、敵の突撃を待ち構える。あらかじめ互い違いになるように配置しているため、信広殿の手勢はその隙間を縫って陣に帰還した。

 そして追いかける敵勢には容赦なく矢が降り注ぐ。敵も盾を連ねて矢を防ぐが、足は止まった。応射の矢をこちらも防ぐ。数は敵が有利だが平地に降りたことで、地形の不利は消えた。坂を下る勢いも殺した。

 何とか持ちこたえる体制が整ったように思えた。が、敵もさるもの、正面に展開している以外の兵力を左右に展開し、柵を迂回してきたのだ。

 しかしここまでは想定の範囲内だ。左右の備えを前進させ食い止める。ここで全軍の半数以上を投入している状況において、兵力差が一時的に逆転した。

 雪斎の副将を務めるだけあり、朝比奈は実に巧みに兵を操った。兵力の若干の不利を感じさせない采を振るい、互角以上に渡り合う。

 そして柵が数か所で破られつつある状況で、坂の上から雪斎が采を振るった。自らの本隊を含む兵を前進させたのだ。

 坂を下るうちに足取りは速くなり、一番下あたりでは駆け足に近い速度となっていた。そしてその勢いをそのままに正面に叩きつけた。


「吉殿、もう持たぬ!」

「竹千代、ありったけの矢を放つように伝えてくれ」

「承知!」

 滝川殿が合図を送ると、弓兵が息つく間もなく矢継ぎ早の妙技を見せる。と言っても狙いは付けずにとりあえず引いて放つを繰り返しているだけではある。

 しかしそれでも矢襖の弾幕で敵の足は止まった。


「佐久間よ、お主の腕の見せどころじゃ!」

「ふ、承知しましたぞ。方陣を組め!」

 ここでいう方陣は戦国時代にはなかったものである。長槍部隊を長方形に並べ、さらに弩兵を後方に置く。最前列には盾兵だ。

 こういった部隊を複数用意して入れ替えつつ戦うのだ。交互に戦うことで兵の疲弊を抑えられる。しかし敵も新手を入れ替えつつ戦うので、徐々に押されてゆく。ひとまず左右の備えは先に下がらせた。


 払暁から始まった戦いは数度の中断をはさんでそろそろ正午に差し掛かりつつあった。本陣の前まで退き、足を止めて交戦している。

 本陣は野戦築城した陣城の入っており、そう簡単には突き崩せない。というか、地形を利用して敵をひきつけている状態だ。

 籠城のように追撃の規模がある程度読めて、退却が容易であれば仕切り直しもできるが、半ば野戦であるため、下手に退くとそのまま全軍が崩壊しかねない。

 雪斎ほどの将でもその危険は完全に無視できず、ある程度の間合いを保って全面攻勢には出ずに様子をうかがっている。


「何とか敵を引きずり込んだか」

「何とか、ですな。少なくともうちの手勢はへばってしまってしばらくは使い物になりませんね」

「仕方あるまい。あれほどの攻勢を引き受けて半日撤退したからな」

「さて、次の手を打ちますか」

「もう少し待て、夜陰に紛れて撤収するつもりであろうが」

「宵闇は必ずしも敵の味方にはなりえませんな」

「そういうことじゃ。準備は抜かりなくさせよ」

「はっ!」


 断続的に戦闘は続くが、お互い決め手を欠いていた。織田方は敵が撤退する機会をとらえて追撃で打撃を与えたい。

 今川方はなるべく被害を抑えて岡崎に退く。そうすれば国力差から今川の勝利はゆるぎない。

 逃げられてはならじと、積極的に兵を繰り出し敵に斬りこませる。こうすることで、追撃を恐れてなかなか敵は退却できない。

 しかし日が沈み、闇があたりを包み始めたころ、今川勢の背後に異変が生じた。

 欣求浄土厭離穢土の八文字を旗印に抱えた一団が今川勢の背後に現れたのだ。


「なんだと!? 一向門徒とは話はついているのではないのか?!」

「一向門徒の謀反じゃ!」

 これによって動揺が走り、今川勢の最後尾から徐々に敗走が始まった。

「ここじゃ! 全軍突撃!」

 その様子を見て取った信秀様が采を振るった。絶妙なタイミングで下された突撃命令は、織田全軍を鼓舞し、今川勢の士気をくじく。

 雪斎の必死の鼓舞にもかかわらず、陣列は綻び、軍勢は崩壊し始めていた。

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