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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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駿府にて

 駿河国、駿府館。今川治部大輔義元は師にして、腹心である太原雪斎と語り合っていた。

「御師様。松平の子倅はいかがか?」

「ふむ、まこと見事なり。可能であれば御館の一門とすべし」

「それほどか?」

 身を乗り出して質問を重ねる。有能ならば幼き日より教育と今川への忠誠を叩き込む。さすれば優秀な手駒を得るうえ、岡崎を取り込む名分にもなる。

「然り。一を知って十を悟る。胆力も見事。幼き日の御館を見ておるですわい」

「ふふ、それは楽しみじゃ。今川の血筋に取り込み、松平を服属させるか」

「となれば、彼の次郎三郎殿は……」

「邪魔になるか?」

「意外に武辺者にござってな」

「なれば尾張に攻め込む先鋒とすれば?」

「それに収まる器に非ず。かの清康公にもいずれ至るやもしれませぬな」

「買い被りすぎではないか?」

「少なくとも、今川の下でおとなしくしておる気性ではないようですな。もともと三河者は気が短い故」

「故にこの竹千代が彼奴等の手綱になると言いたいのだな?」

「然り」

「ふむ。そういえば、尾張がまとまりつつあるらしいな」

 ここで義元は話題を変える。今川家の三河支配に真っ向から楯突き、松平の支族を調略して自勢力に取り込んでいる。

 また、尾張守護の斯波家は遠江守護も兼ねていた。それを今川が奪い取った因縁もある。むろんこちらにも那古野城をだまし討ちで奪われた因縁がある。

 少なくとも手打ちにできる状況ではない。実際問題として、そうなると北にいる武田か西の北条と戦うことになるが、どちらも曲者ぞろいであった。ただ、今の織田弾正忠家が簡単な相手かと言うと、そういうわけではないが。

 三河松平家が織田と抗争しているため今川としては直接ぶつかり合っているわけではない。ある種の代理戦争状態であった。

 しかし、雪斎の献策は、松平広忠を除き、岡崎を横領することで織田と勢力を接することになる。相手をするならば織田であると言ってきていた。


「織田弾正忠は簡単な相手かね?」

「否、武田、北条に匹敵するか、上回るやもしれず」

「其処とぶつかり合う理由は?」

「武田と争うも利あらず。北条とは名分がない」

「甲斐なぞ獲っても仕方ないな。北条は婚姻を結んでおる故か」

「然り。尾張は今、空前の発展を始めており申す」

「噂には聞いておる。流民が集って開墾をしておるとか、兵となって弾正忠家の軍勢を試し戦とはいえ撃破したとか」

「試し戦ゆえに実際の戦場において使えるかはまだわかりませぬが、数はそろっておるようにございますな」

「流民、河原者などの出自を問わず、有能なものは召し抱えておるというが、間者が入り放題ではないか」

「然り、しかし、その間者が取り込まれておる様子にて、戻らぬ者が増えており申す」

「如何なることじゃ?」

「間者であるかはさておき、出自を問わぬ登用が今は上手く回っておるようで、禄や土地を与えられる者もおるようですな」

「逆に言えば、それほどに国力を伸ばしておるのか」

「然り、そしてその中心には三郎信長がおる様子」

「あのうつけと言われた嫡子か?」

「左様。うつけは擬態であったのかそれとも平手あたりがうつけに箔をつけるためにしておるのかはわかりかねます。しかし、試し戦で流民兵を率いて戦った大将はかの三郎の様子」

「平手は内政や外交には手腕を発揮しておるが、武辺は並みであったな」

「新参の将がいるとのうわさも聞いておりまする」

「武辺者が加わるとなれば手ごわくなるか。その戦の様相はわかるか?」

「なんとも伝わってきませぬが、三郎と勘十郎の手勢が相対したと」

「勘十郎は利口者として知られておるな。配下には柴田権六か」

「尾張屈指の猛将にござるな」

「ふむ、どちらにせよ油断ならぬ相手ということはよくわかった」

 二人の認識は三郎信長油断ならず。うつけは擬態であるということだった。

 今は尾張北部は未だ弾正忠家の支配下に入ったばかりで安定していない。尾張まで攻め込むことはできずとも安城を抜き、三河から織田の勢力を駆逐することができればよい。

 初手として竹千代を旗印に岡崎の横領を正当化する。そして織田と決戦を行い三河をまず手にする。さすれば尾張南部から徐々に蚕食すればよい。

 伊勢湾の最深部に位置する尾張は交通の要衝であり、平野が多く開墾できる土地も広い。商業の利益も大きく、尾張半国のさらに半分ほどしか支配下になかった織田弾正忠家が曲りなりに今川に対抗できたのは、津島と熱田から上がる銭であることを理解していた。

 であれば、まずは熱田を落とす。さすれば弾正忠家は先細りになるであろう。これが今川家の対織田の方針となる。


「であれば、松平の支族を調略するかね」

「手はずは整っております」

「うむ、鵜殿にも伝えおけ。広忠に対し救援無用とな」

 こうして、松平家当主は2代続いて味方の裏切りによって命を落とすことになる。そして、雪斎はその動きに即座に呼応して岡崎城に入り、連れてきた竹千代を城代に任じて西三河の動揺を即座に抑え込んだ。

 安祥城を中心に織田弾正忠家が兵を集結させている。あちらの竹千代も出張ってきているようだ。真実はどちらが本物でも構わない。勝った方が本物になる、ただそれだけの事。

 雪斎はこのたびの戦に一五〇〇〇の軍勢を率いてきていた。推測される弾正忠家の動員能力はその半数ほどであろう。

 戦国屈指の策士と、尾張の虎がぶつかるときは近づいてきていた。

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