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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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三河の動乱

 2年早い?! 父の死を悲しむよりも先に出てきたのは驚愕だった。実際、自分を見捨てた父よりも織田家の人たちとの縁の方が自分には大事だ。

 そう言い聞かせるが、なぜか涙があふれてきた。今世でも父を救えなかった。今の自分はあまりに無力だ。いくら天下人の経験と知識があっても、ただの子供に過ぎない。こんな子供に誰が命を懸けるのか? 

 前世の家康であれば、「家」の興隆や知行などの立身と引き換えに命を預けてくれる者が多くいた。それだけの実績もあった。だが今は全てが零だ。

 年端もいかぬ子供が声をこらえて涙を流す姿はそれなりに痛ましく映ったのか、誰も俺に声をかけてはこなかった。と思っていたが、元忠が俺の背中をゆっくりとさすってくれた。いつも彼は俺のそばにいてくれた。吉殿といろんな騒ぎを起こしているときも、見守ってくれていた。

 俺には大事な家臣がいることに改めて気づかされた。


「竹千代様、岡崎を、松平宗家を救ってくだされ」

 そう言って、知らせを持ってきた使者、服部保長は俺に告げた。となればただ泣いていることは俺には許されぬ。涙をぬぐって保長に向き合う。


「教えてくれぬか。父上はいかなる最期を迎えられたのか?」

「はっ、申し上げます」

 今川の後援を得て父は周辺の諸城を平定に出た。しかし、今川の力を借りたことが気に食わないものがいたそうである。その者は敵に内通した。城攻めの最中にひそかに包囲され、本陣を急襲されたとのことである。

 衆寡敵せず、壮絶な討死を遂げた、らしい。近臣に暗殺されるよりはまだましな死にざまと言えるのか? 俺にはわからなかった。ただ、身勝手な理由で父を討った者がただ許せなかった。


「そうか、父は立派に討死を遂げたのだな?」

「はい、敵兵を十名以上斬り捨て、意地を見せられました」

「そうか。だがな、俺はそのような死に方はせんぞ。身内の裏切りに気付かないなど大将としてはあってはならぬ失態よ!」

 そう声を荒げる俺だったが、再びあふれた涙に周りは声もなかったのだろうか。

「弾正忠様。お願いがあります」

「娘婿の頼みゆえな、何なりと申すがよい」

「ありがたき幸せ。岡崎城奪回のために兵を貸していただきたく」

「よかろう。して、服部殿、今川の軍備はいかなる様子であったか?」

「……よもやとは思いますが……?」

「なんだかんだで奴らは一族よ。その上で宗家を裏切ったのであれば、思いもよらぬ武辺を発揮した広忠殿を邪魔に思うたのかもしれぬな?」

「……松平信孝、これを討つことで、父の無念を晴らしたいと思います」

「今川の手引きがあったと思うか?」

「まず間違いなく。あ奴は宗家に楯突いておりましたが、このような知略を巡らすことはありません。おそらく誰かの入れ知恵があったものと」

「左様か。なれば今川の後ろ巻きはすぐにでも出て来るな」

「それも間違いなく」

「そなたは織田の屋台骨を揺るがす賭けをせよというのだな?」

「……はい、早かれ遅かれであるかとも思いますが」

「いずれは今川とぶつかるであろうと言いたいのだな?」

「その通りです。そして、三郎様の手勢のみでありますが、考案した武具が行き渡っております。これにて迎撃の要としたく」

「迎撃とな……? 小豆坂か」

「そうです。今少し先かと思うておりましたが、黒鍬衆を先行させ、陣を築きます」

「数の不利はそれで補うというか?」

「弩と短弓兵、さらに印地打ちの稽古をさせておりました」

「実際にぶつかる前に少しでも兵を削るか」

「あとは野武士を雇い入れ、敵の後背を脅かしましょう」

「甲賀より呼び寄せるのじゃな?」

「そうです。一つお願いがあります。彼らの功績にふさわしい恩賞を約束していただければと」

「よかろう。優れた働きの者は儂の責で士分にいたす」

「ありがたきお言葉。その条件で集めます」

 その言葉のすぐ後に、一益殿の配下が動いた。ほぼ同時に池田勝三郎恒興殿が動く。吉殿配下の流民兵を動員に動くのだろう。

「いま、この一刻はまさに値千金なり。各々方、油断なきよう励め!」

 信秀様の命により、尾張ほぼ全土に動員令が出された。犬山の抑えは大胆なことに美濃から援兵を呼ぶことになった。清須に安藤伊賀守が兵三千を持って防備に当たるらしい。というか、これで負けたら清須はまず乗っ取られるな。

 小牧山で吉殿が兵に檄を飛ばしている。

「今まさに危急存亡の秋なり!」

 三国志から引用するのが好きだなあ。出師の表か。

「今川は貴様らの築いた材を奪いに来る。されば貴様らの為すべきことはなんだ?」

「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」

「今川は貴様らの生活を奪うだろう。家族を引き裂くだろう。家族を守るにはどうする?」

「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」

「いまこそ訓練の成果を見せるときだ。勝てば今の生活を守れる。負ければ地獄だ。どうだ、楽しいだろうが?」

「「「うわははははははははは!!」」」

「死地に臨んでなお笑えるがもののふよ。貴様らは流民に非ず、我が誇る精兵よ!」

「「「三郎! 三郎! 三郎! うおおおおおおおおおおおお!!」」」


 いい加減頭痛がしてきた。戦国時代にどっかの軍曹が降臨したとでも言うのだろうか?

 ただ、こちらの方が数は少ないのだ。兵の士気は文字通り死命を分かつ。あっちの竹千代は元気にやっているだろうか? というか岡崎城を落とすための大義名分だしな。俺もあいつも。

 やや現実逃避した思考を引き戻しつつ、吉殿の旗本に加わる。予定よりも早まった決戦はどう転ぶか、いまだ先は見えないのだった。

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