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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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織田家の関羽

「勝負あり! この戦、三郎の勝ちじゃ!」

 改めて信秀様より勝者が告げられる。勘十郎方はこちらを大いに舐めてかかってくれていただけに、呆然自失といった態であった。

 特に吉殿の大音声で竦んでしまったところを馬上から叩き落された林美作は武勇に自信があっただけにショックが大きいようだ。

 吉殿の采配のもと、それぞれの将が役割を果たし、見事な連携を見せたこと。それぞれに強固な信頼がないととても出来ないことであった。

 それでも後でこうぼやいていた。

「権六とだけは渡り合いとうなかったわ。あ奴は奇襲を仕掛けたとしても即座に反撃してくるからのう」

 織田家屈指の猛将の名は伊達ではないようだ。そして今回名を上げたのが、滝川左近一益と、森三左衛門可成であろうか。

 奇襲部隊の先頭に立ち、槍を振るって敵を蹴散らすさまは阿修羅の如しと言われた。また雑兵レベルの流民兵を率いて見事な進退を見せたことで、知勇兼備の名将としての名声を得た。

 そして彼らを見出した吉殿の名声もより高まるというものだ。

 そう思ってニヤついていると信秀様がこちらをジトっと見ている。そもそも、この状況を作った黒幕は俺だからな。白々しいとでも思っているのだろう。


「これで三郎の家督は安泰じゃの。織田家のために良かったのか悪かったのかはわからぬが」

 信秀殿が小声で話し始める。

「織田弾正忠家の名を天下に轟かすのであればこれで良かったのではないですか?」

「ふん、儂であれば、尾張一国であればなんとでもして見せよう。三河も切り取れるかもしれぬ。そなたが居ればな」

「旗頭という意味で?」

「そうじゃ。しかし三郎の才は底が見えぬ。あ奴は軍議の籍にいつの間にか現れ、こちらのやり取りをじっと見ておった。初陣の采配も政秀は一切口出ししておらぬと」

「で、ありますか」

「ふん、それは三郎のまねか? まあ良い。あれは鬼子よ。元服してすぐというに儂の手の届かないところまで行ってしもうた気がするわい」

 そうぼやく信秀様は、息子が立派に育ったという誇らしさと、一抹の寂しさを感じていたのだろうか。

「親父、これで我の才は示したぞ」

「うむ、次に大きな戦があればそなたにも出てもらうとしよう。一手の大将としてな」

「なに、足を引っ張るようなことはせぬし親父の下知に従おう」

「ふん、言いよるわ」

「こういう時は、働きに期待するとかいうものではないのか?」

「期待してもそれ以上の獲物を獲って来るじゃろうが」

「ふん、違いない」

 そう言って二人はよく似た笑みを浮かべた。獰猛な肉食獣の笑みだった。こえーよ。


 このたびの試し合戦で、尾張の力関係はまた変動した。五千あまりの兵を単独で動員できる弾正忠家が事実上旗頭となりつつあった。

 そして、今まで泣き所となっていた、嫡子がうつけという評判も、払拭された。尾張一の弓取りであるとの評判であった。これによって今まで態度を表明していなかった土豪が弾正忠家に臣従を誓ってきた。

 家中においても、林家の求心力が低下していた。試し合戦とはいえあれだけの失態を見せたのである。奇襲にうろたえ、初陣を済ませたばかりの小僧に馬上から叩き落された林美作の武名は地に落ちた。

 しかし、本人はそれを気にするそぶりもなく、むしろ吉殿の武勇をほめたたえているようだ。若いのに見事な手前、将来の大器であると。

 正直林家はこれまで後背常ならずという認識でいた。しかし、武辺者の美作は俺が考えていた以上に単純であったようだ。真っ向から挑んで完敗したことで、吉殿の力を認めたようである。

 林佐渡は未だ監視が必要であるが、ひとまずはこちらに従うつもりのようだ。そして、此度の戦で最大の戦果を掴むために、吉殿は俺とともに末森城に赴いた。


「兄上、良くいらっしゃいました」

「うむ、勘十郎よ。前置きはなしじゃ。家督については我が継ぐことで良いな?」

「無論です。むしろ兄上以上にふさわしい方がいらっしゃるのか?」

 おかしいな。何このブラコン? 目がキラキラしてやがる。あんだけぼろ負けしたのに悔しいどころか、「さすが兄上!」って顔してるのはどういうことだ?

「ふむ、なれば、我は勘十郎を右腕とも思おう。頼りにしておるぞ」

「はい!」

 うん、何このキラキラ。眩しいんですけど。尊敬のまなざしってやつ?

「なれば権六」

「はは!」

「此度の戦、敗因はわかっておるか?」

「……恥ずかしながら」

「そうか。貴様はまこと見事な武勇を持っておる。正直に言おう。我は貴様とは正面切っては戦いたくない」

「ありがたきお言葉にて」

「だがな、此度のように策を用いればどうとでもなる」

「返す言葉もございませぬ」

「貴様はもう少し広き視野を身に付けよ。あの柵は急ごしらえゆえに、じっくりと兵を配って支寄りをかければあっという間に突き崩せただろうよ」

「なんですと?!」

「故に敢えて虎口を設けたのだ。さすれば貴様はそこに戦力を集中するだろうが」

「おっしゃる通りにございます」

「攻め手を誘導すれば、こちらも迎撃に戦力を集中できる。貴様の耳目はただ前を見ておった。ゆえに我の奇襲に気付かなかった」

「……なるほど」

「権六、貴様の武勇は尾張どころか天下においても十分通用するじゃろう。しかし足りぬ」

「武略が、ですな?」

「左様。視野を広げ、敵の弱点を的確に突け。その一撃は天下一の武者のものじゃ。耐えられる者などそうはおらぬ」

「はっ、ははっ!」

「それにしても見事な髭よな」

「唐突に何を言われますか?」

「権六よ、貴様の武勇は天下に冠たり、あとは武略を身に付ければ古の関雲長にも引けを取るまい。我はそう思うておる」

「拙者の事をこれほどまでに……」

「故に大事な弟を託すのじゃ。勘十郎のこと、しかと頼む。関雲長のごとき武勇と武略、そして忠義を持って扶けよ」

「はっ! この権六、肝に命じましてござる!」

 そうして吉殿は俺に目配せをしてくる。権六殿は単純だからな。これで勘十郎君を通じて吉殿の味方になってくれるだろう。

 今川の攻勢がいつ来るかはわからんし、そのためにも味方はきっちりと増やしておかないとな。などとのんきに構えていたら……清須が暴発したでござる。

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