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葵と木瓜  作者: 響 恭也
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目覚めたらそこは戦国時代でした

 気を失っていたようだ。誰かが俺の頬を平手で軽くたたいている気がする。意識がゆっくりと浮上し、目を開くと、目の前には見慣れない少年の顔があった。


 ムッと鼻を突く汗のにおい。もろ肌を脱いだ姿で、頭は茶筅髷を結っている。


「おお、目を覚ましたか。大事ないか竹千代?」


「へ? 竹千代?」


 けげんな表情を浮かべたことで、まだこちらの意識がはっきりしていないと思ったのだろう。少年は心配そうな視線を向けてくる。


「これはいかんな。まだ脳が揺れておるに相違ない。皆のもの、加藤屋敷まで運ぶのだ!」


 得に慌てたそぶりも見せずにされた茶筅髷の少年の指図に従って、同年代の少年たちが俺を担ぎ上げる。しかし、俺はなぜか少年が焦っていることを感じていた。


「若君、お気を確かに!」


 泣きそうな顔で俺に声をかけてくる別の少年。年のころは中学生程か。こちらも髷を結っておりまるで時代劇だと埒もない思考が脳裏をよぎる。


「ここは?」


「熱田にござる、若」


 けげんな表情で少年が応える。


「熱田……?」


 まてよ……? いろんなキーワードが脳裏でつながってゆく。竹千代とは確か徳川家康の幼名だったよな? 熱田は織田の人質時代に逗留していたらしいと言われていたはず。


「これ、今は何年じゃ?」


 手がかりをつかむために再び隣を走る少年に問いかける。


「は、天文一六年にございます」


 やはりか! すなわち俺は戦国時代の徳川家康になってるってことだ。


 ということは、この集団のリーダー格の少年は、おそらくのちの信長なんだろうなあ……。


 この頃の信長と家康に面識があったと言う資料はないらしいけど、逆に面識がなかったということも証明できない。というか、この竹千代に興味を引かれたんだろうなか?


 などと考えていると、急に脳裏に映像が浮かんだ。どうやら記憶がよみがえっているようだ。それこそ何のネトゲだよとか場違いなことを考えながら、俺は意識をそちらに向けた。




 館に供を引き連れた少年が入ってくる。茶筅髷を結い、湯帷子を着崩している。いわゆる傾奇者といった風情だ。彼はぶしつけに口を開いた。


「そなたが松平の子倅か?」


 こちらを値踏みするように見てくる。文字通りの意味だな。ここでなめられてはいかんと腹に力を入れて問い返す。


「そうじゃ! 竹千代じゃ! お主は何奴ぞ!」


「ふん、一丁前に答えるか。我は吉法師。織田弾正忠家の跡取りじゃ。どうだ、恐れ入ったか!」


 おそらくこれで大抵の人間は頭を下げるのだろう。尾張一の実力者の嫡男である。だが、それが何だというのだ? こっちは松平の嫡男だ。立場は変わらぬ。


「恐れ入るものか! そなたが弾正忠家の跡取りなら、儂も松平の跡取りよ! 偉さでいえば同じではないか!」


「なんじゃと!? く、くくくくく、うわはははははははは!!」


 よほどこちらの返答がおかしかったのだろうか。腹を抱えて笑い出した。供回りの少年たちが唖然とそのさまを見ている。


「なにがおかしい?」


「なに、なるほどのう。そなたは武将の子よ。いかなる立場になろうとも誇りを忘れぬ。いや見事」


 こらえきれぬとばかりに笑い転げる吉法師であったが、ただ笑われていては松平の沽券にかかわる。故に怒りを見せた。


「それは儂を笑っておるのか? ならば許さぬ!」


 必死で目をひん剥いて怒りの表情を見せる。それもまた吉法師の琴線に触れたのだろう。彼は笑い続けていた。しかし笑い方が変わっている。おかしなものを見る月から、再び値踏みするような目だ。


「いや、お主は確かに我と同じじゃ。年が足らぬところは置いておいての」


「いまに大きくなる。さすれば吉法師殿にも負けぬ!」


「ほう、一度名乗った我の名を聞き逃さぬか。これもまた見事よな」


 声をあげて笑うことはないが、それでも顔が笑み崩れている。噴き出すのをこらえるかのような表情だ。


「何がおかしい?」


「感心しておるのじゃ。幼いながら見そなたの立ち振る舞いは見事。どうじゃ、我の家臣とならぬか?」


 急に真面目くさって問いかけてくる。しかしこれに是と答えることはできない。自分もこの少年が気に入っていることを自覚していてもだ。


「儂は今後松平の家を継がねばならぬ。よって誰かの家臣にはなれぬ」


「左様か、残念じゃのう……」


 神妙な顔つきでやや寂し気にしていた。だからだろうか、思わぬことを口にしていた。


「なれど、友にならなって進ぜよう」


「友? そなたが我の?」


 よほど意表を突かれたのか、目を見開いている。供回りの者たちはぽかんとしていた。


「そうじゃ。先ほど言うたであろう。偉さでいえば同じじゃと。なれば対等の友になればよい」


「ふははははは! この尾張のうつけの友にか! これは愉快じゃ!」


 再び笑い転げ始めた。しかし、非常にカラッとした笑い方で、こちらを嘲るような声色はない。本当に楽しくて笑っている、そんな風情だった。


「ならぬというならそれでも良い」


 しかし一方的に笑われているのも気分が悪い。だから少し不貞腐れた態度を取ってしまった。


「いや、むしろこちらからも頼もう。竹千代よ、我が友となってくれぬか?」


 それゆえにか、吉法師殿は居住まいを正して言葉の後にぺこりとお辞儀をした。供回りの少年たちはもう、悲鳴を上げる一歩手前といった状態だった。


「よいでしょう。これより我らは友じゃ!」


 吉法師殿はあけすけな笑顔を儂に向けてきた。なぜかその笑みは裏表がなく、何の打算もない笑顔に思えたのだった。




 ふいに現実に引き戻される。いろんな記憶が頭の中を通り抜けていった。


「済まぬ、もうよいぞ」


 俺は背負ってくれていた少年、鳥居元忠に声をかける。


「若、もう大丈夫なのですか?」


「ああ、心配をかけたな」


「竹千代。すまなんだ。つい力が入りすぎてしもうた」


 リーダー格の少年、吉法師殿がバツの悪そうな顔をこちらに向けてくる。だからこちらも笑顔で返した。


「吉殿、戦場で年若いからと言って誰も手加減などしてくれますまい。手加減無用と申したのはこちらゆえお気に召されるな」


「お、おう。竹千代よ。そなたやはり少し休んだ方が良い」


 しまった。しゃべり方がまずかったか?


「吉法師様。若は先日学んだ礼法を披露したくて仕方がないのですよ」


「左様か。ならばよいが……」


 何かを感じ取ったのか吉法師は怪訝な目でこちらを見てくる。そのすべてを見透かすような深いまなざしにわずかに怖気を覚えた。俺は彼の将来を知っている。壮年期以降、権力を握ったのちは全てに猜疑の目を向け、孤独に苛まされていた。それをなぜ知っているのかはわからない。竹千代になる前の自分なのか、それとも竹千代自身の記憶なのか。


 そして新たな記憶がよみがえる。それは俺の想像を絶する内容だったのだ。

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