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夢は続いて行く

 西野(にしの)川の土手に大きな巻物になった長い花ゴザを広げていく。


夏のお日様と穏やかに吹く川風が少し湿ったゴザをカラカラに乾かしてくれるのだ。


「お父さん! こっちは終わったよ。」

「おうっ、重しの木は乗せたか?」

「うん。」


明日香(あすか)は吹き出してくる汗を、首にかけていたタオルで(ぬぐ)った。


滅多にしないゴザ干しの手伝いを明日香がすると言い出した時、おじいちゃんはニコニコして喜んでくれた。


お父さんはちょっと微妙な顔をしたけれど、明日香をトラックの助手席に乗せて土手へ連れてきてくれた。


「ちょっと橋の影で休むか。」

「そうだね。どのくらいで乾くの?」

「しばらくかかるからまた後で取りに来るよ。」

「えっ? 盗られないの?」

「毛取りもレジン加工もしてないからな、商品価値はないよ。それに作っている家によって柄が全部違うんだから、同業者が盗ってもすぐ足がつく。」

「ふーん。うちのゴザって、みんながわかるんだ。」


「…明日香、急に手伝いをするって言ってきたのはうちの後を継ぐつもりなのか?」

お父さんが話の途中で口ぶりを変えて、明日香に真剣な顔を向けてくる。

「ん~、まだわかんないけどそれも考えてる。カラーコーディネーターの資格を取ったらおじいちゃんの『染めゆ』を手伝えるんじゃないかな。」


「それだけどな。…うちの会社も、もう長くないと思うんだ。」

「そんなっ! おじいちゃんが新しいゴザを作ってるのに?!」

「あれは職人の最後の意地というか、ある意味道楽みたいなもんだよ。磯部民喜(いそべみんき)手機(ており)の技術を機械織りでどこまで再現できるかっていう夢もあるしな。でも、経営としては難しい所に来てるんだ。本家のおじさんもおじいちゃんも歳だし、借金をこしらえないうちに会社をたたもうかという話になってる。」


お父さんはそう言いながらも悔しそうな顔をした。お父さんだって、都会で仕事をしていたのを辞めてまで帰って来たんだ。ゴザ織りを続けたいに決まってる。



「そうか・・・素隠居が言ってた通りなんだね。」

「ん?」

「昔ゴザ織りをしてた人に聞いたんだけど、岸蔵花筵(きしくらかえん)は衰退してきてるって。」


「そうだな。ここらの田んぼは昔は調整区域で家が建てられなかったんだ。それが市の方針も変わってきて、今は田んぼが埋め立てられて新興住宅街になってきてる。村の会合でも織機(しょっき)の音がうるさいとか、染め場の臭いが気になるという話も聞くしな。川の水も住宅排水で汚れてきてる。環境の面でもここらが潮時なのかもしれないな。」


お父さんの話を聞いて、明日香も花ゴザに関わりたいと思っていた気持ちにだんだんと諦めがついて来た。


けれど心の奥深くでは、おじいちゃんの四重織りにかける挑戦の意味を知った時のあの高揚が、静かにくすぶっていた。



 秋になりゴザの出荷の最盛期が過ぎた時期に、花ゴザの品評会が開かれた。


そこにおじいちゃんが出した「四重織り」は、去年の「瀬戸染め」に続いて再び大臣賞を獲得した。


錦輝織(きんきおり)』と名付けられたその花ゴザには、すぐさま買い手がついた。


「わかる人には、この四重織りのすごさがわかるんだろうな。」


お父さんは、自分のことのようにおじいちゃんの栄誉を喜んでいる。



おじいちゃんはその夜、お酒を飲みながら明日香に大切な話をしてくれた。


「日本人はトルコのほうで作られた絨毯(じゅうたん)には何十万、何百万とお金を出して買い物をするだろ。でも自分たちの身の回りにあるありふれた日常品にはお金をかけようとしない。なるべく安く買おうと努力しているうちに、身の回りには日本古来の工芸品がなくなっていくんだ。国や自治体もそれを自然の流れだとしてやっきになって保護することもない。」


「なるほどね。」


「明日香も花ゴザだけじゃなくて、他の工芸品のことも考えてごらん。少しでも頭の片隅で日本の伝統文化のことを考えられる大人になって欲しいと、じいちゃんは思ってる。」


「うん、わかった。」




 それから10年以上が経ち、おじいちゃんも本家のおじさんも亡くなった。


お父さんは会社をたたんだ後に玉水の工業地帯にある会社に働きに行くようになった。

しかし、家の側にひと区画だけ残した工場(こうば)に織機とゴザ織りの道具を残している。


土・日の休みの日には、お父さんはそこで圭介と一緒に油まみれになって織機をいじっている。


「もうすぐ磯部民喜(いそべみんき)モデルが完成するぞっ!」

「そうしたら六重織りが作れるかもしれない。」


ふふ、道輝(みちてる)おじいちゃんの夢は、まだここに残ってるんだね。


明日香は赤ちゃんを抱っこして、パパとおじいちゃんの雄姿を子どもに見せてやった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

潤さんに機会をいただいて、義父の人生を振り返ることが出来ました。

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