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素隠居の話

 「あのう、すみません。」


明日香と圭介がお喋りをしながらたこ焼きを食べていると、観光客のような年寄夫婦に声をかけられた。


「はい、なんでしょう?」

「将棋大会の場所はどこですか?」

「ああ、将棋は新美園(しんびえん)でやってるはずですけど、4時までだからもう終わってますよ。」


明日香がそう言うと、奥さんの後ろにいたおじいさんはひどくがっかりした顔をした。



「まぁ、残念ね。どうしましょう。」

「これから9時過ぎまでは『代官ばやし踊り』が見所です。ほら、放送が聞こえてきた。」

「あら本当に。盆踊りみたいなものなの?」

「ええ、会社や地域のいろんな団体の人が趣向を凝らして踊るんです。中央通りをずっと踊っていきますから、夜市を楽しみながら見られたらどうですか?」

「そうね。見てみます。どうもありがとう。」

「いいえ、ごゆうに。」



「お前、観光ガイドみたいだな。」


明日香と奥さんの会話を横で聞いていた圭介が感心したようにそう言ってきた。


「そうだった? 今日ここにくるから、ネットでちょっと調べてただけだよ。」

「相変わらず段取りがいいな。他のことでは、ぼ~っとしてんのに。」

「け・い・す・けー。」

「ハハッ、悪りい悪りい。ほらっ、始まった。」


中央通りの方から、踊りの音楽が聞こえてきた。



 踊りが始まったので、みんな中央通りの方にぞろぞろと移動していく。


すると人ごみに逆らうように、白髪のおじいさんのお面を被った素隠居(すいんきょ)がこちらにやって来るのが見えた。


明日香は小声で圭介に声をかける。


「ねぇ、素隠居さんが休憩に来たみたい。」


圭介が振り返ったので、素隠居さんもこちらの方を見た。


「あれ? あんた道輝(みちてる)さんとこの…。」


えっ?! 素隠居がうちのおじいちゃんを知ってるの?!



隣の椅子に座った素隠居は明日香たちに背を向けてお面を少しずらすと、「あぁ~。」と息をつきながらストローで冷たいお茶を飲んだ。


「あのぅ、お疲れ様です。ちょっとお聞きしたいんですが…。」

「ん、待って。」


そう言いながら、素隠居はもう一口お茶を飲んだ。よほど喉が渇いていたようだ。



「あー、やっと人心地がついた。それで…何が聞きたいのかな?」

「すみません。うちの祖父を知ってらっしゃるようだったので。」

「中川さんね。花筵(はなむしろ)に関わってた人で道輝(みちてる)さんを知らない人はいないよ。昔はわしもお世話になったもんだ。」


素隠居の口ぶりには、昔を懐かしむ憧憬のようなものが感じられた。



「ここいらでまだ花筵(はなむしろ)をやってるのはほんの一握りだよ。昔はほとんどの人がイ草に関わってたもんだがなぁ。わしもだいぶ頑張ったんだがゴザ織りを辞めざるをえなくなってね。」

「どうして辞められたんですか?」

「そりゃあ何と言ってもお金が儲からないからね。中川さんとこでも厳しいと思うよ。」

「…そうなんだ。」


明日香はお金のことなど考えたこともなかった。周りにゴザを織る環境があるのが当たり前だと思っていたのだ。



岸蔵花筵(きしくらかえん)は、(すた)れていくということでしょうか?」


今まで黙って聞いていた圭介が口を挟んできた。


圭介もお母さんがずっとうちで働いてきたので、危機感を持ったのかもしれない。


「ううん。このままだと大賀県でゴザを織る人はいなくなるかもしれないね。」


圭介と明日香が興味を持って聞いているのがわかったからか、素隠居は興に乗って岸蔵の花ゴザの歴史を語ってくれた。



「もともとこの大賀は温暖な気候でイ草の生育に適してたんだ。県南の広い田んぼではみんなイ草を作っていた。ところが『玉水臨海工業地帯』が出来ただろ。田んぼも埋められるし、会社に行く方が楽で儲かるからって、農家の人たちがみんなサラリーマンになったんだよ。イ草を作るのは真冬や真夏が忙しい過酷な仕事だから、それも仕方がない所だけどね。」


「土地も働き手もなくなったっていうことか…。」


圭介がボソッと言ったが、明日香たちが行っている西倉(にしくら)工業高校も玉水で働く人たちを養成する目的で創られた学校だ。



「良質なイ草が供給されなくなったから、ゴザを織っていた人たちは九州にイ草を買いに行くようになった。そうするうちにヨルゴエさんとこみたいに織機を作っている会社は、九州に織機を売りに行くようになった。すると九州の生産量が伸びて、大賀県の花筵業界はよけいに身を縮めることになったのさ。」


「材料がある所でゴザを作った方が早いということですね。」


「そうだ。その後、日本の商社が目をつけたのが中国だ。日本の技術を送り込んで、広大な土地を使って畳表や花ゴザを作らせて安く輸入するようになったんだ。そうなりゃこっちはおまんま食い上げだよ。いくらいいものを作っても、日本の消費者が買ってくれないんじゃしょうがない。」


悔しそうにそう言う素隠居は、巨大な経済の流れに諦めを感じているようだった。



島野(しまの)の『磯部民喜(いそべみんき)』がせっかくこの大賀の地に近代機織り産業の礎を築いたのになぁ。でも、中川さんはまだ一旗揚げようって頑張ってるんじゃないか? ちょっと噂を聞いたよ。」


素隠居にそう言われて、明日香はハッとした。



それでおじいちゃんは「四重織り」を創ろうとしてるんだ!



中国には作れないものを、この日本の最高の技術を結集して創り上げる。



明日香と圭介は顔を見合わせた。

二人は今まで感じたことのない高揚と誇りに胸が熱くなってくるのを感じた。

地場産業も厳しいんですね。

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