四重織り?
※ 友理潤さん主催の「MACHIKOI プロジェクト」参加作品です。
大賀県の西部、水量が豊かな西野川が流れる河口近くの町に明日香は住んでいる。
何もない田舎町なので高校ぐらいは岸蔵か大賀などの都会の学校に進学したかったが、最終的に進学したのは地元の県立西倉工業高校だ。
美術部の活動に魅かれてこの高校に決めたというと格好がいいが、学力が相応だったというのが一番大きい理由だ。
夏休みの部活動が終わって、明日香が自転車で校門を出ようとしたところで、幼馴染みの圭介に声をかけられた。
「明日香、ちょっと待って!」
「なに? 急いでるんだけど。」
圭介はサッカー部の半パン姿で走って来て、校門の横のアプローチにぐったりとしゃがんだ。真夏に全力で走っていたせいか、頭から水でもかぶったかのように汗でびしょ濡れだ。
「圭介、休んでたら部長にドヤされるぞぉ!」
圭介の後から走って来たサッカー部員がこちらに向かって叫びながら、校門の前を走って通り過ぎていく。
いつものように学校の外周りを周回してランニングをしていたようだ。
「いいの? 部長に見られたら怒られるんでしょう?」
明日香が心配すると、圭介はニヤリと笑ってゆっくりと立ち上がった。
「その部長の頼みなんだからいいんだよ。今夜の『すいんきょ』に遠山先輩も連れて行っていいか?」
「えー、急な話だね。いいと思うけど・・・友香も来るよ。」
「その友香狙いなんだよ、遠山先輩。」
三年生の遠山博は、細マッチョのイケメンだ。
見た目もそこそこだが、性格が大らかでサッカー部員に人望がある。
「でも友香に無理やり先輩を押し付けないでよ。友香にだって好みはあるし。・・・んー、遠山先輩は見た目も中身も悪くはないと思うけど。」
「だろ? 俺も友香の様子を見て勧めるから。」
「・・じゃ、私からも友香にそう言っとく。」
「頼むな! そうだ明日香、今夜は浴衣を着て来いよっ!」
圭介が去り際に行った一言で、明日香は真っ赤になった。
あっという間に遠ざかる圭介の広い背中を見て、明日香は溜息をつく。
本当に強引なんだから・・・。
7月22日の今夜は夏の土曜夜市の中でも一番賑やかになる天領祭だ。
岸蔵は昔、大賀城の城主である沼田のお殿様が治めている土地ではなく、江戸幕府が直接統治する天領だったことから、天領祭というものができたらしい。
全国に60か所ある天領の中でも3番目に大きい大天領だったそうだから、岸蔵の人たちの力とプライドはとても高かったんだろう。
その天領祭に、幼馴染の友香も入れた3人で出かける予定を立てていた。
今日も午後から友香と待ち合わせをして夜に着ていく服を一緒に買いに行くつもりだった。
なのに浴衣だなんて・・・。
それに明日香と圭介は同じ学校だが、友香は大賀の高校に通っているので、久しぶりに3人でゆっくり会えるのを楽しみにしていた。
それがまさか遠山先輩を入れた4人になるとは思ってもみなかった。
なんか予定通りいかないな。
明日香が家に帰ると、今日もガチャガチャとリズミカルな織機の音が聞こえてきた。
明日香の家は色染めをしたイ草でゴザを織る「花ゴザ」を作っている。
花ゴザは正式には「花筵」と言って、その製造に携わる人を花筵業者と言う。
本家の大伯父さんとうちのおじいちゃんは兄弟で花筵業の有限会社を立ち上げている。
本家のおじさんが主にデザインを考えて、うちのおじいちゃんが「染めゆ」と言って、長いイ草を染料で染める仕事をしている。
おじいちゃんはその「染めゆ」の部門で、品評会の大臣賞をもらったこともある職人だ。
淡い色を染める「瀬戸染め」は未だかつて誰も成功したことがない染め方だそうだ。
そして本家のおじさんのデザインが中央の人に認められて、天皇陛下への献上ゴザを作ったこともある。袋織りの上品な色合いの「カマクラ」は、現代風のインテリアにもマッチするデザインだ。
この二人の才能と技術でうちの会社はやっていけているのだろう。
お父さんが都会での仕事を止めて、後を継ぐために帰って来たのもそんな技術の伝承をしていきたかったからに違いない。
会社が所有している大きな鉄工所の敷地に入って、屋根のある所に自転車を止めると、明日香は大きな旋盤の横で、溶接をしているおじいちゃんに声をかけた。
「おじいちゃん、ただいまー。」
バチバチと火花を散らしていたアーク溶接のスイッチを切ると、おじいちゃんは片手に持っていた防護マスクをおろして明日香の方を向いた。
「お帰り、早かったな。」
「今日は土曜日だし。今はもう夏休みに入ってるんだよ。」
「そうか。なら部活か?」
「うん。駅の地下道の壁絵を描く準備。」
「県展入選者が描くんだ、いい物が出来るじゃろうな。じいちゃんも見に行くかな。」
おじいちゃんはそう言って顔をほころばせた。
明日香は高一の時に県の油絵の展覧会で入選したことがある。
色使いが独特だとの評価を受けた。
明日香の母親に言わせると、遺伝だそうである。
明日香は赤ちゃんの時におじいちゃんそっくりだったらしく、母はお乳を飲ませる時に複雑な気分だったようだ。
幼稚園の時に描いた絵も構図と色使いを褒められて県から金賞をもらった。
この時に母は祖父からの隔世遺伝を確信したそうだ。
「明日香は色使いに関わる仕事に就いたほうがいいんじゃない?」
普通科から大学の教育学部に行って幼稚園の先生になった母親は、明日香に頑張って普通科へ行けというのかと思っていた。
けれど「明日香の個性を伸ばしてやりたいことを応援するのが、親の役目でしょ。」とケロリとして言われてしまった。
明日香は数学などの勉強が苦手だ。その代わりといってはなんだが習字は塾に行かなくても賞に入るし、夏休みの図画工作などは入選の常連だ。
学校の朝礼では校長先生が賞状を渡す度に明日香の名前が呼ばれるので、図工に関してだけは皆に一目置かれていた。
弟の義也は明日香と比べると賞状の数が少ない。
しかし義也は勉強がよくできる。
人それぞれの得手不得手があるということだろう。
高校を受験する時に母親にそんなことを言われたので、他の家族とも相談して工業高校の建築家に行くことにした。
できたら高校の推薦枠を使って、芸術系の大学のデザイン科に進みたいと思っている。
そこでカラーコーディネーターの資格を取るのが最初の目標だ。
資格を取ることが出来たら、何かの役に立つかもしれない。
その資格を取って何になるかまではまだ考えていないが、それはおいおい決まって行くだろう。
そんな目標があるので、70人いる建築科の中でも5番以内の成績がとれるように勉強も頑張っていた。
明日香が工場の中を抜けて、裏口から家の台所に入るとおばあちゃんが昼食のソーメンを茹でていた。
「おばあちゃん、ただいまっ。」
「お帰り。おじいちゃんは仕事のキリがついてた?」
「うーん、溶接してたみたいだけど、今度は何を作ってるの?」
明日香は冷蔵庫を開けて、麦茶をコップについだ。
「なんかねぇ、新しい織機を作るんだって。花ゴザを四重織りにしてクッション性のある厚みを出したいみたいよ。たぶん秋の品評会にでも出すんでしょ。」
「ふぅーん。そんな事が出来るんだー。」
明日香は麦茶を飲んだ後、おばあちゃんが背伸びをして取ろうとしていた大きいザルを取ってあげる。
「おじいちゃんはもともと座布団を織っていた谷式織機を、広幅の花ゴザが織れる織機に改造した人だからね。何でもやるよ。」
「へー、器用っ。」
「フフッ器用貧乏じゃね。機械の権利は谷さんとこにあるんだから。それより着替えたらおじいちゃんとお父さんを呼んできて。ソーメンが伸びるよーって言って早く帰らすんよ。」
「わかった。」
おばあちゃんが氷を出してソーメンを冷やしている涼しげな音を聞きながら、明日香は階段を登って服を着替えに行った。
ソーメン、美味しそう。