#6,紅の符術士 2
こんにちは!真理雪です!いや、時間帯的におはようございますですかね。
「ちぃっめんどくせぇなっ。黒の森までまだあるしよ。報酬がいいからって受けるんじゃなかったぜこんなの」
男は森を駆けながら悪態をつく。その際にチラッと担いでるものを確認するがぐったりとしていてピクリとも動かない。
腰に長剣、軽装の甲冑に手甲。その右の手甲に赤い紋章が描かれているのが特徴的だ。その男性の出で立ちはまんま剣士のものだった。
男はなるべく木々の影になっている所を選びながらある目的地を目指し駆けていく。
「アイツ大丈夫なんだろうな?あのおっさんのせいで報酬が半減したら本当、只じゃおかねぇぞ」
男性は後ろを振り返らずに独りごちる。
彼の受けた依頼は本来は二人一組のものだった。しかし、今は見ての通り自分一人だけだ。
(その場しのぎで組んだのは不味かったか?)
彼はそう自分に問いかけながらとにかく走る。
目的地はまだ先だが合流地点はもうすぐだ。そこで夜まで待ち来なければさっさと出発してしまえばいい。アイツもあれで古株だ。失敗したらしたで自分で処理はするだろう。助けになんかいくわけがない。
(報酬が半減するのは痛いけどな…。まあいい。貰ってさっさとこんな辺鄙な所からトンズラだ)
男はただただ木々を避け森を走る。彼に背負われた者。小さな少女は依然意識は戻らず静かなままだった。
◆◆◆
旅の始まりの町として知られるこの町には北の森と言われる森林がある。その名の由来は単純に北に伸びた森だからだ。始まりの町は周辺が森に囲まれ王国に続く道と帝国に続く道とが左右に別れるように伸びている。北の森は危険なのか?そう問われれば否と答えるだろう。始まりの町周辺には何故か魔獣は寄り付かない。たまに群れからはぐれたものがいる程度で森に住む住人たちは大体が無害な動物たちばかりだ。レベルの低い者たちが入り込んでもそれほど危険ではない。
そんな森の中で場違いな者たちが集まっていた。一人は深緑のローブを着込みフードを被った人物。もう一人は木に縛られた中年の男性。最後の一人は小さな竜を伴う紅い着物を着た獣人の少女。
『はぁ…。骨もボロボロ、神経もズタズタ。無力化するとしてももう少し限度があると思いますが』
「むっむう…すまぬのじゃ…。その…レベル差があると言っても実際どれぐらいか分からなくてじゃな…」
俺は申し訳なくしゅんとする。頭の上では目立つ耳がぺたんと倒れ、尻尾も同じように元気なく垂れ下がっている。なんと言うかこれらは自身の気持ちによって動きが凄く左右されるようで自分ももうどうしようもなかった。
「あっあのっ…カエデさまは凄くレベルが高いのですね。どれ程のレベルなのですか?」
「え"っ!?あ、いやそれほどでもないのじゃよ?うむうむっ普通じゃよ普通。ほほほほ」
俺はあからさまに慌てながら目を反らす。危ない危ない余計なことは言わないに限るね。
「??? そうですか?ですが、ドラゴンと契約なさるなんて高位の方しか出来ないと聞きましたが…」
彼女は可愛らしく小首を傾げる。不思議そうに見つめる瞳には邪な気持ちはなくただ単純に疑問に思ったから聞いただけであろうことが窺える。今はそれが一番やっかいなのであるが…。
「えっえーと…それはじゃな…───」
『はぁ…はいはい、話はそこまでです。治療が終了しましたよ』
「おっナイスじゃ!」
フィーナの詮索に俺がたじたじになっていた所、助け船を出すように仔竜ラタトスクが言葉を挟む。
ラタトスクはサポートと言っていただけあり、本来僧侶や魔術士しか扱えない回復術が扱えたようで今まで目の前で瀕死状態だった男性を治療して貰っていたのだ。
「ぐっ…。気持ちわりぃな…ん?なんだこの状況…」
「お、タイミング良く起きたようじゃな」
その件の男は治療が完了したからか目を覚ます。始めはどういう状況か分からなかったみたいだが俺の姿を見て納得したように頷いた。
「なるほどねぇ。俺は捕まったって訳か」
「なんじゃ。やけに冷静じゃな?」
「ん、まあねぇ。おじさんもいろいろと修羅場を潜り抜けて来てますから?話が出来てる奴等ならまだ生き残れる可能性はあるだろうさ」
「ふぅん?そういうものかの」
俺は手を口に当て感慨に浸るように呟く。
隣にいたフィーナは男性に一歩近づき凛とした声で述べる。
「わたくしはエルフ族のフィーナと言います。貴方に聞きたいことがあります。わたくしの妹、フィーネは御存じですか?」
「さぁ?おじさんは知らないねぇ。おじさんは無関係ですから?」
「そんなっ。なら何故わたくしを狙っていたのですかっ!」
「さーて、何でだろうねぇ」
「っっ…」
白々しい…呆れる様に俺は目を細めながらそう思った。こういう問答の交わし合いは素人なのだが男はフィーナの質問を軽くかわし、逆に彼女の神経を逆撫でしていることは分かる。男は時間稼ぎか何かは分からないが適当なことを言い彼女を手玉にとろうとしているのだろう。このままでは拉致があかない。頭の悪い俺はこういうことは苦手中の苦手なのだが…仕方ない。そう思った俺は直ぐ様口を開き二人のやり取りに横やりを入れる。
「そなた…レイス・エトワールと言ったか。こちらから一つ提案がある」
「………。嬢ちゃん、何故おじさんの名を?」
「教えると思うかの?」
「いやいい。…で提案とは何だ?」
名前を出したのが良かったのか悪かったのか…結果的に彼は俺の言葉に耳を傾けた。凄く警戒されたけど…。
「交換条件という奴じゃな。そなたが知っているフィーネの情報を渡すのじゃ。そしたら見逃してやろう。……いい交渉じゃろぅ?」
俺はわざとらしくにやりと笑みを見せながら言う。何処かで聞いたような条件だ。そう、これは彼が俺と戦う前に述べたもの。それを今度は俺が少し変え、男に提示したのだ。
「───いやな嬢ちゃんだねぇ。おじさんの嫌いなタイプだよ」
「そなたの趣向は聞いとらんのじゃ。で?…どうするのじゃ」
男は少し考えるように沈黙するがすぐ諦めたように口を開く。
「はぁ…分かった。その条件を飲もう。本当に見逃してくれるんだな?」
「うむ、約束しよう。で、フィーナもそれで良いか?」
「はっはい!フィーネを見つけられるならそれで十分です!」
フィーナは勢い良く首を縦に振り肯定を示す。狙われた訳だし闇ギルドなんていかにも悪さしてそうな名前だけど今捕まえるのは正直時間の無駄だ。何たって俺たちの目的は妹のフィーネを見つけ取り戻すこと。フィーナが捕まえたいならそうしただろうが…この少女は優しいのか天然なのかそういうことは全然考えていないように見える。…お人好しなんだろうなぁ。
「そうだな…。俺が知ってる情報と言ってもたかが知れてるが…怒るなよ?」
「構わんのじゃ。はようせい」
「はいはい…。じゃ、まあ俺が受けた依頼はだな。エルフの国から出た二人組の女を捕らえろと言うものだった」
俺が急かすように言うと男は肩をすくめ同意し、諦めたように口を開く。
彼の受けた依頼は彼女ら二人を捕らえ、黒の森まで生きて連れてくることだったようだ。その依頼を受けたのは自身を含めて二人。もう一人の仲間は先に捕らえられたフィーネを連れて先行しているらしい。その仲間は合流地点で一旦待ち、男が来る来ない構わず夜になると出立する手筈になっているようだ。
「フィーネは…フィーネは無事なのですねっ!?」
「あー。まあ生きてはいると思うぞ」
「よっよかったぁ……」
「でも気を付けろよ?俺が言っちゃあなんだがアイツは反亞人論者だぜ?何されてるか分かったもんじゃねぇぞ」
「そっ…そんなっ…」
男はニヤついた顔でそう言う。フィーナは一度は落ち着いた様に見えたが彼の言葉でまた不安になってしまったようで沈黙するが…まったく動揺を隠しきれていない。
「で、合流地点はどこなのじゃ」
「そうだなぁ。それはこの蔦を解いてからにして欲しいねぇ?」
男はわざとしているのかそれともこれが素なのかニヤニヤとした目付きでそう問いかける。
これが交渉術と言うものなのだろうか?残念ながらそこら辺は良く知らない俺だが…まあ、大体のやろうとしていることは分かる。情報を少しちらつかせておいて重要なものを鍵として逃げ道を作る。なるほど、伊達に盗賊をやってはいないか。
「か、カエデさま…」
どうしたらいいか分からずフィーナは不安そうに見つめてくる。
(はぁ…。仕方ないのぅ)
俺は流れるように刀を抜き放ち、男を拘束していた蔦を断ち切る。
「なっ!!?」
「これで良いじゃろう?場所を教えるのじゃ」
男は予想外とでも言いたげにこちらに視線を向ける。
「………はぁ。嬢ちゃん達、甘過ぎじゃないのか…?まさかここで拘束を解くとは…」
何故か敵に呆れられているようだが、まあそれはさておき。
「教えよ。レイス・エトワール」
俺は彼を真っ向から睨み付け、刀の切っ先を眼前に突き付ける。
少しの間沈黙が降りる。───果たしてそれを破ったのは睨み付けられた男の方だった。
「………降参だ。おじさんの負けだよ。ここから北に行った先、小川を渡った所に少しだけ開けた場所がある。そこが合流地点だ」
彼は両手を挙げながら嫌そうに視線を外す。
「分かったのじゃ。よし行くぞフィーナ」
「はっはい!」
「おいっ!?ちょっと待て待てっ!」
男は慌てて声を荒らげ俺たちを制止させる。
「なんじゃ。まだ何か用か?せっかく解いてやったのじゃからさっさと逃げたらよかろう」
「くっ。いやっそうだけどなっ。確かにそうしたいのは山々なんだがっ。あーちくしょうっ調子狂うぜ…」
彼は苛ついたように自身の頭をかき回し、それで気がすんだのか突然ガクッと肩を落とす。
「なんじゃそなたは…。妾たちは急いでいるのじゃ。遊んでるなら妾は行くぞ」
そう言って俺は踵を返し、フィーナを伴って駆け出そうとする。
「…一つ忠告しといてやる。アイツには魔術は効かねぇ。嬢ちゃんならレベルの問題はないだろうが上手く裏をかかれないよう要心することだな」
「なに??…魔術が効かぬじゃと?」
「じゃあな!生きてたらまた会おうや嬢ちゃん」
男はそれだけ言うとさっと身を翻し、跳躍する。彼は忍者の様に音をたてずに木々を跳び離れていった。
どうでしたでしょうか…?よかったらご感想のほどよろしくお願いいたします。
しっかりと見ているはずですが…誤字脱字があれば言っていただけると幸いです。
後補足を…。男性を縛っている蔦ですが何処にあったかと言われますと…それはフィーナがエルフ特有の魔術で生成したものです。流石にレベマと言えどカエデは出来ません。書けなかったので一応、補足しておきます。