#43,お風呂
こんばんはー。
「───こちらが浴場となります」
「う、うむ。毎度毎度、案内悪いのぅ」
「いえ、これが私たちの仕事ですから。お構い無く。また御用の際には御呼びください」
案内してくれた使用人。エルフの女性は恭しく頭を垂れ、背筋のよい歩き方でこの場を去っていく。
俺はその後ろ姿から目を離して、目の前に立ちはだかる扉を見やった。
一つ息を吸い、吐く。最大限に落ち着かした感情をそのまま保ちながら扉の取っ手に手を伸ばす。
「よしっ。行くぞ!」
威勢の良い掛け声と共に俺はその扉を引いた。
エルフの国では、入浴は珍しいものではない。もともとエルフ族は木々や精霊と暮らす種族であったため“汚れ”を嫌う種族であった。特に精霊術士の女性たちは昔から水浴びは欠かさずしており、清潔さを保つためにいろんなことを行ってきたようだ。そこへ渡り人が訪れ、“お風呂”と言うものを広めたようだ。
身体を洗うこともでき、その上リラックスできることからお風呂はエルフの国ですぐさま広まっていった。そうして、現代。それはなくてはならないものまでに登り詰めていたのだ。
「ほう…」
俺は扉をくぐり抜け、開口一番感嘆の声を漏らす。
そこは広い脱衣場であった。何人もの人が一斉に入れるように並べられた服を脱ぐための棚群。それらに設置された編み篭。銭湯…というよりは旅館の風呂場のような趣がある。
「む? ああ、靴はここで脱ぐのじゃな」
一段高く作られた脱衣場に俺は入り口近くでブーツを脱ぎ、誰も居ないそこへ入っていく。
因みに今の時間帯は誰も居ない筈であった。王妃様やフィーナたちは先に入り、それから俺が使用人に呼ばれる手はずになっていたのだ。その為、地味にこれは貸切状態とも言えよう。
ラタトスクに至っては集中させてほしいと言って結局着いては来なかった。俺としては一人では寂しい…というより不安でしかなかったので着いてきてほしかったのだが、彼女が調べている“アイテム”のことも重要度が高い。この機会を逃せばいつ腰を据えて調べられるか分からないため、今回は一人でどうにか頑張って乗り越えるしかないだろうと俺は嫌々ながら腹を括ったのだった。
俺はさっそく手頃な場所を陣取って入浴の支度をする。別に服を脱いでも“ストレージ”に入れておけば問題ないのだが、ここはこの場所に合わせたやり方をしよう。もともと“ストレージ”を持っている方が珍しいのである。
俺は深呼吸をしてから、自身の腹部に巻いていた帯に手を伸ばす。さて、ここからが自分にとって山場である。見たい欲がない訳ではないが、ここで鼻血を出して倒れたら一生の恥となる。誰の目もない自室ならいざ知らず、ここは王宮の者限定ではあるが必ず誰かが使うであろう浴場である。そんなところで無様な姿をさらせば…。
(こほんっ。…これ以上は止めておこう。とにかく早く入らないと)
嫌なこと、不安なことを目の前にするとつい時間稼ぎをしてしまいがちだが、ここで足踏みしても仕方がない。
(ええいっ。ままよっ)
俺は意を決して着物を脱ぐ。ここで綺麗な玉のお肌が露になるが俺はどうにか堪えて全裸となる。意外とある自身の双丘を腕で抱え込むようにして隠し、常備していた手拭いを手にして浴場へ向かう。
その扉はこの国では珍しい引き戸であった。二枚の戸が左右に動き開くタイプのものだ。お風呂と言う語源もそうだが、ここにもプレイヤーの影響が出ているようである。
俺はようやくそこへ辿り着いた。この身体に変わってから近寄りがたい場所となり、ずっと行きたいけど行けない状態だったのだ。
少しだけ胸を踊らせた俺の目に映ったのは自分でも予想だにしないものだった。
「え…────ひ、ひっろいのじゃぁ!!!」
俺だって銭湯やお風呂屋に行ったことは何度かある。だが、ここまで広く開放感がある浴場は初めてだった。
お風呂の種類ははっきりいって無い。形としては一つの浴槽がでかでかと占めており、回りに身体を洗う場所を取っているものである。しかしながら、規模が桁違いだった。
(学校のプールぐらいはあるんじゃないか…? なんでこんなに大きくしたんだ…)
目測で計っただけなので自信はないが、同時に何十人もの人が入れそうな超弩級の浴場なのであった。
(……そういや、あまり意識してなかったけど。フィーナは一国のお姫様なんだよな…)
そりゃ豪華になる筈である。一国の姫様が庶民と同じところで暮らしている筈がない。
俺は再確認させられた事実に少々寂しさを感じながらも、ペタペタと足音を響かせながら壁際に近づいていく。俺は先に身体を洗ってから入浴する派である。この文化がプレイヤーからもたらされたものなら洗い場があるはず。
(ええと…ここか?───げ! 鏡あるじゃんっ)
俺は壁際に並ぶ洗い場のような場所を見つける。しかし、そこには小さいながらも自身を写す鏡が設置されていた。
(やっべぇ…どうにか見ずにやれるか…)
たぶん身を洗うときに便利だからある筈ではあるが、今の俺にとってはありがた迷惑極まりないものであった。
ここまで自身の身体を見ずにやって来た俺だが、こういうささやかな脅威に戦々恐々となりながらも、置かれていた専用の椅子に腰掛ける。
「──ぴゃいっ! 椅子冷たいのじゃ…」
椅子が濡れながら冷えていたようであった。この状況にびくびくしている上に不意打ちとか…本当に心臓に悪い。
しかし、ここで問題が起きる。俺はその姿勢のまま沈黙していた。そして、出た言葉は。
「…これ、どうやって使うのじゃ…?」
肝心な使い方が分からなかった。
見た目は幾つかの“石”が数個置いてあり、鉄製の蛇口のようなものが壁に固定されている。ホースぽい物が蛇口に巻かれるようにして置いてあり、桶も裏返して置いてある。見た目だけで言うならここで身体を洗えるのだろうと理解できるのだが…。
(蛇口にバルブ?…が無いんだけど。あとこの石はなに…?)
いろんな色の石がある。どれもが透明度が高く、磨かれたそれはまるで宝石のようだ。よく見ると蛇口の上のほうにも石が嵌め込まれている。
(これは石で何かするのだろうか…? もしかして魔法石か何かか…?)
エルフ族は魔術に長けた種族である。それと同時に魔法系の“アイテム”作りも得意とする分野であった。分かりやすい例えを挙げるとするならば、それは“伝達石”だろうか。彼らは術式を組み込んだ石を媒介にして、魔術を発生させることに長けており、そんな石のことをまとめて“魔法石”と呼んだのだ。因みに“魔石”と言うアイテムもあるのだが…まあややこしくなるから今はいいや。
(どうしたものか…こういう“アイテム”系の使い方はラタトスクに教えてもらっていたのだが…)
いかんせん、今は居ない。俺一人でどうにかするしかないが…。
俺は石の一つを持って、振ったり叩いたりしてみるが何ともならない。
悩む俺。目の前にあるものに注視していたからか、一人だと油断していたのもあるだろう。俺は浴場の戸が開き、ある人物が近寄っていたことに気づいていなかった。
「───カエデさま?」
「ひゃいっ!?!?」
俺は石を投げ出し、その場を跳ねるようにして飛び上がった。
「ふふ。カエデさまには珍しい可愛らしい声ですね?」
「む!? な、なななななフィーナ!?!? 何故ここにおるのじゃっ?」
そこにいたのは一糸纏わぬフィーナ。思いもよらない闖入者に俺は動揺を隠せずに叫ぶ。
「ええと…やはりどうしてもカエデさまとお話したいと思いまして、入浴中なら二人でゆっくり話せるかな…と」
彼女は少しだけ恥ずかしそうに両手の指先を互いに当てる仕草をして言う。
急遽俺は視線をあらぬ方向に向けた。危ない見いってしまうところだった。
彼女の天使のような姿は今の俺の目には毒だ。
「と、とにかくっ。フィーナよ少し前を隠してくれ…」
「? どうしてですか?」
彼女は可愛らしく首をかしげる。
「…ど、どうしてもじゃっ」
「? 分かりました」
彼女はまだ分かっていなさそうであったが俺の真剣さが伝わったのだろう。どうにかフィーナの裸体を隠すことに成功した。まあバスタオルで巻いただけなので身体の輪郭とかうっすらと見える肌とか───ぶっ! ヤバイです!
「そうだっ。カエデさま。もしよかったらお身体お流しいたしましょうか?」
「へ? え、いやその…それはのぅ…」
「ダメでしょうか…? “魔法石”の扱い方が分からないようなので、それならばわたくしがお流しした方が良いかと思ったのですが…」
う…。確かに使い方は分からないけども。
「確か“トウヨウ”では親しい方とは身体を洗い合ったりするそうですね。わたくしも一度してみたかったのです♪ わたくしには恥ずかしながらそんなお方はいませんでしたから…」
語尾にいくごとに萎んでいく彼女の言葉。寂しさと悲しさが入り交じった彼女のかんばせは、俺がここで断ってしまったら、どうなるのだろうか。…はあ、こんな表情をした女の子を断れる男がいるのなら、さぞかしリアルが充実した奴なのだろう。
「はぁ…分かったのじゃ。好きにするが良い」
「! ありがとうございますっ。カエデさま♪」
ぱぁと表情を明るくした彼女。そんな様子を見て俺もなんだか胸が暖かくなるような気がした。この時はこれが最善だと思っていたのだ。彼女にも笑顔が戻ったから。だけど、このあとの俺は普通に後悔するんですけどね…。
いつもお読みいただきありがとうございます。誤字脱字矛盾点など気になる箇所があれば言っていただけると助かります。
今回は中途半端で終わっちゃいましたね…自分が思っていた切りが良いところで終わろうと思っていたら意外と長くなってしまいそうなのでここで切りました。それに書き疲れたので…。
今回もお読みいただきありがとうございました。よかったら次回もよろしくお願いします。では、また次回~。




