#41,気がかり
こんばんは。よかった間に合いましたね。
「ラタトスク。妾のアイテムを使えるように出来ないかのぅ?」
そんな言葉を投げ掛ける狐娘ことカエデ。まあ俺のことなんだけど。
俺はその華奢な手を顎に当て、悩ましい気持ちを自身のサポート役たる仔竜、ラタトスクに打ち明けた。
俺とラタトスクはリティシアに案内してもらった部屋でようやく束の間の休息をとっていた。
この部屋は来賓用に作られたもののようで、まず目につくだろう大きめのベッドに小物類を入れるためのチェスト、手触りの良いソファに質の良さそうなテーブル。それに合わすように作られた腰掛けの付いた椅子やリラックス出来るようにと窓際に置かれたロッキングチェアなど、それら全てに細部にまで拘っているのだろう刺繍や彫刻が描かれおり、落ち着いた雰囲気を壊さない程度に品の良い装飾がなされていた。統一感のあるその家具や調度品たちはきらびやかなお金持ち然としたものとは正反対にいかに来客の気持ちを安らげるかと工夫がなされたものたちだった。
決して広いわけではない部屋。しかし、心を癒すためには十分すぎるその一室で俺はベッドに腰掛け椅子の上で丸くなっていたラタトスクにそう問いかけたのだった。
『アイテムですか。それはプレイヤーの“カエデ”さんが使っていたもののことですよね』
彼女は首を上げて応答する。それに俺は無言で首肯するとラタトスクは悩むように息を吐きこう答えた。
『難しいですね。確かに彼女の“アイテム”を使えるならばどれだけ心強いかは分かりますが、“エラー”の原因が分からないことには解消は難しいでしょう』
「どうにか出来ないのか? ほら、例えば何処かから復元してくるとかのぅ」
『“復元”ですか? 確かに出来ないことはありませんが…───どこでそれを?』
「え"? いやいや単に思い付いただけじゃぞ?うむ」
『はぁ…?』
ラタトスクは俺に疑惑の視線を投げ掛ける。俺はしまったと慌てて取り繕うと、しばらく沈黙していた彼女は視線を反らしてこう言った。
『確かに“復元”はカエデさんの言うように出来ないことはありません。ですが、決定的な欠点が一つ。もとの“記録”がどこにも存在しないのです。───実は私も片手間ですがエラーを起こした“アイテム”のことを少しずつですが調べていました。魔女の件もありますし、この先何があるかもありませんからね…。ですが、結果は最悪でした。私が送信しようとしていた“記録”までもがいつの間にか消え、カエデさんが持っていた筈の“アイテム”が無かったことになっていたのです』
「え…え?? …どういうことじゃ?」
『誰かに消去されたと言わざるを得ないでしょう』
「しょ、消去じゃとっ? なら、この装備はどういうことじゃ!」
俺は予想もしてなかった答えについ声を荒げて立ち上がる。その様子にラタトスクは落ち着いた声で諌めた。
『落ち着いてください。それは既にこの世界に定着したものですから問題はないでしょう。しかし、送ろうとしていた“アイテム”はまだ“記録”だけの段階だったのですそれが丸々誰かに消されてしまった。本当は言うか言うまいか迷っていたのですが…カエデさん。残念ながら、それが今の現状なのです』
またもこの部屋に沈黙が支配する。お互いそれ以上の言葉が出ず、重苦しい空気が立ち込めているような気がした。俺は力が抜け、ぽふっとベッドに戻っていく。そのままの勢いで後ろに倒れこんだ。
(消去されたって…。何だよ…)
木の天井を見上げ俺は考え込む。
記録を消される。そんなことが本当に出来るのだろうか。ここは確かにゲームのような世界だ。魔法もあるし、魔獣もいるし、エルフや獣人などのファンタジックな者たちが存在する世界だ。現代とは程遠い近代的な技術はない世界だが、俺はこうはっきりと言える、ここは『現実だ』と。
(そんな世界で記録を消去できる存在…? それって…)
女神。それはこの世界を造り出した創造種。大地を造り海を造り、空を造り出した神様だ。種族によって敬う存在は異なるようだが、神の使いたるラタトスクが言うのだから間違いないのだろう。
そんな強大な存在なら記録を消すのは可能だろう。だが、そうなると疑問が残る。何故そんなことをする必要があったのかだ。
(もしかして俺を…殺そうとしているのか?)
それなら納得できる…かもしれない。───「女神に気を付けろ」と、そんな言葉が脳裏に甦る。それは本物の“カエデ”が言った警告の言葉だった。カエデも女神を完全には信用してはいないようだったし、可能性は無くはない。だが、理由が分からない。
(でも、“魔女”みたいな存在もいるみたいだし。一概には言えないのか…)
決めつけるにはまだまだ早急すぎるか。誰にも確認が取れない今、迂闊に結論を急げば足元を掬われるかもしれない。考えすぎなら良いのだが…魔女の件もあるし、油断はできないことは確かだ。
(ラタトスクに聞いてもいいんだけど…)
と、俺はチラッと彼女を盗み見る。彼女も彼女で何かに悩むように沈黙を保ち、思案しているように見えた。
(俺が聞いたら“カエデ”のことでボロが出そうなんだよなぁ……)
“カエデ”には自身のことを誰にも言わないでほしいと頼まれている。アイテムのことでラタトスクに説明した時も、先程も危ういところだったのだ。彼女も鋭いところがあるので容易に口を出せない。さすが神の使いと言ったところか。
─────コンコンッ
俺とラタトスクはその音で同時に顔を上げた。ノックの音。俺が慌てて返事をすると静かに扉が開き、一人の人影が入ってきた。
「失礼します。お食事の御用意が整いましたので、お呼びに御伺いしました」
「む? 食事…?」
「はい。フィーナ様が食事をするならばお客様もご一緒にと」
そういえばと俺は窓に視線を向けた。明るかった外も薄暗くなりすでに日が落ちかけている様子だった。いろんなことがあったせいで忘れていたがお腹も空腹を訴えている。何日か抜いても死にはしないが、やはり食べられるなら食べておきたい。また前のように空腹で戦闘になったらどうしようもないしね。
「ふむ…。分かったのじゃ。せっかくじゃし妾もお邪魔させてもらおうかのぅ」
そう言って立ち上がる俺にラタトスクは滑るように駆け寄り気づかれないほどの小声で言う。
(私はこの部屋に残って“アイテム”についてもう一度調べてみます。カエデさんはどうか始精霊について調べてみてください)
(む?…始精霊じゃと?)
(まさか…忘れていた訳ではありませんよね?)
(わ、忘れておらぬぞ!)
(それは何より。彼女なら何かを知っているかもしれませんし、カエデさんにもメリットはありますので、よろしくお願いします)
ラタトスクはそう言い切るとさっさと離れて行ってしまった。
使用人の女性は少し怪訝な表情をして静かに待っていたが、俺が動き出したことで仕事を優先することにしたようだ。
「では、案内を頼むぞ」
俺がそう言うと彼女は答えるように一礼し、恭しく扉を開ける。俺はそれに従い扉を潜ると後から出てきた彼女は先導するように先頭に立つ。
「───では、ご案内致します」
いつもお読みいただきありがとうございます。誤字脱字矛盾点や気になる箇所があれば言っていただけると助かります。
今回は伏線的な回です。あまり文字数も多くはありませんでしたね…。難しいです。
今回もありがとうございました。また次回もよかったら読んでくれると嬉しいです。では、また。