#35,北へ
一週空いてしまいましたね…申し訳ないです。
新緑が風に吹かれてそよそよと揺れ、囁き声の如く音を鳴らしている。森の奥へと進み行けば鬱蒼とした枝葉が回りを邪魔して視界を遮る。流石の日光もこれでもかと広げられた木々の腕に割り込まれ、溢れ日となって地面へと落ちていた。
息を吸えば新鮮な空気が辺りを包み込む森の中で道なき道を俺たちは進んでいた。
「こちらです!」
先頭の小さな影がこちらに向けて手を振っている。森に入って数十分、ようやく目的地に辿り着いたようだ。
そこは少し開けた場所で天から注ぐ光で日だまりとなり、薄暗かった森の中とはうって変わった雰囲気を醸し出していた。しかし、見たところここには何もなく。彼らが抽象的に言っていた“足”とやらは見当たらない。俺が首を捻っていると、それを見たアリウスはこちらに向けて口を開く。
「大丈夫ですよ。森に隠していると言っても用心に越したことはありませんからね。見ていてください。すぐに現れますよ」
そう言って彼は顔を広場に向ける。俺もそれにつられてそちらを見やった。
副団長、改めアドス・ローウィンと名乗った彼は地面に手を付き何かを探るようにしてその場を動く。そしてある場所で止まると何かを両手で手繰り寄せ、持ち上げて勢い良く振り抜いた。
一瞬目を疑った。彼が持った何かが動くと同時にその場の景色にズレが生じる。回りの木々はそのままにその開けた場所に“あるもの”が現れたのだ。
それは翼の生えた大きな獣。鷲のような頑丈な翼に獅子のような胴体。獰猛そうな鉤爪に猛々しい鳥類の頭部。貪欲そうな瞳は一睨みするだけで魔物すら震え上がらせそうだ───それは“グリフォン”と呼ばれる伝説上の生物。それが…二体。
グルル…と威圧感のある低音を鳴らすその生物はのっそりと起き上がって眠りを邪魔した闖入者を見つめる。
「待たせたね二人とも」
先頭のアドスはフードを取り、笑顔で声をかける。それはまるで友達にかけるかのような口調であった。
その大きな生物たちは彼に近づき、ガバッと口を開いた。
え!?危ないっと思った俺が動き出そうとすると目の前にいたアリウスに手で制される。
「大丈夫ですよ」
彼はそう言って俺を見やる。
「ははっ…待った待った。くすぐったいよ」
前方から明るい声が聞こえてきた。視線を向けると彼は楽しげに笑っている。グリフォンたちは彼に身を寄せあってその細長い舌で彼の頬を舐め回していた。それはまるで犬が行う愛情表現のような…到底、大柄な巨体に似合わない愛らしい行動をしていたのだ。
「アドスは彼らの世話役ですから。この中では一番なつかれているんですよ」
驚いている俺に彼は微笑みながらそう説明する。なるほど、伝説上の生物だって飼われて生きていることには変わりない。そういう点では地球のペットと同じなのかもしれない。
(私はペットではありませんよ)
(…何も言ってないじゃろうが)
肩に乗っていたラタトスクがジロリと俺を見つめる。何も言ってないのに何故か彼女は勝手に突っ込んできた。彼女の妙な視線に地雷を踏み抜く危険性を考えた俺はそれ以上何も言わず、無視することに決めた。
俺は手招きするアリウスに大人しく連れだって歩を進める。
近場まで来ると一層…威圧感を感じさせる。“本当に生きている”と言う存在感が圧倒的な風格を漂わせ、人とは違う威厳を醸し出す。
本物はやべぇ…とただ見上げていた俺の胸の中ではたじたじだった。
体長だけで7メートルはあるだろうか、畳まれた翼を入れればもっと大きいだろう。大人を四人ぐらいは軽々と乗せれそうなほどの巨体だった。
「紹介します。カエデさん───右手にいるのがレオーネ。左手にいるのがリオンです」
アドスは手で示して紹介してくれる。名前を言われたからか彼らはグルルと喉を鳴らし反応しているのが分かる。
「…えーと…妾はカエデじゃ。よ、よろしくのぅ」
どういしていいか分からない状況に一応挨拶はしておく。これは社会人になってからの癖でとにかく初対面の相手には挨拶はちゃんとしなければならないと身をもって学んでいたからだ。魔獣に効果があるかは未知数だったが。
「───のじゃっ!?」
その結果、唐突に顔を舐められてしまった。両側からくる生暖かい舌が容赦なく顔面を舐め上げる。それに悲鳴を上げ俺は成す統べなく硬直した。知らぬ人前じゃないから…と仮面を外していたのが間違いだった。ベトベトに濡らされた俺の顔面は暗雲が立ち込めたような暗い表情だっただろう。それを知ってか知らずかアドスは明るい表情で…。
「珍しいっ。この二頭はまだ幼体で警戒心が人一倍高いんです。自分達からこのような行動はしないのに…。カエデさんのことを気に入ったようですね」
「そ、そうか。それはよかったのじゃ…」
言葉ではありきたりなことを吐きながら、これで幼体なのかよ…と俺は人知れず笑みをひきつらせながら唾を飲み込んだ。静かに見えるのは表面上だけで、心境は全くの逆。どうにか気持ちを落ち着かせようと努力するが、尻尾はどうにもならない。ぴんっと鋭利な槍のように伸びたそれは硬直し、なかなか直りはしなかった。
「それではカエデ殿、こちらへどうぞ」
そう言ってアリウスは巨体の存在感に隠れていた“ある物”に俺を連れていく。“グリフォン”もそうだがこれが実は本命だった。それは…荷台のような奇妙なもので馬車のような車輪はなく、何に使うのか屋根には頑丈そうな大きな金具が付いている。この世界にはある程度詳しい俺だったが残念ながらこれには見覚えがなかった。
俺はその金具から太いロープが伸びているのに気づく。それを追って視線を変えると二頭のグリフォンの胴体に拘束具のようなものが付いているのが分かった。もしかしてこれ…。
「気づかれましたか。これが私たちの言っていた“足”───獣篭です」
彼らがどのようにして一週間以上かかる道のりを短期間で来たのか、ようやく理解できた。
エルフの森とアルバを別つ“北の森”。それが人族にとって大幅に遠回りするはめになる元凶である。彼らは俺とは別種の方法を使いそれを短縮したのだ。その方法とやらが今目前にある“獣篭”なのだろう。
俺はアリウスに案内されて中へと入る。
それは一見すると小さな木屋のような造りで、入ってみれば以外と広かった。両脇に座れるように椅子が設置されており、出入口の反対側には大きめの窓が。それには木の盤が取り付けられ、塞いだり開けたり出来るようになっているようだ。貴族にありきたりな修飾は少なく、柱や壁に所々模様が彫られている程度だがそれが素朴な感じを醸し出し悪くない。機能性重視の客車なのだろう。あ、車じゃないか。
「師団長。“迷彩壁”の回収終了しました」
「ああ。ご苦労様。では、出発準備と平行して周囲の警戒を頼む。準備が出来次第出発だ」
ソーラと言ったか、彼女は綺麗な一礼をするとまた外へと戻っていく。
「───ステルスウォールとはなんじゃ…?」
俺は気になった言葉を繰り返す。それに彼は手を顎に当て少々考える素振りを見せた。もしや…不味いことを聞いてしまったか…?
そんな心境が自身の顔に出ていたのか、彼は慌てて取り繕うように口を開く。
「ああ、そう心配なさらずとも。知らなくても無理はありませんよ。これはエルフ族の技術で作った代物ですから。詳細は避けますが、私たちの身に付けているこの外套もそれの一つです。カエデ殿も先ほど見られた通り、これは視界の認識を誤認させて物を隠すための道具です。強力ではありますが貴重なものでもあり、使えない場所も多々あります。しかしながら、今回のように最大限効果を発揮させることが出来れば心強い助けとなります」
彼の説明を聞きながら俺は記憶の中から似たようなものを引っ張り出す。
(確か、ゲームの中でも“迷彩衣装”と言う装備品があった筈…)
だが、効果はせいぜい認識をごまかす程度で、まさかそれがここまで見えなくなるなんて思ってもみなかった。これではまるでハリー◯ッターに出てくるような魔法のマントのようだ。
“渡り人”がいなくなってから五百年…その年月で技術も発展していったのだろう。俺の知識も古いんだな…。油断していた訳ではないが、知識があるからと慢心していたのかもしれない。これではダメだな…もっとしっかりしないと。と俺は人知れず気を引き閉め直した。
「───そろそろ出発ですね」
彼がそう言うとソーラが出入口から入ってくる。
「準備完了しました。回りに人はいません。出発可能です」
彼女の言葉に彼は頷く。
「では、出発だ」
俺はアリウスに言われるまま椅子に座り、備え付けられたハンドルを握る。それは良く車内で見かける身を支えるものと同じで、余程のことがないと壊れないよう頑丈に作られている。
ソーラが扉の閂のような鍵を閉め、席に座る。そして、懐から出した丸い石に告げた。
「準備完了。どうぞ」
ガタンッッ!と全体が揺れた。次いで大きな翼が羽ばたく音が聞こえ、それは飛び立つ。
揺れ動く揺り篭の中で俺は固唾を飲んで沈黙する。気分はジェットコースターの登り坂で焦らされている感じに似ている。未知なる体験に俺の心臓は大きく脈動していた。
「───もう大丈夫です」
静かに彼女は言った。
いつの間にか篭は安定し、外から羽ばたきが聞こえながらも揺れ動くのは微々たるものだ。飛行機でいう水平飛行のように安定した高度にまで達したのだろう。
アリウスはその場を立つと窓へと近づく。そして、勢い良く盤を開けた。
「カエデ殿。こちらへどうぞ」
外の空気が風となり彼の長い髪を揺らしている。そんな中で彼は俺に手招きした。
俺は立ち上がって近づいていく。風に当たって靡く髪を手で押さえつけながら俺は窓の外を見た。
眼下に見える景色。それは絶景だった。青々とした翠の絨毯が大地を覆い、どこまでも続く透き通った青空が地平線から上に広がっている。所々にある白い雲がペンキを落としたように広がり、優しく照らす朝日がダイヤモンドのように輝いていた。
爽やかな風が俺の肌を撫でて行き、圧巻の一言に尽きる情景は俺の目を離さない。大自然が俺の目の前に広がっていた。
「───すごいのじゃ…」
そう俺は感嘆の声を漏らす。俺の住んでいた所はそれほど都会でもなく、どちらかと言えば田舎に近い場所だった。しかし、コンクリートで道路も舗装され、日に日に大きな建物や家々も建ち並んで行くのに対して緑は消えていった。俺が見慣れている自然と言えば道路脇に植えられた木々ぐらいなものだ。だがこれは違う。本物の自然だ。人の手が入っていない、自然が自然に成長した姿。これが───“異世界”なのだ。
「私も始めてみた時はそうでした。大自然の大きさに感動するどころか萎縮してしまった程ですよ」
彼はそう言って苦笑を浮かべる。
「エルフは森の民じゃろう?見慣れているのではないのか?」
「確かに自然は見慣れていますよ。ですが、だからと言ってそれがここまで大きいとは思いません。ましてやエルフ族は木々と共に生きていると言っても過言ではないので、まさか身近にあるものがこんなにも壮大なものだとは思わなかったのですよ」
彼は視線を外して眼下を望む。その瞳は細められ昔を懐かしむように優しそうな表情を湛えている。俺もつられるように視線を移して外観を眺めた。
(───俺がこの世界を…助けるのか…)
よくもまあこんな大任を押し付けられてしまったものだ。ゲームやマンガの中などならいざ知らず、ここはそんな生半可なモノではない。少しの油断が命取りになる本物の現実なのだ。よくアニメの主人公たちはこんな責任を背負いながらやれたものだと思う。それとも俺がただ意気地無しなだけなのか…それとも考えすぎなのか…いや両方なのか…。
(はぁ、止めた止めた。これ以上考えても鬱になるだけだな)
悶々と考え込んでしまった頭に終止符を打ち。俺は自然と俯いてしまっていた顔を上げ、勢い良く深呼吸をする。
(とにかく。次の目的地はエルフの住む森だ───気を引き閉めて行こう!)
そんなカエデの顔には久方ぶりの挑発的な笑みが広がっていた。
いつもお読み頂きありがとうございます。誤字脱字矛盾点などありましたら言っていただけると助かります。
エルフ編は次回です。たぶん。次回です。本当はまだいれようかなと思っていた話があったのですが進まないので…いつか閑話にでもして入れます。たぶん。
それと前にも言いましたが章を整理したいなと思っております。全体的に変わるかもしれませんが、物語自体は変わりませんので気にしないでください。
いつもお読み頂きありがとうございます。また次回もよろしければお読みください。では。




