【閑話】過去の楔
閑話ではない気がしてきました。
冒険者ギルドはこの町では一番大きい建物と言える。何十年もの間増築されてきたこの物件は改造を通り越して魔改造と言われるまでに改良されてきた。規模が大きくなるにつれて職員の数も増え、それに比例する感じで仕事量も増加した為、改良されるのは仕方ないことではあった。しかし、その中で改悪とされるものもちらほら存在したのだ。
「なんなのよここは…まるで迷宮じゃない」
そんな改悪に絶賛苦戦している人物がいた。
彼女の名はソーラ・アリス・テリア。第二師団の一人である。
彼女は気になることを払拭しようと部屋を出て、同時に外の空気を吸うために一人で出歩いた。しかし、案の定入り組んだ構造を持つこの物件に足をとられ彼女は苛ついていた。ようは道に迷っていたのである。
「こんな時に誰もいないし…」
夜も遅いからか、普段なら職員が通る通路も今は閑散としており、道を尋ねることも出来ない。仕方なく場所を覚えながら歩いていた彼女だったがそれもいつの間にか分からなくなってしまい今に至るわけである。
彼女は感覚を研ぎ澄ます。風の流れ、それを頼りにソーラは歩を進める。外に繋がっているなら空気が流れている方向へ行けば自ずと出口に辿り着く筈である。迷宮でない室内で何故こんなことをやらなければならないのか…と彼女は自身のやっていることに少々嫌気が差したが、実際出ることも出来ないこの状況ではどうしようもない。諦めて一歩を踏み出した。
ソーラは一つの両開きの扉へ手をかける。そこの隙間から空気が漏れ出ているようだった。幸いにして鍵はかかっておらず少し軋む音を鳴らしながらそれは外側へと開いていく。
そこは屋上であった。昼間であればギルド職員達の休憩所ともなっているこの場所は今は人気がなくもの寂しい。
彼女は検討違いの場所に出たことに少し躊躇したが、屋外なのは違いないため扉を潜って外へ出る。
冷たい夜の風が頬を撫で柔らかな金糸のような髪が揺れる。星星が輝く空の下、彼女は深呼吸する。冷えた空気が喉を通り肺に入る。それを彼女は口から静かに吐き出した。その一連の動作は彼女のむしゃくしゃした気持ちを幾分か落ち着かせる。夜の冷たさはかけ離れたこの異国の地でも同じようだ。メインストリート沿いからは人の賑やかな声が聞こえるものの、その故郷と重なる点が彼女に安心感を与えてくれる。
「出てきて、“スピカ”」
彼女は瞳を閉じて念じる。すると、その言葉に答えるように彼女の胸から放たれた一つの青い光がくるくると彼女の周りを回転し、何周かした後にそれはソーラの目の前でふわふわと制止する。彼女はそっと右手を差し出すとその光はその上に移動してパッと弾けるように発光した。
その一瞬で姿が変わる。それは小さな女の子。うっすらと発光する青い髪に青いドレス。背中からは四枚の羽が生え、頭の頂点には四枚の花弁がついた一つの花が綺麗に開いていた。
それは世にも珍しい“精霊”。彼女が契約した“従属精霊”であった。
「傷はもう癒えた?スピカ」
彼女はそれに微笑みながら尋ねる。精霊はコロコロと表情を変えながら頷いている。
彼女はソーラに会えたのが心底嬉しい様子だった。エルフの天敵たる“天魔”。それとの戦いの末、彼女の精霊は重症を負い、表には出せないような状態になっていた。
ここまで来てやっとのことで回復した精霊“スピカ”はソーラの声に答えて出てきたのである。
スピカはくるくると踊りながら彼女の周りを回る。キラキラと羽から撒かれる鱗粉が宵闇を飾り付ける。仄かに照らす月下の屋上。そこで行われる青の精霊の舞と朗らかな光を跳ね返す金糸のような髪を持つ彼女。それはまるで舞台の一幕のようで神聖な空気を作り出し、足を踏み入れがたい雰囲気を醸し出していた。
そこへ『コンコン』と遠慮がちに小さく叩く音が響く。それは扉を鳴らす音。
彼女はそちらへ振り向く。と、そこには一人の男性。彼女の上司に当たる人物。“アリウス・ローレンツ”がそこに立っていた。
「すまないな。邪魔をしたか」
彼は開いた扉の前でそう尋ねる。
「いえそんなことはありません」
「そうか。それは良かった」
彼は安心した表情で歩を進め彼女の隣に立つ。スピカはそんな彼にも嬉しそうに笑いかけはしゃいだ様子を見せていた。そんな小さな女の子をアリウスは優しく見つめ微笑み返す。エルフの中でも特に整った顔立ちの彼は小隊の中でも市民の中でも人気があった。そんな彼だ。自然に緩んだであろうその笑みはソーラを見とれさすには十分だった。
「よくここが分かりましたね」
ばつが悪そうに彼女は顔を背けて言う。
「ん?ああ、少しな。君と話したいと思って探していたんだが、ここは入り組んでいるだろう?恐らく防犯か何かだとは思うが。だから少々、能力を使わせてもらった」
彼はそう言って苦笑する。なるほど、能力を使えば確かに何処にいるかは分かるだろう。ソーラは精霊も顕現させていたのもあり、捜すとしても分かりやすかった筈だ。
「すまないな」
彼が説明した後、彼女が何も話さずにいるとアリウスは開口一番謝ってきた。
「だから易々と…」
「分かっている。団長が易々と謝るなと言いたいのだろう?君の言い分も最もだ。だがこれはわたしの配慮が足らなかったのが一番の原因だろう。すまなかった」
彼はもう一度頭を下げてくる。彼女はそれを見て諦めたように溜め息をついた。
「ほんと貴方は腰が低すぎではないですか?普通ただの平団員にそこまでしません。それにこれは貴方のせいではありませんし…」
「そうか。腰が低いか…確かにな。わたし自身、隊長職に向いるとは思ってはいないが」
そんな彼の自身を卑下する答えに彼女は苛ついたように答える。
「向いている向いていないは関係ありませんよ。ただ…無能ならあんなに偏屈な変わり者ばかり集まりませんよ。…あたしも含めてね」
彼女は言葉を切って風景を眺める。地球の都市部に比べたら少々物足りないが、所々に光る地の輝きは夜の風景を照らし出している。彼女の故郷では見れない賑やかな夜景。その光景は彼女には新鮮なものに見えた。
「驚いたな。人族は夜も休息を取らないらしい」
「同感です」
アリウスとソーラは同じ夜景を見ながら感想を述べる。それのお陰か少しだけギスギスしたものが緩和されたように思える。
「…そう心配せずとも、もうあたしは怒っていませんよ」
お互いが無言になり沈黙した後に、彼女は落ち着いた声色で言葉を紡ぐ。
「イライラしていたのは認めます。ですが、あたしにはあれの黒幕を突き止める責任がありますから。こんなところで躓いてなどいられません」
ソーラは決意の火を瞳に宿しながらそう続けた。彼女の目線の先は夜景だが、見ているものは異なる光景だ。それは彼女の脳裏を焼くほどの強烈な過去の残像。至るところに燃え移った火の手が辺りを埋め尽くして穏やかだった世界を焼き尽くしていく。
かつて、一つの小さな村が焼かれた。歴史上では埋もれてしまいがちな小さな小さな出来事だ。しかし、ある視点から見ればそれは忘れることの出来ない記憶となる。
「あたしは唯一の生き残りです。それにその村が狙われた原因でもあります」
後に判明した理由。今では廃村になってしまったその村には王族の血筋が住んでいる噂があった。それが何処からか隣の種族である“ダークエルフ”に漏れ、狙われた。それが捕虜となったダークエルフが喋った理由だった。
彼女の名。ソーラ・“アリス・テリア”は隠し名である。本名で言うと“ソーラ・アストリア”となる。
彼女の血筋は代々秘匿されてきたものだった。詳しい理由は定かではないが、今の指導者となるアストリア家から別たれたアリステリアは静かな生活を営むことを望んだ。それの意を汲んだアストリア家はアリス・テリアと名を分け国の中枢となる都市部から離れた辺境に移住させたのだ。
それが後に悲劇を産むことになるとは誰も予想できなかった。
年月が過ぎるにつれてアストリア家との繋がりも薄くなっていったアリス・テリア家は世間からも忘れられ望んだ平穏を謳歌していた。
そんな中、一つの噂が流れる。辺境の村に王族が隠れ住んでいると。根も葉もない噂話だ。そんな噂が好きな輩は騒ぎはしたが人の噂も75日。ほっておけばすぐに忘れ去られると思われていた。しかし、そんな予想は外れ、その噂は最悪な悲劇を呼び込んできたのだ。
火が屋敷を包むのは一瞬だった。炎が村を覆うのは一瞬だった。人が悲鳴を上げ、燃え盛る熱の中、死に逝くのは一瞬だった。
彼女、ソーラは考える。関係のない村人が全滅し、狙われた原因が生き残ってしまった。だから、あたしがその責任を果たさなければならない。村人の悲しみを、怒りを、憎しみを。そしてあたしを守って死んでいった愛する家族の無念を。───あたしの手で。
ぽんっと右肩に重みを感じた。見るとアリウスが真剣な表情で肩に手をかけている。
「一人でそう悩むな。今は…わたしたちがいるだろう」
第二師団団長“アリウス・ローレンツ”。一人だったあたしに彼は声をかけてきた。
「分かってますよ」
頼りになる団長に偏屈だが力はある団員たち。昔とはかけ離れた環境で彼女は今生きている。
二人と一匹は、無言のまま夜景を眺め続けた。お互い言葉はなかったが、一人でない安心感が彼女の胸の奥でひっそりと安らぎを与え続けていた。
いつもお読み頂きありがとうございます。誤字脱字矛盾点など気になる箇所があれば言っていただけると助かります。
では、またよかったらお読みください。




