【閑話】小さな感謝 2
こんばんはー。
その小さな声にガルドは振り替える。そこにいたのは小さな女の子。
「やっぱりあのときのおにいちゃんだ!」
ぱあっと表情を明るくした女の子は彼のそばへと駆け寄り無邪気な笑顔を見せる。この少女は…ガルドが探していた女の子だった。
「おまえは…」
「よかったっ。さがしてたんだよっ」
彼女は艶やかな茶髪を振り撒き、小躍りするほどに喜んでいる。その姿は年相応で喜ぶ様子は微笑ましいものであったが、彼には戸惑いの方が大きいらしい。
「…なんでここにいるんだ」
ガルドは額にシワを寄せ口を開く。その様子に不機嫌そうな雰囲気を感じ取ったのか彼女は不安そうな眼差しで言う。ぞくに言う上目使いである。
「だめ…だった…?」
その女の子特有の必殺技に彼は咄嗟に視線を外す。流石の彼にもそれには敵わなかったようだ。彼女に聴こえないよう小さく舌打ちしながらも、それに答えた。
「別に…」
「よかったっ!」
その華のような笑顔に彼はやはり目を背けた。
「よく俺だと気づいたな」
彼はふと湧いた疑問を口にする。この身に纏っている外套はエルフ族特製のもので“認識阻害”の魔術が掛けられている。万一フードの中を見られても認識阻害で容易には分からない筈であった。ましてやこんな小さな女の子がその魔術を無視して認識できるとも思えない。
「うん!なんとなくだけど…おにいちゃんだってわかったんだっ」
要領の得ない答え。子供らしいと言えば子供らしいが、魔術に詳しくない彼にはどうしようもない答えだった。
(ちっ…あのソーラなら何か分かるんだろうが。俺はからっきしだからな。…しゃあねぇか)
疑問が残る答えだが彼はそれ以上の追及をしないことに決めたようだ。時間も長くは取れないし、速やかに用事を済まして帰すべきだと彼は考えた。
「で、用はなんだ」
彼はぶっきらぼうに尋ねる。それに女の子は両手で抱えるように持っていた一冊の本を差し出した。
「これっあげる!」
「…あ?」
ガルドは訝しみながらそれを受け取る。少し痛みが目立つその古い本には題名も書かれておらず裏を返してもそれは同じだった。ただのベージュ色の本。それを女の子は笑顔で渡してきたのだ。
「なんだこれは」
「わたしのたからものっ。あけてみて!」
彼女は急かすように催促してくる。彼は仕方なくそれを開けてみた。そこには───
「花…?」
平たい一枚の紙に広げて咲く赤い花。それは押し花と言う標本であった。
彼は一枚一枚次々とめくっていく、その度に種類の異なる押し花が彼の視界に飛び込んできた。
「わたしがあつめたおはなたちなんだ!」
彼女まだ発達していない胸を張り、得意そうにそう語る。
「その…たすけてくれてありがとうおにいちゃんっ。それはわたしからのおれいだよ!」
女の子は少し恥ずかしそうにそう言った。
「お礼だと…?」
「うんっ。わたしね。どうしてもおれいしたいとおもったんだ。だってたすけてくれたもんっ。ママもおれいしにいったんだけどダメだったっていってたから…でもあきらめたくなくて、だからここにきたらまたあえるかなって!」
ガルドは彼女の語る言葉を静かに聞いていた。彼の内なる心に暖かな火が灯る。それは乾いた心に染み渡り、胸の内を温める。
「そうか…」
と、彼はそう呟いた。その声色にはいつものぶっきらぼうさはなく、落ち着いた優しさが過分に含まれたものだった。
「もらっていいのか?」
「うん!」
「わかった。大切にする」
笑顔は人を笑顔にする。彼女は彼の言葉に笑みを返す。それは邪気のない無垢なる笑顔。まさしく人を笑顔にする笑顔であった。彼はそれに釣られて自然に口角が上がっていたのに気づく。
「家はどこだ?もう遅い時間だ送っていくぞ」
「ほんとっ?こっちだよっ」
彼女は嬉しそうに踵を返す。彼はその騒がしい少女に少し溜め息を付くが、いつもの仏頂面ではなくどこか微笑ましいものでも見るような笑みで足を踏み出した。
ーーー
小さな木製のあばら家が一軒。それは一目見ただけで貧しい暮らしなのが察せるものだった。
中から暖かな光がこぼれでる玄関で女の子は母親に抱かれている。その様子をガルドは離れたところから闇に紛れて見守っていた。
女の子は母親に叱られるだろう。まあこんな日の落ちた時間に外に出たのだから仕方ない。
母親は辺りを見回してから扉を閉める。彼は女の子が無事に帰宅したことを確認すると踵を返した。彼の宿へと戻るために。
「会わなくてよかったんですか?」
唐突に声が掛かる。ガルドはその声をした方に視線を向け落ち着いた声でこう返す。
「隠れて見てるなんて趣味悪いな。副団長」
その声の主は、アドス・ローウィン。小柄ながらに副団長を務める若きエースだった。彼はガルドの嫌味にも顔色一つ変えず淡々と言葉を続ける。
「師団長に頼まれたんです。彼を見張っておいて欲しいと」
「はっ。信用されてねぇってか」
「いえ。帰り道が分からなくなるだろうからと」
「・・・・・」
無言になるガルド。事実、彼は全く帰り道が分からなくなっていた。道は女の子に任せっきりで覚えていなかったのだ。
お互いしばらく無言でいると、言葉を発したのはアドスの方だった。
「正直、意外でした」
彼は真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「優しいのですね貴方は」
「うるせえよ」
その言に彼はそっぽを向いた。
「もっと無責任な人だと思っていましたが、貴方は人の気持ちを汲み、考えて行動できる人だったんですね」
「おまえ…バカにしたいのか誉めたいのかどっちかにしろよ」
「僕は貴方が少し羨ましいです」
そこで彼は話を切った。羨ましい、と彼は言った。しかし、ガルドは何を思ってそう言ったのか理解できなかった。ガルドにとってはこの性格のせいでバカにされてきたのだ。羨ましいなどと普通なら思わない。彼はアドスを真っ向から見つめ返す。その目は真剣そのもので冗談で言っているようには見えない。ガルドにも秘めたる思いがあるように彼にも同様にそれが存在するのだろう。
ガルドはふんっと荒く鼻息を鳴らして、彼の傍らを通りすぎる。
「あっそ。俺には関係ないね」
と、すれ違い様に彼は言った。アドスにどんな過去があろうとそれは変えられないものだ。悩みのない人間などこの世界にはいないだろう。それをどうにかするのは結局のところ自分自身なのだ。助け船は出せても救うことなど神様にだって出来やしない。
「待ってくださいガルドさん」
歩を進める彼にアドスは声を描ける。
「なんだよまだ何か用か?」
「帰り道はあっちです」
アドスは彼の進行方向とは別の道を指差した。
「……さっさと戻るぞ」
「はい。戻りましょう」
その二人の掛け合いは先程の刺々しいが無くなり、今までで一番ぎこちなさが緩和されたものだったように聞こえた。
いつもお読み頂きありがとうございます。誤字脱字矛盾点など気になる箇所があれば言っていただけると幸いです。では、またよければ読んでください。お休みなさいー。




