【閑話】小さな感謝 1
終わらなかったのでナンバリングします。想定外です。
エルフの四人。そして、カエデはそれぞれに部屋を与えられることとなった。家賃も払わず中堅以上の部屋を使わせてもらうなどなんとも贅沢なことか。副ギルド長たるタマネとしては使うことも少ない部屋を貸しただけであるため自分の腹は痛まない。彼女としては自由に使ってくださいとのこと。そう言われた当の四人は少し当惑しながらも借りることを選んだ。カエデとしては宿代が浮き、尚且つ現状一番良い部屋を借りられるため嬉々として了承した。狐面の裏から押し殺した笑い声が聞こえるぐらいには喜んだ。
エルフたちは一度案内された自室を出て一つの部屋へと集まっていた。それはこの小隊のリーダーたる存在。アリウスの部屋だ。
「ちっ…悪かったよ」
顔をしかめて彼は謝罪する。逸らしたその視線は納得していない様子がありありと見てとれた。
「ガルド…何もわたしは君を責めている訳ではない。ただこんなことは今回限りにしてほしいと言っているんだ」
部屋に備え付けられた木製のテーブルとセットとなった椅子。アリウスはその一つの椅子に腰掛け、並んだ三人を見つめる。正確には三人の中の一人をだ。
「ほんとバカ。あたしたちの立場、ホントに理解してるの?」
ガルドの右手に立っていた彼女。ソーラが堪り兼ねた様子で不満の溜まった言を吐く。
「やめておけソーラ」
「ふんっ」
アリウスが彼女を窘めると頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。これは相当不満が募っているようだ。彼女の真面目な性格上今回の件はよほど見過ごせないもののようだ。彼女の家柄事情を考えれば確かに憤る内容ではある。
「申し訳ありません師団長…。悪いのは全て僕の責任です」
「…責任の所在はいい。もう一度言うがわたしは君たちを責めてはいないぞ。理由を聴いた限り、わたしも手を出しただろうからな」
影のある暗い表情で頭を下げる副団長のアドスにアリウスは手で制して労う言葉をかける。
「カエデ殿も“気にするな”との事だ。わたしも今回の事は、深くはつつかん。そうだな…罰則は訓練場の掃除でいい」
「なっ!?。そんな簡単な事でいいんですか師団長っ!彼はそんなことじゃ懲りませんよっ」
「…ソーラ。不満が溜まっているのは分かる。が、少し頭を冷やせ。これは団長のわたしが決めた事だ。分かってくれるな?」
「っ!……善処します」
彼の言葉にソーラはハッと気づいたように硬直し、次いで頷く。その表情はまるで苦虫を噛み潰したようなものであった。
「アドスにガルド。二人も、それでいいな?」
「はい。異論はありません」
「わーったよ…分かりました」
改めて聞くアリウスに他二人も頷く。
「では、これで解散とする。皆明日からが本番だ。気を引き締めて備えてくれ。あっと、アドス少し残ってくれ」
引き留めたアドスだけは残り、ガルドはそのまま踵を返し、ソーラは一礼してから踵を返す。これだけでも性格の違いが分かりやすく出てくる二人の佇まいにアリウスは何を思ったのか…。彼は二人が退出し扉が完全に閉まってから、アドスにこう言った。
「すまないが…少し頼みがある」
ーーー
「ちっ…」
と彼は舌打ちをする。仲間と別れた彼は部屋には戻らず、ギルドの外へと足を伸ばしていた。
荒くれ者、暴れん坊、アウトロー、溢れ者…いろいろな仇名で呼ばれてきた彼だが決して自分の立場を蔑ろにするほど非常識ではなかった。
彼はフードを被り素性を隠しながら通りを歩く。険悪な雰囲気に嫌気が差した彼は気分を変えようと外へ繰り出していた。
(……外に出るなと言われたが、中にいても気分が晴れる訳じゃねぇしな…まあいいだろ)
警告を無視して出てきてしまったことに少しだけ後ろ髪を引かれるが持ち前の前向きさで振り払い歩を進める。
すっかり日が落ちた町並みに外灯や室内からの暖かな火が行く道を照らし、エルフの国では見ることの出来ない明るさと賑やかさが町を覆っている。この町の夜の顔。宿屋や酒場、集会場、一部の飲食店など…日が落ちても、そして落ちてからが本番の店もある。そんな騒がしくも賑わっている場所を横目で盗み見ながら彼は通りすぎていく。
(人族ってぇ言うのは、夜も寝ないのか?)
エルフ族のガルドにとって彼らのしていることは不思議でならない。それもその筈、エルフ族は夕方になれば皆店を閉め、日が落ちれば自宅に帰る。エルフの国でも繁華街のような場所もあるが、基本的に夜は就寝する時間だと昔から決まっているのだ。兵士など警備に就いている者たちは例外となるが…。
彼は人気が少なくなった通りを行く当てなく歩く。いや、行く宛ならあった。彼はチラチラとフードの中から風景を照らし合わせ目当ての場所へと辿り着く。そこはあの喧嘩があった場所。今は人通りが少なくなった暗いその通りで彼は邪魔にならないよう側に寄ってから立ち止まり様子を窺った。
(……って何やってんだ俺は…)
彼は自身のしていることの意味のなさに嫌気が差した。どうしても一度見に行って確認して見たかったのだ。あの母娘のことを。
ガルドが気になっていたのはあの喧嘩の被害者と言える親子の事である。結局のところあのカエデとか言う狐女に助けられた形になってしまったが、それの発端となったのは紛れもなく自分自身。あの母娘はどうなっただろう。大丈夫だっただろうか。怪我はしてないだろうか。と、彼が真っ先に思ったのはそんなことだった。
あの喧嘩の後、憲兵が来る前に速やかにギルドへ移動した。団長と狐女は一言二言ほど話していたようだが自身とは一切会話はなかった。急いでいるのもあったが、彼女らを置いていく形になってしまう状況にガルドは妙に気になってしまった。それは仕方ない処置であったのは頭で理解していた。が、彼の感情はそれに納得してはいなかった。それが今の行動に現れている。
(・・・・・・)
彼は無言で喧嘩があった場所を見る。そこでは彼の脳内でのみその昼間の光景が思い描かれる。
それは何処にでもある日常なのだろう。彼女らが不幸だったのだ。
不条理なこと、理不尽なこと、馬鹿げたこと、おかしいこと、非常識なこと…。何故?理解できない。と言うことが世界にはありふれている。それはエルフでも人族でも同じこと。複数の人間が作り出す生活空間の中ではどうしてもそれは起こってしまうことだ。人の意思や欲、性格や容姿…それら一つにとっても似ているものはあるが同じものはない。それのお陰で人間は発展してきたとも言えるし、争いの種にもなってきたりもした。結局のところ、人間が存在する限りそれらは無くなることはない。
(・・・・胸糞わりぃな…)
彼の脳裏に嫌な記憶がフラッシュバックする。思い出したくない記憶。しかし、忘れてはいけない記憶。その記憶は“極秘に動いている”彼の立場でも動かせてしまう程、彼の中で効力を持ち続けていた。一種のトラウマとも言うべきその記憶は自身の不甲斐なさと力の無さがありありと浮き彫りになるものだ。
(…今の俺なら、守れる筈なのにな)
それは後悔。と、幼かった自身への怨み。過去は変えようもないとしてもそう思うことは止められなかった。
彼はその夢想から我に帰る。と、そこへ───
「おにいちゃん…?」
小さな声が届いた。
いつもお読みいただきありがとうございます。誤字脱字矛盾点気になる箇所など言っていただければ嬉しいです。




