#31,エルフの地へ 2
ぶふっ(吐血)。私の頭は限界です。こんがらがってきた…。
アストリア王家直属兵士小隊第二師団団長、アリウス・ローレンツ。
それが目の前にいる彼の正式な地位と名前だ。
“アストリア”と言う名はエルフ族の中で代々続く王家の家名である。その直属の兵士団に当たるのがこの兵士小隊と言うことであるらしい。こちらで言えば親衛隊?近衛兵?と言ったところだろうか。
この兵士小隊は第一、第二、第三…といくつも別れているらしく正しい数は教えてくれなかったが、基本的に数字が少なくなるほど精鋭となり、一流の兵士になる。と言うことはこの第二師団はエリート揃い…と行かないまでもそれと同じぐらいの力量のある小隊となる。
そんな彼らが何故ここまで来たのかと言えば、誰かに命令されたからに決まっている。それも王家直属の兵士団を一個人の都合で動かせる程の権力がある人物に…だ。
彼らの言う姫様。それは───
「フィーナ・フィオーレ・アストリア姫殿下。それが私たちに命をくだした我が主の名です」
───彼がはっきりと告げたその名は俺自身…忘れることの出来ない名前だった。
アリウスは天魔との戦いとその戦後処理に追われ、彼には珍しく疲れが顔に出るほどであった。彼の傷は重症に入る部類であったが、応急手当てをし、動けるようになればすぐに後処理に向かわなければならないほど事態は深刻であった。
天敵である天魔に勝利したと言えどそれは間接的…。太古の遺産であるエルフの神木の魔力を使用し、その結果、惨敗したと言う事実は消えてはくれない。それが“世界樹の御子”であるハイエルフの采配だとしても頭の硬い老人どもは待ってはくれなかった。
エルフ族の中でも考え方は異なる。ハイエルフはどちらかと言えば改革派に近い考え方を持つ。反対に古株のエルフたちは自身たちが経験した古き良き時代を少しでも伸ばそうとする守旧派が多い。その上、たちが悪いことにその者たちの殆どは国の中で今では重鎮に当たり、政治に口を出せるものたちが多いのだ。誰だって今現在のより良い生活を邪魔されたくはないだろう。政治的に発言力のあるハイエルフは彼らにとって都合の悪い存在に過ぎないのだ。もっと悪く言えば…邪魔者なのだ。
老人たちは失敗の報告を聞くとそれに透かさず飛び付いた。戦場ではそんなことを言っていられる場合でもなかった筈なのだが。老人たちはそれを理由に平議会で提起したのだ。アリウスはこれを聞いた瞬間、頭痛を覚えたらしい。寿命が長く太古から生きてきたエルフ族と言えどそこは人族と同じ、一枚岩ではないのだ。
結局、それが終息したのはそこから丸1日たった闇が森をすっぽり覆った深夜であった。
「ふぅ…」
と、何度目かの溜め息が漏れる。
ここは自室…ではなく自身の仕事部屋である。各団長には個々に部屋が与えられる仕組みとなっている。主に書類仕事を中心に作戦会議や訓練の立案など。よく喧嘩する団員を叱咤するのもこの部屋である。
「お疲れ様です。師団長」
コトっと木で造られた机の上にカップが置かれる。湯気が上がるそれは薬草を煎じた緑茶。それはエルフの国では良く飲まれるものであり、森で採れるその薬草には疲れを取る成分が含まれていた。
「ん?…ソーラか」
明かりも点けずにいた薄暗い部屋に一人でいる。と思い込んでいた彼は団員にだらしない所を見られ、先程までの自分を怨みながら背を預けていた椅子から起き上がる。
「あ、どうぞそのままで。あたしのことは気にしないでください」
ソーラはそれを制す。
「あたしは戦後報告と書類整理…と、師団長の様子を見にきただけですので」
彼女は持っていた書類を机の端に置く。その様子を見ていたアリウスは唐突に声をかけた。
「君の方は終わったのか?怪我人は山ほどいただろう」
まあその事態を作ってしまったのは紛れもないわたし自身なのだが。と彼は心中で付け足す。あの場を取り仕切り、指揮したのはアリウスである。全責任はわたしにあるだろうと彼は思った。
戦場では全てが上手くいくとは決して言えない。しかし、それを見越して立てるのが作戦である。今回の戦は不透明な部分が多かった。天魔と言うエルフ族にとって天敵となる部分もそうだし、全てが後手に回ってしまっているのもそうだ。始めから不利な状況で突如発生する予測不能な敵。それを前にして討伐するのは不可能に近い。実際応戦できていただけでもアリウスは良くやった方であった。時間の問題だったことを省けばだが。
そんな戦場の理論など聞いてくれないのが民衆である。一度失敗したことが漏れ伝われば第二師団の名声は下がるだろう。一度の失態で何かが変わるとは言わないが、少なからず不評を買うことになる。それが募れば最悪…アリウスはこの団長と言う地位を辞めることになるだろう。
そんな後ろ向きなことを考えていたからか、突然押し黙ってしまったアリウスに彼女はいつも通りのハキハキとした口調で話し出した。
「あたしの回復魔法は従属精霊が居なければ成り立ちません。あの戦いで自身の精霊は重症を負いましたので、休ませている所です。回復するまであたしは足手まといにしかなりませんから」
「そうか…そうだったな」
すまない…と続けて口に出そうとしたところで彼女は言う。
「謝罪は結構です。第二師団団長ともあろう者が易々と謝罪を口にしないでください」
冷ややかに突っぱねる氷柱のような声にアリウスはしばし逡巡した。
「そう心配せずとも、貴方は降ろされませんよ。第二師団の団長は貴方が一番適任ですから。そ・れ・に───貴方には心強い味方がたくさんいるではないですか」
「味方…か…」
「ええ。分からないなら挙げていきましょうか?先ずは陛下でしょう姫様もそうですし、第一団長もそうですね後はキルシュブルーテ副団長もですし…」
彼女は彼を置いてきぼりにしながら勝手に列挙していく。それをアリウスはむず痒く感じ我慢できなくなったところで強制的に止めに入った。
「わかったわかったっ。すまなかった。止めてくれもう十分だ」
彼は降参したように両手を上げる。それを見たソーラは「分かれば良いのです」と言うように溜め息をついた後、続けて口を開いた。
「お疲れなのは分かります。が、そう落ち込むこともないと思いますよ」
「落ち込んでいるか…そう見えるか」
「はい。少なくともこの第二師団の全団員はそう見ています」
彼女の言った言葉はこの場にいない二人のことも含めての総意らしい。彼は両腕を机に建てた格好で顔を少し下にずらして視線を遮る。そうしてここ一番の深い溜め息をついた。この二日で一生分の溜め息を吐いた気分だ。昔から何かが起こると引きずってしまうこの面倒な性格はこの“名誉ある第二師団団長”となっても変えられなかった様だ。表には出さないようには努めていた筈なのだが…団員には丸分かりだったらしい。
(頼りのない団長だな。第一団長のアイツが羨ましい)
アリウスの脳裏に一瞬だけ人影が蘇る。かつてこの第二師団を纏め上げ、アリウスの上にいた人物である。年は同じぐらいだが彼にとって昔から目標としてきた人物でもあった。
(わたしはアイツの様には馴れない。だから、自分のやり方で越えて見せる────と、決めた筈なのだがな…結局はこれか不甲斐ない…)
アリウスとソーラは少しの間、この沈黙を享受していた。そして数分、数十分した後に…思い出したように声を出したのは彼女の方だった。
「そうだ、忘れていました。こちら副団長からです」
唐突に彼女はストレージから何かを取り出して机に置いていく。それは多種多様で食べ物から飲み物やら薬だったり、果てに何かの道具など…それらを彼女は机に並べていく。
「それとこちらはガルドから塗り薬ですね。オススメらしいです。と偶々会った陛下からがこちら。そして偶々会ったストローク副団長からは胡桃ケーキを頂きました。こちらは第三師団長から御詫びの品、力に慣れなかったと悔やんでおりました。また改めて挨拶に伺うと。ああ…後第一団長からの言伝てが一点」
「は?な、なんだこれは…」
「…“こちらは任せろ”と言うことらしいです。意味は分かるだろうと仰っていましたが。まあ、そう言うことです」
戸惑う彼に彼女は小さく微笑んで続ける。
「ここまでされて落ち込んでいる場合でも…貴方でもないでしょう。あたしを誘ったあの時の気概を見せてください」
そこまで言われて、彼女が言った“味方”と言う意味が漸く分かった気がした。胸に暖かいものが溢れてくるのが分かる。このままではいけないことは彼自身も理解できていた。
「すまな…いや、違うか。ありがとうソーラ。元気が出たよ」
「それは良かったです」
「では、わたしはもう少し───」
「───仕事はしないでくださいね。ゆっくりとお休み下さい。それからでも遅くはありませんので」
「…そうか。分かったお言葉に甘えさせて貰おう」
その言葉を聞いてやっと納得できたのか彼女は満足そうに頷き、失礼しますと一礼してから踵を返す。
そうして去った暗い部屋には一人、彼だけが残された。
「…今日は月が綺麗だな」
彼は闇夜に照り光る月に遥か昔に見た人の面影を思い出す。重なって見えるその面影は満点の笑顔で微笑んでいるように見えた。
「わたしは幸せ者だな」
視線を変えて机の上を見れば、そこには仲間や家族と言える者たちからの贈り物がある。アリウスは優しい笑みを作り、その中の一つを手に取ろうとする。
突如、ドアがノックもなしに勢い良く開かれた。
「師団長っ!」
そう呼ぶ彼女は先程出ていった筈のソーラ。彼女は慌てて机に駆け寄ってからこう言った。
「姫様の従属精霊がっ…戻ってきました!」
どうやらまだ気を休めるには早いようだ。
はい。いつもお読み頂きありがとうございます。誤字脱字矛盾点など気になる箇所がありましたら教えてくれると嬉しいです。では、また会えることを楽しみにしております。
修正しました。(ストローク副団長) → (キルシュブルーテ副団長)




