#29,横槍
あれ?今日って日曜日じゃありませんでしたっけ?
あ、はい。すみませんでした…。
柄の長い。巨大な戦斧。黒い刃には血で塗られたような赤い模様がある。そんな凶悪な武器を抜き身で持つ目の前の大男は愉しそうに口角を上げこちらを見据えた。
「まどろっこしいのはやめだ。おい、アリウス──」
隻眼の男。モーガンが言う。
「───武器を抜け」
対するエルフの男性。アリウスはその言葉に目を細める。
「付き合う気はないと言った筈だが」
「はっ悪いな。お前の都合なんて聞いてねぇ。付き合えよ俺の享楽に」
「何故そんなに戦いに固執する?」
モーガンの眼光に真っ向から向き合うアリウスはそれに疑問で答える。モーガンは一つしかない目をギラつかせ当然のようにこう言った。
「愉しいからに決まってるだろう。ぬるい戦いじゃねぇ。命を懸けた殺し合いだ。手強いやつほど俺の血が騒ぐ。お前も戦士の端くれだろう?あるんじゃねえのか?アリウス」
確かにアリウスだって一人の戦士だ。エルフ族だって人族だって種族は違えどプライドもあるし、戦いに高揚感を覚えることもある。手強い相手に挑戦し、自身の限界を極めたいのも分かる考えだ。しかし、アリウスはそんな自分自身だけが満足できるやり方を良しとしなかった。自己中心的で傲慢で自身の欲望を満たすだけに誰構わず戦いを吹っ掛ける彼のやり方にアリウスは───
「アドス。その二人を下げてくれ」
自身の細剣を抜き放ち、切っ先を相手に突き付けた。
「師団長っ」
彼が制止の声を上げるがアリウスが視線を向けると渋々ながら母娘を伴って離れていく。
アリウスの眼は目の前にいる戦闘狂の瞳を見ていた。その瞳は獰猛な猛禽類が獲物を見つけた眼。欲望に塗れたその片眼を彼は真っ向から睨み付けた。
こいつは止められない。──とアリウスは悟る。
いつもは穏和な性格の彼だが今回ばかりは悪態をつきたいほどの厄介事だった。
(ここはわたしが囮となって彼らを逃がした方が得策だろう。話し合いで決着がつけばよかったのだが…)
それは出来そうにない。ならば、先に仲間を逃がして後から自身が合流する。一人ならば逃げるのには自信がある。彼にはそれが得策だと思えた。
「いくぞアリウスぅっっ!!!」
モーガンが巨大な戦斧を振り上げる。同時にアリウスは剣を腰だめに構える。
巨大な得物には得てして大きな隙が生まれるものだ。初戦の相手でも簡単に分かりやすいものは二つ。攻撃直後の振り上げた瞬間と攻撃後の振り切った瞬間。アリウスはその後者を狙い撃ちする動きを見せた。
刹那の反応だった。
────ヒュッ
と、空気を切る微かな音。三本の刃が二人を襲う。
一つは咄嗟に軌道を外した戦斧の柄で弾かれ、
二つ目は薙がれた細剣で弾かれ、
三つ目は二人のちょうど中央の地面に振動しながら突き刺さっていた。
「ちっ。誰だ!!邪魔するんじゃねぇっ!!!」
その怒気の孕んだ声は野次馬どもを震え上がらせるには十分だった。しかし、そこへ来た闖入者はそんなことも何処吹く風と聞き流し、飄々として人混みから歩み出てくる。
それは奇妙な人物だった。
赤いヒラヒラとした露出度の高い服装に腰に挿した一本の赤い刀。長い艶やかな茶髪は赤いリボンで一つに結ってある。しかし、元の長さゆえに腰まで届いているその髪は彼女の歩みと共に揺れていた。そして、揺れているものは後二つ。腰の辺りから流れ出る狐の尻尾と頭上にある大きな耳。その獣耳は動物のようにピコピコと動き、そのボリュームのある尻尾は彼女の性格を表しているかの様に悠々と揺れ動いていた。
外見的に目立つものは他にもある。いや、それが一番目立っていると言っていいだろう。“狐の面”───白を基調とした狐を模した仮面。それが彼女の表情を隠していたのだ。
曲芸師、演芸師…そんな言葉が当てはまるような見た目の背丈だけで判断すれば少女と取れるその女性を野次馬たちは哀れみの視線で送り出す。彼らは力量の計れない正義感の強い少女が獰猛な肉食獣に自ら飛び込んで行った事に不憫に思いこそすれ止めるほどの勇気までは持ち合わせていなかった。
モーガンは射殺すと言っても過言ではない眼光で彼女を見据える。
「なにもんだてめぇ」
邪魔されたことで苛つきが募ったモーガンはその得たいの知れない闖入者にドスの利いた言葉を投げ掛けた。
「……。うむ。何者と言われれば答えるのが道理かのぅ。妾の名はカエデ。ブロンズの冒険者じゃ」
その名を口にした瞬間、アリウスは息を飲んだ。
「ブロンズだと…?新参者が横槍を入れてくるなんていい度胸じゃねぇか」
「ふむ…横槍を入れたのは悪かったのぅ。妾とて関係のない厄介事に首を突っ込むほど愚かではないのじゃ」
カエデの含みのある言い方にモーガンは怪訝そうに眉を歪める。対するカエデは視線をアリウスへと向け、言葉を続けた。
「こやつは妾たち冒険者ギルドの客人じゃ。大事な客人を冒険者が傷つけたとなればギルドの信用は落ちるじゃろう。それを防ぐために妾はそなたたちに横槍を入れたのじゃ。多少強引でものぅ」
彼女はギラつかせた大男からの眼光を真っ向から受けながら淡々とそう述べる。カエデは表面上は何もないように取り繕ってはいるが内心はと言うと──
(こわっ!顔こっわ!眼光やべぇっ!殺される!?ひぃぃっっ!!?)
───と、情けない性格が災いして戦々恐々だったのだが…そんなことを尾首にも出さずにいられるのは“カエデ”の身体だと言うことと狐の面が一役買っているのが理由だった。
カエデが都合のいい理屈を述べるとモーガンは目を細め口角を歪ませる。邪悪な笑みとはまさしくこの事なのだろうか。
「いいだろう…」
モーガンはやけに簡単に得物を下ろす。
あれだけ怒りを放っていたモーガンが思いの外すぐに矛を納めたことで辺りにはほっとした空気が流れた。しかし───
「なら、てめぇが相手するんだなぁっっっ!!!」
一瞬の攻防。
響き渡る重い金属音。
駆け抜ける衝突の空気振動。
巻き起こる風圧が野次馬たちを襲った。
巨大な戦斧。それに対するのは小さな二刀の小ぶりなナイフ。歴戦の戦士が振るう強靭な斧は頼りなさそうな小さなナイフに見事に止められていたのだ。
野次馬たちの予想を遥かに越えた事態に皆は戸惑いを見せる。しかし、それだけに終わらなかった。
「妾に…妾にっ────触るなっ!!」
カエデの一括。カエデの威圧。カエデの殺気。
それらが混ざった叫びは異常なほど瞬く間に町に駆け巡った。
カエデは気づいていなかったがその放った殺気は回りにものすごく影響を及ぼした。
まず殺気に敏感な馬や鳥などの動物。馬屋に繋がれていた馬たちから偶然通りかかった不運な商人たちの馬車。怯えた馬たちが暴れだしてその場から離れようとし、餌に集まっていた小鳥たちは慌てて飛び立っていく。路地裏に潜んでいた野良猫や鼠などの小動物までもその身を震わせ逃げ惑いながら隠れる場所を探す。
動物たちだけではない殺気にそれほど敏感ではない人間までも震え上がらせるほどそれは強力だった。レベル最大値の身体を持つカエデは本気を出せば一瞬でこの町の戦意を削げるのだ。
「ちっ!」
モーガンは舌打ちしながら即座に飛び退く。
「何者だお前は」
その殺気を一番傍で当てられたモーガンは先ほどよりも改まった言葉で相手の素性を聞く。
「先に言った通りじゃが?」
カエデは相変わらずとらえどころのない瓢然とした様子で言葉を返す。
「ブロンズランクにお前みたいな化け物は聞いたことがねぇぞ」
「うむ。そうか」
彼女のいやに簡素な答え。これ以上は答えないと暗に示した返答にモーガンは荒く鼻息を鳴らす。
「いいだろう。今回は見逃してやる。たが、次に会ったときはお前を狩ってやる。覚えておけカエデ」
そう言うとモーガンはようやく武器を納め、地味に腰を抜かしていたハゲ男と痩せ男を伴って去っていく。
「…嫌な奴に名前を覚えられたのぅ」
男たちの背を見ながらポツリと呟くカエデ。目を付けられたのはほぼ確定だろう、と彼女は嫌そうに溜め息をついた。
「冒険者殿」
後ろから声がかかる。カエデは振り向きその人物を改めて見つめた。
「まずは礼を言いたい。見ず知らずのわたしたちに手を貸してくれた事…本当に助かった。感謝する」
そう言ってアリウスは小さく頭を下げる。
「別に良いのじゃ。助けたのは妾の自己満足に過ぎぬ。礼などいらぬぞ」
「…そうか。姫様の言っていた通りの人物のようだな」
「む?」
「いや…冒険者殿。貴女の名前を改めて聞いても良いだろうか」
アリウスは遠慮がちにカエデに訊ねる。カエデはと言うと───
「うむ。良いぞ」
と、二つ返事でそう返す。
「妾はカエデじゃ。そなたたちの姫様とやらには世話になったのぅ。ま、よろしくなのじゃ」
そう言ってカエデは仮面を外し、満面の笑みを浮かべた。
この頃遅れる傾向にありますね…。どうしたものか。
いつもお読みいただき感謝感激です。誤字脱字気になる矛盾点などありましたら言ってくれると嬉しいです。
では、また会える日を楽しみにしております!




