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#3,ようこそ。ファンタジックワールドへ

 チュンチュンと鳥の囀りが聴こえる。暖かな太陽の明かりが自身を照らしそれが何よりも気持ち良い。


『カエデさん起きてください。カエデさーん』


 何処からか聞き慣れない声が聴こえてくる。女性だろうか男性だろうか…?どこか中性的な透明感のある声だった。


「う~ん…むにゃむにゃ…後五時間じゃ…」


『はい、そんな在り来たりな寝言は言わないで下さい。…分かりました、起きないなら仕方ありません。少々強引ですがこうさせて貰いましょう』


 その声の主は諦めたのかそれ以上何も言わず何故かゴソゴソと何かを動かしているようだ。


『よいしょっと。では、いきます』


 ぎゅっと何かを握られた感覚。ん?何これ?なに────っ!?!?


「ぴゃいっ!?!?何じゃ何じゃ!?何事じゃ!?」


『おはようございますカエデさん。よく眠れましたか?』


 俺は驚きばっと飛び起きてその声の方へ顔を向ける。


「え!?何者じゃ?ドラゴン!?」


『はいそうです。私の名はラタトスク。以後お見知り置きを』


「え…えっと?うっうむ。よろしく?じゃ」


 俺自身とは正反対に落ち着き払った小さな竜に戸惑いながらも挨拶を返す。


「────って!?!?!?何じゃ何じゃ!?どうなっておる!!?声が!?口調が!?いやっ──それどころか身体も変なのじゃが!!??」


 俺は途端に強烈な違和感に襲われた。それは到底自分の声とは思えない透き通るようなソプラノの声色から始まりそして服装や身体などいろんなところから馴れない感覚が伝わってくる。

 先ずは腕が白くて華奢で触れれば折れてしまいそうに細い。そして視界にチラチラと見えている髪が鮮やかな茶色だった。触れて確かめて見れば凄く長く艶やかでそれを大きな赤いリボンで一括りにした髪型"ポニーテール"らしいことが分かった。ここら辺でうっすらと自分がどうなっているかは分かってきていたのだが…現実を受け入れることが出来ず、無意識に目線を下に落としたのが悪かったのか…男ではあり得ない胸の双丘が目に入ってしまい一層驚き狼狽える。そして、後ろを振り返ってみればふさふさな狐の尻尾が存在を主張するように揺れており、髪に触った時に頭に何かあると思ったら案の定狐の耳だった。


「どっどうなっておるのじゃ…胸も重いし、はっ!!もしやアレも無くなっておるのか!?!?」


 俺は思い出したようにバッと自身の股に手を近づけるがスカスカと手が空を切るだけでそこには何もなかった。


『……聞きたいことは山ほどあるとは思いますがまずは落ち着いてください。説明しますので』


「!?!?」


 俺はその声に見られていることを思い出し、盛大に慌てる。と言うかめっちゃくちゃ赤面していたのではないだろうか…凄く恥ずかしい…。


『説明する前に一つだけ質問があります。貴方は"カエデ"の記憶は持っていますか?』


「うっうむ??記憶じゃと…?」


『その反応は持って無さそうですね…。仕方なかったとはいえやはり…悲しいものですね…』


「???」


 俺の頭の高さでパタパタと飛んでいる銀色の仔竜は何処か悲しそうな雰囲気を纏わせため息をつく。俺はと言えば全く話についていけず首を傾げるばかりだ。


『…ふぅ。分かりました、気を取り直して説明に入りましょう』


「うっうむ…?」


 ラタトスクは一泊置いてから話し出す。彼?彼女?が言うにはここはゲーム『ファンタジックワールド』の似て非なる世界らしい。並行世界?とかそんなものだそうでゲームの方の物語から五百年ほど経過しているらしく、終戦後のこの世界は平和そのものであったらしい。


「で、何故妾が喚ばれたのじゃ?平和なら喚ばなくて良いじゃろう」


『ええ、そうですね。しかし、この世界にも異変が起きました。…それは天魔の大量発生です』


 天魔と言えば新たな島(フロンティア)から出現した魔物だ。魔獣ではなく魔物で渡り人(プレイヤー)しか倒すことができなかった化け物だ。今はどうかは分からないけど…。


『天魔はこの大陸にも出没するようになり被害は広がるばかりです。今は冒険者や騎士団が抑えているようですがそれも時間の問題。これの原因を突き止め、解決してほしいのです』


「かっ解決じゃと…?そんなこと妾には荷が重すぎるのじゃが…。そもそも何故妾なのじゃ。妾より強い奴等などごまんといたじゃろう…」


『それは…コホン、偶々です』


「偶々!?」


『そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。しっかりとサポートはさせてもらいます。その為に私がいるのですから』


「むう…」


 俺はそれに納得いかなそうに唸りながらも喉にまで出かかった言葉を止める。これ以上言っても話が進まなそうだ。───しかし、これだけは先に聞かないといけない。


「結局、妾はどうなったのじゃ。召喚とは聞いたが妾の…もともとの身体は今どうなっておるのじゃ。妾は…戻れるのか?」


 目覚めた時は現状に着いていけなくて戸惑ってばかりだったが、仔竜の話を聞くにつれて多少は落ち着きを取り戻し余裕が生まれてきていた。本当は一番始めに聞かないといけなかった質問を彼女?に述べる。ラタトスクと名乗った仔竜は少し間を置いてから口を開く。


『結論から言わせてもらえば、帰ることはできます。しかし、それは女神様からの許しがあればこそで今は帰還できないと思っておいてください』


「なっなんじゃそれは…勝手すぎじゃろう」


『申し訳ありません…。女神様は少々強引なところがありまして…』


「…強引って…どんな女神なのじゃ…」


 俺はその答えに眉間に皺をよせ悪態をつく。それに仔竜は居心地が悪そうにそわそわしていた。


『ごほんっ…あと、召喚した際に貴方の存在はこの世界に移行しています。その為、彼方(ちきゅう)では貴方は行方知れずと言うことになっている筈です』


「行方知れず…か…」


 死んでなかっただけましだろうか…。

 ラタトスクが言ったことを丸々信じるなら。"死んではいない"らしい。行方知れず…行方不明にはなっているらしいのだが、こちらの世界からは確認することが出来ず確かめることが出来るのは女神かその権限を与えられた始精霊のみ。


「む?始精霊…?素材イベントのか?」


 俺はふと思ったことを口にする。


『はいそうです。おそらく貴女が思い描いているもので概ね正しいでしょう』


 始精霊の素材イベント。それはゲームであったイベントクエストの一つだ。要は素材ドロップが多めに設定された曜日別のイベントで曜日によってドロップする素材が決められている。武器の強化や装備品の作成など素材の使い道は多岐にわたるため誰しもがお世話になるクエストであった。そして、そのイベントを取り仕切っているのが始精霊である…と言う設定だった筈だ。

 その件の始精霊はその可憐さと可愛さから人気を博し、今やゲームのマスコット的キャラクターにまで上り詰めていたのだった。


『その始精霊には女神様からある程度の権限を与えられています。私にも権限は与えられているのですが…サポートにしか使えないものばかりで…』


「ふむ…そうか…」


 俺は仔竜の言葉に相づちをうち、考えを巡らす。


「なら、その始精霊はどこにいるのじゃ?会えるなら会っておきたいのじゃが」


 俺はそう言う。ラタトスクはその言葉に少し考え込むように首を傾げながら言の葉を紡ぐ。


『そうですね。どちらにしても貴女には始精霊に会って貰うべきだと思っていました。ですが、今彼女は何処に居るかが分かりません。なので、まずは探してもらうことから始めてもらうことになりますね』


「むっ?分からぬのか?精霊なのじゃろう?」


 俺はその意外な答えに驚き聞き返す。

 精霊と言えば人とは異なる草木や河川に宿るとされる超自然的存在のことである。個々の存在に区別されている人間と違い精霊たちは特殊な力でネットワークを確立し繋がった存在だと言われていた。


『はい。精霊は確かに魔力によって繋がってはいますが…始精霊は特別なのです。精霊にとってのオリジナル、全精霊にとっての母親的存在。精霊で唯一単独行動を許された存在なのです。そして、今彼女はこの異変について一足先に調査してもらっています。当然、秘密裏に。その為彼女は自身から連絡してこない限り現在何処にいて何をしているのかが分からない状態なのです』


「…なるほどのぅ…」


 俺は唇に手を当て納得するように唸る。結局、自身の足で探すしかないと言うことなのだろう。RPGでは定番ではあるが…実際にやるとなるとかなり面倒だと言わざるを得ない…。


『それではこの世界で基本的なことをお教えします。手始めにステータスを開いてもらえますか?ステータスと唱えることで表示されるようになっています』


 仔竜たるラタトスクはそれ以上何も言わない俺に納得したと捉えたのか、話の趣旨を変えこの世界の説明に入る。


 俺は彼女のその言葉に頷き、そのままステータスと唱える。すると目の前にホログラムのような水色のA3位の画面が出現した。




名称(ネーム)】カエデ

【レベル】200(MAX)

【年齢】17

【性別】女性

【ジョブ】符術士

【職業】---

【種族】獣人=狐族


【装備】武器/圧斬り長谷部(打刀)


    防具/焔鼠の着物

       黒碧のロングブーツ


    装飾/焔蝶のリボン


【スキル】符術 Lv,MAX ・刀技 Lv,MAX・真眼 Lv,MAX・投擲 Lv,MAX・鑑定眼 Lv,MAX・気配探知 Lv,MAX ・……etc.




「ほう…?これはもしや妾のステータスか?」


 俺はその表示に感嘆の声を上げる。そこには見慣れた数字が並ぶステータスがあった。ここまで辿り着くまでどれだけ苦労したものか…。苦労して育てたものが消えずに目の前にあるのはやはり嬉しいものだ。俺は歓喜のあまり無意識の内に耳をピンッと立たせ尻尾をパタパタと忙しなく振っていた。


『はい、そうです。貴方が育てたレベルをそのまま反映しています。戦い方は貴方自身が身をもって知っているかと』


「ふむ…装備も最後のままじゃし…もしやアイテムもあるのか!?あれだけ苦労して集めた霊符も!!?」


 俺は高まる期待でテンションを上げながら仔竜に聞く。霊符は符術士の要だ。これがないと符術が使えず役立たずになってしう。これが符術士が不人気足らしめる原因に他ならない。

 実はこのゲーム…符術士が一番不遇なジョブなのだ…。自身はマイキャラを自分の趣味一色にすることを第一に考えていた為、使いやすさだとか効率がいいだとかそこら辺は全然考えていなかったのだ。結果、出来上がったキャラはかなりの難易度の高いキャラになってしまっていた…。


 符術士は符術を使って戦うジョブである。但し符術を使うには霊符がなければならなず、そしてその霊符も入手が困難と言うか初期ではほぼ入手不可能と言う鬼畜仕様…符術士を選んだプレイヤーは大体そこで挫折する。しかし、俺は諦めなかった。どんなに足手まといになろうがどんなに弱かろうがどんなに使いにくかろうがレベルを上げ、スキルを習得し着々と育成していった。そして、その過程で霊符も同時に集めまくりレア度の高い入手困難な霊符も集め装備も俺仕様に揃えていったのだ。


『はい、既に送信済みです。アイテムストレージを開いて見てくれますか?出し方は同じなので』


「うむ!!」


 俺はその言葉に意気揚々と言葉を唱える。そして────



 《データエラー アイテム無し》



「む?」


 俺は咄嗟に素っ頓狂な声を出す。


 そこは何もなかった。只の空白だった。


『え?どうしましたか?』


「なっ何もないんじゃけど…」


 俺は涙目でそう訴える。


『えっそんなはずは…。あ、データエラーですね…アイテムが送れないようです…』


 ラタトスクは何処からともなく自分の目の前に画面を表示させ困ったように呟く。


「え?アイテムは?…妾の霊符は??」


『…えーと…言いにくいのですが……。データエラーで送れないので…なしですね(・・・・・)


  

 "なしですね"と言う言葉だけが俺の脳内でこだまする。



「わっ…わっ…妾のアイテムがぁーーーー!!!!!」


 俺はその悲しみに泣き叫んだ。

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