#27,厄介事
いつになったら猛暑は終わるんですかぁ…
「待ってくれ」
アリウスは躊躇わずに声を上げた。その声はその二人を振り向かすのには十分だった。
「師団長っ」
先に声を出したのは小さい人影。自身が団長を務める、第二師団の若き副団長。アドス・ローウィンだ。彼の声には狼狽と安堵、悔しさに怒り。ここまでの状況になるまでにいろいろあったのだろう。ギリギリな緊張感から解き放たれた彼は複数の感情が入り交じった難しい表情をしながらアリウスに続けてこう言った。
「申し訳ありません…」
「いやいい。こちらこそ世話をかけたな」
「そっそんなこと…」
「下がっていろ」
彼がそう言うとアドスは渋々ながら後ろへ一歩引き、沈黙する。
「ほう…?お前がこいつらのリーダーか?」
眼帯の大男が口を開く。弱い魔物ならその眼力だけで殺せそうなそんな気迫がアリウスを襲う。しかし、アリウスも負けてはいない。大男の視線を真っ向から受け、睨み返す。その一瞬の睨み合いは視線の接触点で火花が散りそうなほど。
「そうだ。わたしがこの者たちを纏めるものだ。この者たちに文句があるのならわたしを通してからにしてもらおう」
アリウスは大男の言葉に返答する。しかし、それに答えたのは目の前の男ではなかった。
「おいゴラ!横からしゃしゃり出てきて何偉そうなこと言ってやがる!」
「うるせえバッカス!!お前は黙ってろ!」
「はっはぃぃぃ」
割り込んできたハゲ男は眼帯の男に怒鳴られその剣幕に驚き引っ込んでいく。
「いい目をしてるじゃねぇか。お前…名は?」
「人の名を聞くならば先に名乗るのが筋ではないのか…?」
「はっ!違いねぇ。───俺の名はモーガン。シルバープレートの冒険者だ」
大男は楽しそうにその厳つい顔を歪め、睨んでいるのか嗤っているのか分からない表情をした。対してアリウスは感情を表に出さず単調な声質で言う。
「わたしはアリウスと言う。さすらいの旅人だ」
「さすらいの旅人か。その割には戦い慣れした目をしてるじゃねぇか」
「そちらには及ばないだろう。何せまだわたしは半端者だ。貴方の享楽には付き合っていられないのでね」
「享楽か…。いいだろう。ならば、その理由を作ってやろうか───あれを見ろ」
モーガンは顎でそれを示す。それはいまだに倒れた男。
「それは俺の仲間だ。それをこんな姿にお前の仲間がしやがった。それを返すのは当たり前のことだろう?違うか?」
「それは違う。わたしの仲間は無闇に暴力を奮うような人物ではない。それほどの理由があったからこそこの男性はこうなってしまったのだ」
「ほう…暴力を正当化するか?」
「正当化する気はない。が、この結果はこの男が招くべくして招いた結果だ。因果応報だろう」
どちらも一歩も引かない言葉の応酬。隻眼のモーガンと旅人のアリウスとの一騎討ち。この二人が本気でやりあえば回りにいる野次馬たちに危険が及ぶ。それを知ってか知らずか回りの野次馬たちは興味深く、はたまた楽しそうに、はたまた嫌そうに。固唾を呑むようにして様子を見守る。その中に一人…異質な存在が混じっていた。狐の仮面から覗く紅の双眸。赤い着物を着こなす狐の女性───カエデである。
息を潜めて野次馬たちに混じり、彼女はその行く末を嘆息しながら窺っていた。
俺はどうしようか悩んでいた。ことの発端は自身に声を掛けてきた一人のエルフが話を強引に断ち切って俺の前から去ろうとしたことだ。気になった俺は当然ながらそれを追いかけた。すると、なにやら人が集まった一団があるではないか。嫌な予感を感じながらその人混みに入り込み、皆が視線を向ける方を確認すると先程のエルフと同じ格好をした人物が三人。そして、その場に転がった細身の男と大男が二人、次いで親子と思われる母とその娘が目に入る。一目見て俺はそれが厄介事だと理解した。
(カエデさんカエデさん)
(なんじゃラタトスク。今妾は考え中じゃ。邪魔をするでない)
頭を悩ましているのを知ってか知らずか。ラタトスクが俺の頬を尻尾でつついてくる。
(逃げるなら今のうちですよ)
(誰が逃げるかっ。あれはフィーナの仲間じゃぞ!ほっておけぬのじゃっ)
(はぁ…そう言うと思いました。貴方は悉く女神様からの忠告を無視しますね)
(む?…忠告…?)
(簡単に言うと『目立つな』と言う忠告です)
……そう言えばそんなのあったな。俺は彼女からのじっとりとした視線を顔を逸らすことで対応し、言い訳がましく口を開く。
(…お、覚えておるのじゃっ。しかしなっ。その場の雰囲気と言うものがあってじゃな…)
(なるほど…貴方は場の雰囲気で神の忠告を無視するのですね)
(すっごくトゲのある言い方じゃなっ───…~~っ!むうっ謝れば良いのじゃろっ?謝ればっ。悪かった!妾が悪かったのじゃっ。じゃから手を貸してくれラタトスク!)
なんとも言い返せない視線に耐えられず、根負けした俺は謝りながら彼女に応援を頼む。
(はぁ…そう頼まれてしまえば仕方ありません。私は貴方のサポート役。断れる権限はありません。何なりとお申し付けください)
ラタトスクは何度かの溜め息をわざとらしくついて俺を見やる。何故こんなにご機嫌斜めなのか…いやまあ理由は大体分かるけども。俺だってしたくてやったことではないのだから多目に見て欲しい。それに俺にはラタトスクのように女神の事を信じきることが出来なかった。
“女神を信用するな”───とあの時の言葉を思い出す。俺の娘…“カエデ”が去り際に言った忠告だ。
気になるが聞けない。そんなジレンマが俺を襲う。当然ラタトスクには聞けないし、それを言った当の人物も今この場には居らず…。まあ、今考えても仕方がないか。
(ラタトスクはあらゆる魔術を扱えるのじゃろう?)
俺は彼女に問う。ラタトスクは“カエデ”のサポート役であるが故に地球に干渉する力はない。だが、こちらでは支援魔術から攻撃魔術まであらゆる術を扱える筈だった。現に彼女は重症の怪我人を完治させ、魔術士が数人必要となるレイド戦専用魔術まで軽々と使って見せた。
(そう…ですね。この世に存在する魔術や魔法は大体が使用可能です。それがなにか?)
(うむ。では、遠距離通信魔術式“コミュニケーション・コール”を使わしてほしいのじゃ)
俺は満足そうに頷き、彼女を見据える。
“コミュニケーション・コール”とは、簡単に言えばこの場にいない遠くの人物と会話する魔術である。広大な世界である“ファンタジック・ワールド”内では、近場でプレイする分ならチャットなり会話なりすれば事足りる。しかし、もしプレイヤー同士が離れた国にいたり、別世界に行ったりなどしていると当然ながら会話なんてすることは出来ない。その為の魔法であり、それ以外に使う必要のない魔術だった。少なくともこの魔法は魔術の類いになり、使用すれば魔力を消費する。比較的手に入りやすい術式写本等で使うことも出来るが長く会話することも出来ないため作戦会議にも向かず、発動中は足が止まる為戦闘中の使用も出来ない。その為通常は待ち合わせ場所を決めるためのものでしかなかったのだ。
(この世界での通信魔法はほぼ衰退しています。何も知らない人にしていいものではありませんよ?)
(えっ?そ、そうなのか?)
(はい。今ではアイテムである“伝達石”のみでしか通話は出来ません)
(むう…)
不満そうに唸る俺にしかし、と彼女は続けた。
(今回は特別に特定の人物ならば良しとしましょう。貴方が繋げたい人物は分かっています。タマネさんですね)
みっ見透かされてるっ!
言い当てられて戸惑う俺に彼女は意に返さず準備を進めていく。
(ここでは少々目立つので…物陰に隠れましょう)
そう言うと彼女は手頃な物陰に移動していく。俺は慌ててそれを追った。
『では、繋げます。────“コミュニケーション・コール”』
魔術が発動する。それは魔力の糸によって紡ぎ出される魔方陣。銀色に輝いたそれはここに居らぬ存在へと糸を繋げる。
『タマネさんタマネさん。聴こえますか?』
『────わひゃぁぁっ!?!?なんですか!?誰ですか!?』
驚き方が可愛い…。ってそんなことではなくっ。
そんなとりとめのないことを考えてる内に魔方陣からドーンッガチャーンッ!ああっ私のお気に入りがっ、と盛大な音が聞こえてきた。
なんだか何が起きたか想像出来る騒音だったが…。
『タマネさん?…大丈夫ですか?』
『大丈夫です問題ありません。その声はラタトスクさんでしょうか?(キリッ)』
ラタトスクの心配そうな声に彼女は妙に凛々しくなった声でそう返す。
『あの…本当に大丈夫ですか…?』
それが気になったのだろうラタトスクはまたもや聞き返す。
『大丈夫です。ノープロブレムです』
珍しい…タマネさんがそんな言葉を使うなんて。
『本当に…?』
『本当です』
『本当に?』
『本当です…』
『本当に?』
『本当…です…』
『本当に?』
『…本当ですぅ…ぐすん…』
「もう止めるのじゃぁ!絶対楽しくなってるじゃろ!ラタトスクっ」
さらに追撃しようとしていたラタトスクを俺はさすがに止めに入った。
『あっ…申し訳ありません…。つい楽しくなってしまって…』
我に戻ったのか彼女は申し訳なさそうに謝罪した。前から思ってたけどこの仔竜…サドッ気があるよな。
「えーと…タマネ?」
『なんですかぁ…あれはブランドもののカップなんですよぅ…。高かったのに…しくしく…』
だっダメだこれ…完全に意気消沈してる…。
(どうするのじゃラタトスク…)
(どうしましょうか…)
俺の責めるような視線に困ったようにして呟く彼女。不意にラタトスクは思い付いたように顔を上げこう言った。
『大丈夫です。そのカップはちゃんと弁償しましょう!───カエデさんが』
待ていっっ!!今聞き捨てならないことを言ったぞ!!
「ちょっ!ラタト───」
『本当ですかっっ!?』
「え?いやちょっ───」
『はい!カエデさんなら必ず!』
「まっ───」
『ありがとうございます!ああっよかった!──では、用件を御伺いしましょう』
『はい。では…カエデさん…?…どうしました?』
「いや、なんでもないのじゃ…。もうどうでもよいのじゃ…」
俺の表情にはどんよりとした暗雲が立ち込めているだろう。俺は強制的に思考を切り換えるため、これ見よがしに海よりも深~く空よりも高~く見上げるように、仰ぎながら溜め息をつく。
「ごほんっ。───では、本題じゃ。エルフを助けたい。タマネ、そなたの力を妾に貸して欲しい」
やっとのことで俺はそう切り出した。
いつでもご感想お待ちしております。誤字脱字気になる箇所などありましたら言って頂けると嬉しいです。
いつもお読みいただきありがとうございます。また次回も見てくれると嬉しいです。では、おやすみなさい!




