#26,一難
セーフと言うことにしておいてください(泣)。
少し時間が遡る。まだカエデと彼が出会う前の事だ。
「貴方のせいよガルド」
そう人を責める声が傍らから聞こえた。
「はぁ?俺のせいかよ」
「そうよ。貴方が守らないから置いていかれたのでしょう?」
「何いってんだ?お前も同罪だろうが」
「はい?」
「はぁ?」
「いい加減にしてください二人とも…」
またケンカが再発しそうになった所へ新たな声がそれを遮った。まだ幼さが残る若い男性の声だ。
「お二人がそう喧嘩するから師団長は置いていかれたのでしょう?それはお二人とも分かっていると思いますが?」
「「……」」
一番背の低い人物が二人を交互に見回しながらそう言った。彼はここでは一番歳若く戦場の経験もこの二人よりも浅い。しかし、彼はこの第二師団と言うエルフの国で一、二を争うほどの有名な兵師団で副団長と言う大きな地位に付いていた。
彼に窘められた二人は無言で睨み合ってからお互いに勢いよくそっぽを向いた。
「はぁ…」
この二人は戦場では腕はいいがその分扱いが極めて難しかった。彼が尊敬する我らの師団長はよくこの二人を勧誘したものだと常々思う。
一番大柄な彼、ガルド・アーネストは少しくすんだ色の金髪を短く刈り上げた髪型をしており、そしてその一目で分かる筋肉質な身体は前衛で何度も皆を守ってきた頼れるものだ。前衛でのタンク役。それが彼の第二師団での役割である。そして、その隣で頬を膨らましている百合の花のように線の細い女性、ソーラ・アリス・テリアは美しい金髪を片側だけで結び、高めで結われた髪が肩に流れている。そんな美人と言う言葉が似合う彼女は後衛で支援してくれる魔法職。彼女の回復魔術や支援魔術には度々助けられてきた。
そんな実力も折り紙つきな彼らだが…見ての通り喧嘩が多い。ガルドはその大雑把な性格からか面倒な事を嫌い、それを(クソ)真面目なソーラが注意する。それが何度も繰り返されて喧嘩となるのはいつもの光景だ。
今回はそれが仇となり師団長自らが動くことになってしまった。本来ならば団員が率先して動き情報収集しなければいけないところなのだ。なのに僕たちと来たら…と最年少の彼、アドス・ローウィンは溜め息をついた。
「それにしても、ここは本当に人が多いですね。興味深いものがたくさんあります」
アドスは鬱々とした気分と空気を変えようと回りを見渡す。そこにはエルフの国では到底見れない賑わいと煩いほどの喧騒に熱気。馬車の騒音や必死さを纏う呼子の声。騒がしさは祖国と似かよってはいるが、ここまでの熱気は出せまい。これはまさしく人族だけが持つ強い商売魂が生んだ産物であろう。
その中で一番目の引くものは何と言っても馬車である。エルフの国では馬車と言うものは存在しない。いや…馬車と代わるものはある───獣車だ。エルフの国では馬を使わず魔獣を使っているのだ。理由はいくつかある。エルフの森では馬は育て難いのもあるし、森の中では魔獣の方が操縦しやすいと言うのもある。結局は魔力の満ちる森では馬よりも頑丈で丈夫な魔獣の方が都合がよかったのだ。
「なんでぇ…ボロっちい馬車だな」
そんな人族の馬車を見てガルドはそう言った。
「…ガルドさん。無闇に煽るようなことは言わないでください。どこで誰が聞いてるか分からないんですから」
アドスは溜め息をつきながら注意する。
ガルドの方もしまった…と思ったのか存外素直に頷き謝罪した。多少、不満そうではあったが。
───彼が言いたいことは分からなくもない。自身たちの目の前を横切っていく馬車は数えきれないほどある。しかしながら、そのどれもがボロく脆そうに見えたのだ。だが、アドスの予想では、それは魔術を組み込んでいないからだろうと考える。魔力が通っているものといないもの、それらを比べれば歴然と丈夫さは変わってくる。エルフ族と人族とでは荷車の使う頻度は人族の方が上になるだろし。魔術を使わず、尚且つ使う頻度が高い人族の荷車。劣化が目立つのは…当たり前だろう。
アドスは傍らを擦れ違っていくある母娘を横目で見ながらこれからどうしたものかと考える。
師団長からは待機しておくようにと命令されてはいるが、ここは自身の常識が通らない異国の地。決して師団長を馬鹿にしているわけではないが…心配は心配だ。どうにか自分達も彼の助けにならなければいけない。
そう考えていると。突然それは聞こえた。
────どこに目をつけてやがんだぁっ?ああっ!?
アドスの後方から何やら大きな叫び声が聞こえた。
「す、すみませんっ」
「おいおい、どうしてくれるんだぁ?このプレートはやっとのことで手に入れものなんだぜぇ?謝ってすむと思ってるのかよ?」
「うう…それは…」
振り向くと先ほど擦れ違ったまだ若い母親が男三人に問い詰められ平謝りしていた。
三人組の内の一人。ひょろ長な男は何やら右手に握った物を母親に見せつけ、睨みを効かせて暴言を吐く。母親はそれに怯えながらも娘を自身の後ろへと隠しながら謝り続ける。
どういう状況か始めはよく分からなかったアドスだが、男の暴言を聴いている内に大体だが全容が掴めてきた。
あの母親は娘を見ていた時にひょろ長な男とぶつかってしまったらしい。その際に腕につけていたカッパープレート?らしき物を引っ掻けてしまい潰してしまったようなのだ。それに男は激怒し、母親は謝り続けていると言うことらしい。
「なんだぁ?弁償出来ねぇって言うなら身体で払ってもらうしかねぇなぁ?」
「え…?い、いやっ。やめてください!」
「ほら来いよ!」
「ママぁっ!」
「ガキは退いてろ!」
「きゃうっ」
下卑た笑いを浮かべた男はその母親の腕を掴み、声を上げた女の子を蹴り飛ばす。それに悲鳴を上げる母親に泣き出す女の子。そこまでいけば回りの人たちは気にならない筈はなく、回りに人だかりが出来そうな雰囲気になっていた。
助けてあげたい。アドスはそう思う。しかし、彼は真面目な性格から自身の主命を背くことは出来ず、自身の悔しさに奥歯を噛み締めて見ていることしか出来なかった。
しかし、アドスは突然のことでつい忘れていた。面倒事が嫌いな癖に理不尽なことが起これば首を突っ込む。優しい…と言えば聞こえはいいが、後のことは考えず言葉よりも先に手が出るタイプ…。そんな彼が、こんな状況を見て…大人しく黙っている筈がない。気づいた彼が振り向くとそこにはもうその人物はいなかった。
「てめぇ!なにを────」
「うるせえよっ」
そんな声が聞こえたと同時に、ひょろ長の男が投げ飛ばされる。男はその場で一回転し、頭から地面へと落下する。受け身をとれなかった男は意識を手放し、落ちた状態のまま沈黙してしまった。
それはあっという間の出来事。アドスもソーラも止める間もなく。投げ飛ばしたガルドはふんっと一つ蔑むような視線を男に投げると踵を返しこちらへと戻ろうとする。しかし───そう簡単に済む筈がなかった。
「───おいゴラァ!!待ちやがれてめぇっ!!!」
三人組の一人。妙な沈黙から回復した大男は仲間を投げ飛ばした張本人。ガルドへドスの利いた大声を上げ肩を掴む。しかし───
「ちぃっ!!」
男は舌打ちをしたかと思うと勢いよく後退し、悪態をつく。大男はガルドが放った高速に近い回し蹴りを咄嗟に避けたのだ。避けられると思ってなかった彼はそこで意識を切り替え、身体を男に向けて真っ向から睨み付ける。
「おいおい…。何者か分からねぇがいきなり攻撃してくるなんてなぁ。これは俺達に喧嘩を売ってるってことでいいんだろぅなぁ??ええっ!!?」
大男はガンを飛ばし威圧感を放つその声で聞く。それは最終通告。間違った答えを返せば本格的な戦闘になってしまう。
「待ってくださいっっ!!」
アドスは即座に声を上げた。ガルドと男の間に彼は割り込む。
「なんだてめぇは!こいつの仲間か!」
「アドスっ止めるんじゃねぇ!」
「止めますよ!!何しているんですかっ!僕たちのすべき事はこんなことではないでしょう!!」
キッと彼はガルドを睨み付け、下がるように命令する。
「だけどよっ!!」
「駄々をこねないのガルドっ!ほらっ早く来なさい!!」
まだ納得出来ず乗り出すガルドに後ろから現れたソーラが耳を引っ張り、強制的に下がらせる。
「今度はチビが相手か?ああ??」
「………」
睨みを利かす大男はアドスを見下ろしてそう言う。アドスは無言でそれを聞き、一泊置いてから口を開いた。
「申し訳ありません。ぼく…私たちにはあなた方と争う気はありません。私の仲間が迷惑をかけたことは謝りましょう。しかし…そちらも少々度が過ぎているのではないでしょうか?力ないものから強引に奪い取るのは…そんなに楽しいですか?」
アドスは見上げる形になりながらもその大男に臆さずにしっかりとした口調でそう言い切る。
「ほう…いってくれるじゃねぇか。だがなぁ、俺たちには正当な理由があるんだぜ?」
そう言って男は気絶しているひょろ長男の右手を指差す。正確には握っている物の事だ。
「俺の仲間がやっとのことで手に入れた“カッパープレート”をその女が壊しやがったんだ。ここまで上がるのは凄く苦労したんだぜ?その苦労がお前ら見たいな余所者に分かるか?ああ??」
「………」
アドスはそれを聞きまたもや沈黙する。その“カッパープレート”とやらがどういう意味を持つものかは分からないが…この話から考えれば相当貴重なもののようだ。彼はチラッと後ろの親子を盗み見る。彼女は娘を優しく抱き止めながらこの行く末を見守っている。自分達ではどうしもうもないと理解しているようだ。ここで逃げてしまったら…この母娘は…。
「私たちには…あなた方の苦労は残念ながら分かりません。ですが、だからと言ってやっていい訳が───」
「─────うだうだとうるせえんだよ」
アドスの言葉が打ち消される。それは今まで黙っていたもう一人の男性の声。毛のないスキンヘッドの頭に大男と同じぐらいの筋肉質な体型。しかし、その眼帯つきの厳つい顔面からは如何にも歴戦の戦士と言う威圧感を放っていた。アドスの額に冷や汗が流れる。これは…本当に不味い。
幾度の死線を越えた戦士は独特な雰囲気を持つと言う。エルフ族の中でもまだまだ若者なアドスでも理解できる。この人物は先の二人よりも強い。そして…間違いなく強者である…と。
「なんだ小僧。俺達に文句付けるなら、先に俺達の仲間を投げ飛ばした奴に落とし前はつけさせてもらわねぇとな」
「うっ…それは…」
不味い不味い不味い不味い不味い!
アドスは慌てながらもどうにか切り抜けようとその頭を悩ます。しかし、どうしてもどうやれば切り抜けられるか分からない。エルフ族の常識がここではどこまで通るか分からないし、そもそもエルフと悟られてはいけない時点で手詰まり感がある。どうすればいいどうすれば……────
「少し待ってくれ」
唐突に聞こえたその声はアドスにとって救世主のように聞こえた。いや、実際にアドスにとっては救世主なのだ。───それは、待ちわびたと言っても過言ではない頼れる師団長の声だった。
いつでもご感想お待ちしております。
今回なかなか…動かせなかったですね…。区切るところが…分からなくなってしまって…。次回は主人公出場する予定です。
盆休み中に書き貯めしたいな~と思いつつ…そこまで上手くいかないですかねぇ…。
今回もありがとうございました!誤字脱字矛盾点など気になるところは言ってもらえれば助かります。では、よろしかったらまた次回もっお会いしましょう。