#23,転動する世界
暑い…。
───この世界で大きな転機が訪れた。
天に輝く“戦闘結界”。それは始まりの町と有名な“アルバ”の直上で形成された。“魔女”によって強力に隠蔽されていたそれだったが、強大すぎる魔力の波動は完全には止められない。
二つの大国。帝国と王国は世界の中心地でもある町にそんな危険なものが突如現れたことにとても驚いた。“アルバ”を牛耳る冒険者ギルドの陰謀かとも思われたが、そんな怪しい動きをしていたと言う報告は一切上がっておらず、そもそも帝国側は今現在アルバ支部の冒険者ギルドを纏めているギルドマスターは本部に向かっており、不在だと言う情報は既に入手している。それだけに帝国の上層部は帝国の軍力を緊急編成するほどには…慌てていた。
一方、王国側では情報の真否を探るため動きだし、王国側でも対応できるようにと急遽戦力を纏め上げていつでも動けるようにと準備し出していた。
そして、その列強国の二つが準備している間に、もう一つの国が密かに動き出していたのだ。それは我が神を信じるものが集まり作られた信者のみの国──“聖フォルストゥナ信教国”。通称、教国である。教国は帝国の隣に位置する険しい山岳地帯を聖地とする国で、もともとはフォルストゥナ教団と言われる信教者の集まりであった。しかし、ある時から突如、信者が増えだし勢力を極端に増加させたのだ。それからと言うもの所構わず帝国や王国にしゃしゃり出ては“魔女”の存在と接触した者を捕らえると言う一方的なやり方を始めていった。しかし、そんなやり方を二大国を初め他の国々が許すはずがない。当初は教国のやり方を規制する為、帝国と王国、二国の騎士団が動いていたのだ。が、それも唐突に止めざるを得なくなった。何故なら、二国の軍勢が手も足もでない“天魔”の存在と…それと同時に出現する“黒疫の魔女”に教国の“聖堂騎士団”と“聖竜騎士団”しか対抗できなかったからだ。
決して二国の騎士団も長らく平和が続いたからと言って、形だけの能無しでもなく、弱いわけでもない。だが、教国の戦力は何故か天魔に有効だったのだ。教国はその利点を生かし、帝国と王国、二つの強大な大国を黙らした。この二つが黙ってしまえば後はどうとでもなる。教国は正式に国として宣言し、その力を世界に示した。王国は教国を黙って黙認し、帝国に至っては“魔女”の脅威を沈めてくれるなら協力すると言う同盟まで結んでしまった。それが今の…否、今までの二つの大国と教国の関係である。
話をもとに戻そう。そんな“魔女”と言う存在にある意味肩入れする教国がこんな世界を揺るがす魔術に動かぬはずはない。教国は自身の精鋭たる“聖竜騎士団”を躊躇いもなく動かした。それがまあ…運悪くカエデと接触したのは言うまでもない。聖竜騎士団はこの時始めて標的を捕り逃し、空上最強と言う名に汚点を作った。
そして───その明くる日。世界に激震が走った。
───帝国が“ヘルメス条約”を破棄し、エルフの国“アストリア”と同盟を結んだのである。
この日から帝国と教国の関係が大きく変わることとなった。
長く白い髭を生やした老人が溜めた息を吐き出す。白を基調としたローブを羽織る老人はその自慢の髭を撫でながら目の前の書簡を見つめる。
『聖フォルストゥナ信教国との同盟はこの時より撤回し、“天魔”及び“魔女”討伐の補助を本日より打ち止めとする。以降の駐屯中の騎士団は順次撤退し………────』
見れば見るほど気分が悪くなってくる。それは帝国からの簡易的な書簡。あの気に入らない皇帝の脳にはカビでも生えているのかと老人はこの書面を読みながらそう思っていた。あの“亜人”と正式な同盟を結び、尚且つ教国とは同盟を破棄するだと?頭が腐っているとしか言いようがない。
「これはお前たちが招いた結果だろう。どうする気だ?」
嗄れた声で話すその老人。教王は年齢に合わないその鋭い瞳を目の前の人物に向ける。それはこの白で纏めた部屋には到底似つかわしくない暗い色のマントを被りフードで素性を隠した人物がいた。怪しい人物。そう言われても仕方がない存在であった。
教王はその人物を信じている訳ではない。そもそも教国の頂点たる教王の御前で顔も出さない存在など端から信じるに値しなかった。教王はそんな威圧も込めてその人物に言葉を放つ。その人物はそんなことも意に返さず、飄々と言葉を紡いだ。
「何もしないわ。私たちには影響ないしね」
「……お前たちのことなど聞いていない。これでは亜人どもがこちらに入ってくることは時間の問題だ。それはお前たちにも疎ましいことではなかったのか?」
その高い声色で言葉を話す目の前の人物に教王は問いかける。
その謎の人物は声からして女性であった。今の時代、素性を隠すならばその自身の性別も隠すのが主流であった。況してや自身の声で性別がバレてしまうなど言語道断である。通常ならば魔術で声も変えることで性別を判断できないようにするべきであった。こういう状況の場合…徹底して素性は隠すべきなのである。しかし、目の前の人物はどうだ?顔は隠しているが声は隠さず、チラチラと見えるその腕や足からは褐色の肌が見え隠れしていた。まるで面倒なので最小限だけして会いに来たという風な…そんなふざけた雰囲気の人物なのだ。そして何より…その褐色の肌は──“ダークエルフ族“特有のもの。目の前にいるこの女性は、私たちが一番に嫌う──“亜人”なのだ。
(…腹立たしい。それを隠しもせず、教国に入り込むなど…本当ならあり得ないことなのだが…)
教王は思う。この目の前の女性を殺してやりたいと。しかし、今はしない。こいつは利用価値がある。実際、この女性が来てからというもの。突如発生する“天魔”の動向を…まるで見てきたかのように知っていたり、神に仇なす存在である“黒疫の魔女”の出現場所を特定したりと…世界を侵す魔物どもを減らす手助けとなっていた。
ダークエルフはエルフとは犬猿の仲である。この二族は古から仲が悪く、歴史上何度も小競り合いを起こしてきた種族だ。ダークエルフ族は帝国と同盟を結ぶエルフ族を妨害し、“天魔”の出現を利用して滅亡させようとまで画策していた筈だったのだ。───私たち教国の手出しを…遮ってまでだ。
「問題ないわ。策はもう打ってあるもの」
女性はポツンとそう言った。
「…何?」
「策は何重にも張るものよ教王さま?」
教王は眉間に皺を寄せ聞き返すが、彼女は声に抑揚を込めて返答する。それは少し小馬鹿にしたような声色だった。
「教国は捕り逃した“魔女”を追っていればいいわ。教国の精鋭たる“聖竜騎士団”の汚名は拭いたいでしょう?」
「………」
その彼女の言葉に教王は無言で睨み付ける。その威圧感は人を震え上がらせるものであったが、彼女は意に返さず、圧し殺した笑い声を出す。
「それじゃ、私はこれにて失礼するわね。お元気で教王さま」
そう言って女性は踵を返して出口へと向かう。と、彼女が扉を開けたところで足を止めた。
「───あ、そうだ。この部屋の呪術は壊しておいたから意味ないわよ?そんな低レベルなものじゃ私には効かないから覚えておきなさい」
「────っっ!!!!」
教王は始めて表情を崩す、それは驚愕の表情。
「私に掛けるならもっと高レベルな呪術を用意することね。それこそあの“紅狐”ぐらいのを…──いやそれは無理か。それじゃ、また会いましょう?教王さま」
パタンと扉を閉め彼女は今度こそ部屋を後にする。部屋に一人残された教王は苦虫を噛み殺したような表情をし、何分か考え込んだ後、その豪奢な椅子から立ち上がった。
ーーー
白い大理石を切り抜いたような長く大きな廊下を音もなく歩くフードの女性。その何もない後方からストッと何かが降り立つ。それは女性と同じような格好をした人物。しかし、その人物は白くしなやかな尻尾を揺らしながら前の女性に声をかけた。
「あれで良かったのかにゃ~?なんならあのムカつく顔に鉛玉ブッパしてやったのににゃ~」
「殺しちゃダメでしょ。まだこちらとしても利用価値はあるんだから。あなたは目立つんだから早く元に戻ってなさい。見つかったらややこしくなるでしょ」
女性は後ろを振り向かずにその人物に言う。その特徴的な口調で話す人物は嫌そうにこう返す。
「えー。面倒くさいにゃ~。このスキル魔力使うからしんどいのにゃ」
「魔力使うのは大抵同じでしょ。うだうだ言ってないで早く戻りなさい」
女性は再度忠告するとある有名な愛玩動物のように「うにゃ~」と唸ってから気配が消えていく。それはまるっきり姿を消す隠密スキル。この世界ではここまで影も形も消すまでに高レベルなスキルの使い手はいない。これを見ただけでもその者が相当な高レベル保持者と言うことが分かる。
その消えた人物を無視し、彼女は出口へと歩く。今日はどんなお酒を飲もうかしらと思案しながら…。教国の聖域──天堂宮からその“亜人”は去っていった。
と、こんばんは。今回は主人公空気ですが…仕方ないですよねはい。今回は説明会的な感じで書きました。出番は次回でしょうかね?
次回は一週開くかと思われます。というもの少々追加したい閑話がありまして、予定的には追加してから次にいきたいな…と。ナンバリングが少々ずれてしまうのが気がかりですが…仕方ないですよね…。後、ちょこちょこと修正したいとも思っているので最新話はそれ以降となります。なるべく早く投稿したいとは思ってますのでよろしくお願いいたします。自分としても早く書きたいところがもうすぐなので…お風呂シーンとかw…。
と言うわけで今回はここまでです!ここまで読んでくれてありがとうございました!何か気になる点があれば一言言ってくれると嬉しいです!誤字脱字矛盾点もありましたら言ってくれるとめっちゃ助かります!
では、またよかったらお会いしましょう!