【閑話】一方その頃
少々割り込み投稿しますよー。
地下牢から突如消えたカエデ。ラタトスクにその事を聞かされたタマネは急いでエントランスへと戻る。と、その道筋でラタトスクは異常なほどの魔力の波動を感知する。それは古代魔法の一種である“戦闘結界”。
「バトル…フィールド?…ですか?」
「はい。神が造った魔法で、今では失われた古代魔法の一種です」
「古代魔法っ!?それって“宮廷魔術士”が目標とする境地ですよっ?何故そんなものがここにっ!」
タマネは驚愕の表情をその綺麗な顔に張り付けながら叫ぶ。彼女はすぐに取り乱したことに気づき、ずり落ちた眼鏡を直してラタトスクを見やった。
王国の“宮廷魔術士”。それは王宮が認めた高レベル魔術士が集まる、魔術研究組織である。その魔術の道に長けたエリートたちが掲げる境地こそが、この神が造ったとされる“古代魔法”なのだ。
「…と言うことは、犯人は宮廷魔術士だと言うのですか?」
「いえ…犯人は恐らく“黒疫の魔女”でしょう。これは予想に過ぎませんが…カエデさんを捕らえるために展開したものだと思われます」
「…か、カエデさんをですかっ?」
タマネは“魔女”の恐ろしさに驚愕する。魔術の境地をこんな簡単に発動させることが出来るのかと。そしてそれと同時に一つの疑問も浮かび上がった。
「“魔女”が古代魔法を使うのも驚きですが…それを使ってでも狙われるカエデさんは一体…」
ラタトスクの言葉によると古代魔法が展開されたのはカエデが転移魔術に飲み込まれたすぐ後の様だ。ならば、古代魔法を使った理由はまさしく“カエデ”と言う人物にあるのではないか。“魔女”と対等に戦い。そして古代魔法まで使わせるあの狐の女性は一体何者なのだろうか。そんな疑問がタマネの脳内を駆け巡ったのだ。
「それについては、答えることが出来ません。申し訳ありませんがこれも他言無用でお願い致します」
「えっ…?は、はい」
とても事務的な答えが返ってきた。それにはいつものラタトスクらしさがなく、抑揚のない言葉だった。それに彼女は戸惑いながらも頷く。
そうこうしている内にエントランスに出た二人はすぐに声をかけられる。
「あ!副ギルドマスター!大変です!大変ですよっ!」
「何があったんですか!?」
「そっそれがっ!」
戻ったタマネはすぐそばにいた若い受付嬢から状況を聞く。わたわたと慌てる彼女はどうにか状況を伝えようと口を開いた。
「超巨大な魔術がっアルバ直上に出現して!騎士団も慌てて動き出したらしくてっ」
事態はこうだ。突然発生した巨大な魔術がアルバ直上に存在し、帝国と王国が慌てているらしい。アルバにある騎士団駐屯地。そこから騎士団が動きだし、町全体に展開しようとしているようだ。帝国側と王国側、簡単に言うと東と西に騎士団が別れて陣取り、既に町の出口を封鎖してしまっているらしい。
(っ!今は肝心なギルドマスターが不在…下手な動きをすれば足元を掬われかねない…迂闊に動けませんね…)
タマネは頭を悩ます。ギルドマスターが不在の今、自身がここの頭である。冒険者ギルドは自身の成り立ちから立ち位置が曖昧だ。もし対策に出遅れた場合、慎重に動かないと危険なこととなる。
(…ここは冒険者を集めるべきでしょうか…)
冒険者にも“緊急招集”と言うものはある。通常は魔獣の大量発生だったり危険指定魔獣の討伐など…。“渡り人”が存在したときは“天災”級の魔獣をも討伐していたらしい。緊急招集はこう言う緊急時にこそ使うべきものなのだが…少し問題があった。
(今回に限っては…過去に一度も例を見ない事件です…。招集して良いものでしょうか…)
きっちりとした目的があれば招集できる。しかし、この今回の現状では招集したところで何も出来ず、報酬も出ずに待機しているだけという状況になりかねなかった。それではいけないのだ。正式に国に雇われている騎士団とは異なり、冒険者ギルドは民間会社の延長上となる職業だ。報酬があってこその冒険者であってボランティアで働くものではない。冒険者は確固たる討伐対象や目的がなければ動かし辛いのだ。そもそも…報酬が発生しない依頼など冒険者が我慢できる筈がなかった。
「………」
「副ギルドマスター?…だ、大丈夫ですか?」
「…大丈夫です。貴女は受付で待機しておいて下さい。この件は私が受け持ちますから」
「わ、わかりましたっ!」
タマネは少し苛立ち気味に受付嬢に伝える。少女は勢いよく頷くと顔を蒼白にしながら慌ててその場を離れていった。
『タマネさん。大丈夫ですか?』
人が離れたのを見計らってか、着いてきていたラタトスクがカウンター裏から隠れるようにして顔を出している。あまり目立ちたくないのだろう。その白い体躯は余りにも目立ちすぎる。主人がいないこの状況では自身がどうなるか分からない──珍しい白い仔竜。下手をするとその貴重さから狙われる可能性だってあるのだ。あの仔竜はその事を重々承知しているらしい。
タマネはラタトスクに自身から寄せるようにしゃがみこみ仔竜に近づく。
「どうしましたか?ラタトスクさん」
『はい。少々心苦しいのですが、私はここを離れようと思いまして。タマネさんを助けてあげたいのは山々ですが、それよりも私は主人をどうにかしなければなりませんから…』
仔竜は申し訳なさそうに言う。
「! そうですか…。いえ、その方がいいでしょう。ここは冒険者が集まる場所です。貴女に何かがあっても保証できません。ましてやカエデさんはまだ冒険者登録も出来てませんし…」
タマネは悩みながらも同意する。本当は情報通なラタトスクにはいてもらいたい所だった。しかし、ここにその主人がいるわけでもないし、そもそも今まで普通に会話していたが相手は只の魔獣である。ここは冒険者ギルド。普通なら主人もいない魔獣は危険極まりないものなのだ。はっきり言って…見つかればどうされるか分からなかった。
『では…ここはタマネさんにお任せします』
「あ、待ってください。お送りしますよ」
『…いえ、大丈夫です。こういうのは馴れていますから。それに───お客様も来たようですよ』
「え?」
ラタトスクの言葉に彼女は立ち上がって振り向く。そこには見知った顔があった。
「何してるの?こんなところに座り込んで」
「リーリ…」
それは長い金髪を後ろに一括りに纏め、ギルドの制服をきっちりと着こなした大人の女性。タマネとは同期に当たる数少ない友達の一人だった。
「いえ、何でもありません」
「??…そう?」
彼女は少し不思議そうに首を傾げたが追求はせず、それよりもと話を切り出す。
「少し気になる情報があってね…貴女に先に伝えておこうと思ったのよ」
「気になる情報…?」
「ええ。…教国が“聖竜”を動かしたって」
「!! 本当ですか!?」
タマネは驚いて聞き返す。それに彼女は神妙に頷き返し、言葉を続ける。
「あの教国がこんなに早く精鋭を動かすなんて…滅多にないことよ?」
「……そう…ですね…」
教国は人類の共通の敵である魔獣や魔物を討つことを目的としている。それだけなら冒険者や二国の騎士団となんら変わることはないのだが、教国の“騎士団”は女神を唯一神とし対する“黒疫の魔女”と呼ぶ異形の怪物を滅し、その僕たる“天魔”をも滅ぼす為にある。…らしい。詳しいことは分からないが、教国が誇る精鋭を躊躇いもなく動かしたと言うなら…“魔女”が絡んでいるのだろうと想像がつく。ラタトスクに言われた言葉が半信半疑だったタマネはこれで納得せざるを得なくなった。
「タマネ…大丈夫?」
「…大丈夫です。少し頭痛がしただけですから」
彼女には珍しい軽口を叩きながらタマネは邪魔な前髪をかき上げる。ギルドマスターが不在の間になんて面倒くさい案件に出くわすのか…。厄日ですかね…と心中で呟いたタマネはそれを口に出さず、かわりに溜め息を吐く。その大きな溜め息は彼女を少しばかり落ち着かせてくれた。
「心配してくれてありがとうリーリ。でも大丈夫。これぐらいはどうにかして見せます。少なくともギルドマスターが帰ってくるまでは」
「そんなに気負わないでね?と言っても無理でしょうけど…。わたしに出来ることがあったらいつでも言ってちょうだい」
「ええ。…分かりました」
タマネが頷くとおっとりとした彼女はにっこりと笑顔を見せて頷き返す。その親友の笑顔にタマネは少しの安心感を得ることが出来た。
「それじゃ。わたしは戻ってるわね」
リーリは金髪を靡かせて踵を返し、奥へと戻っていく。
それを見てタマネはほったらかしていた存在を思い出し、慌てて振り向く。しかし、そこにはもう何もなく影も形もなかった。どうやら馴れていると言う言葉は嘘でも冗談でもなかったらしい。
「ラタトスクさん…。はぁ…今は人の心配をしている場合ではありませんね」
彼女は気持ちを切り換えるためにもう一度大きな溜め息をつく。そうして彼女は自分の出来ることをやるためにその場を離れていった。
ーーー
白い竜はその小さな身体を使って開いた小窓から姿を現す。外はもうすっかり日が落ちて薄暗い。今からは闇が支配する時間だった。その中でラタトスクは人の居ない場所を見つけ、こそこそと見つかりにくそうなポイントを探し出して陣取る。
『───術式に異常あり。特殊個体に伝達不能です───』
闇に光るホログラム。誰もいない冒険者ギルドの屋上で一つの小さな影が悪態をつく。
(やはり…駄目ですか…)
ホログラムの仄かな光を微かに照り返す白い鱗。そのサファイアの瞳には苦々しい苦悶の色が見てとれた。
彼女は再度画面を入力し、様子を窺う。しかし───
『───術式失敗───伝達不能───□□警告!□警告!□□特殊個体の存在力低下───危険領域に達しています!───』
(────っっ!!?)
彼女は小さな瞳を見開く。唐突の警告に彼女はどうにかしようと自身の出来る範囲で動き出す。
(まさか…ここまでしてくるなんてっ。油断していました…これではカエデさんがっ───)
特殊個体が捕らわれた場所は既に分かっている。“次元同調時間軸”に幾多に行われてきた戦闘術式───“戦闘結界”。それを易々と乗っ取られて利用され、その上特殊個体を捕らえる檻として使われる。捕らわれた特殊個体は存在力が低下し、危険な状態である。このままではその存在ごと消滅しかねない状況であった。
(主人からは応答ありませんか…。…私がどうにかしろと…そう言う意味でしょうかね…)
確かにこれを招いたのは他でもない自分自身である。サポート役である自身が油断しなければこんなことにはならなかった筈だ。しかし…今の彼女の権限ではどうしようもなく限界があった。余談だが、もしこの場にいるのが他のサポート役だったとしても同じことになっていただろう。しかし、真面目な彼女は自分自身を責め、仮の主人を救おうと画面に向かう。自分に出来ることは今はこれしかない。どんな強力な魔術を持っていたとしても、皮肉なことに今は意味がないのだ。
彼女は小さな身体でどうにかしようと躍起になる。と、そこで気になる言葉が画面に写し出された。
『────“戦闘結界”に術式攻撃されています───侵入経路不明───』
(───っ!?どういうことですかっ!?第三者からのハッキング!!?)
それは予想だにしない出来事だった。突然現れた自身とは別の介入者。それが乗っ取られた“戦闘術式”に攻撃し、侵入しようとしているのだ。
(次から次へと…ですがこれなら───)
彼女はその介入者の尻尾を追うように侵入を開始する。その者が開けた術式上の小さな穴。どういう術式で開けたかは確認が取れなかったが、彼女は早すぎてもはや見つけることも出来ない介入者の痕跡を追う。
(神が作った術式を…ここまで素早く突破出来るなんて…。危険すぎますね…)
彼女はその事実に感心し、同時に危惧する。この世界では神が作った理がある。それはどんな世界でも同じことだ。そのルールをここまで綺麗に突破できる能力を持っているその介入者。それはまさしくこの世界の禁忌に触れる程のもの。───“危険人物”。それが彼女の…その第三者に向けての評価だった。
(今はとにかく後を追いましょう。考えるのはそれからです)
彼女は一旦その思考を打ち切り目の前に置かれたやるべき事に集中する。ホログラムから出る光はその白い竜の身体を照らし、暗くなった夜闇に微かな影を作り出していた。
いろいろ気になる言葉が出てきましたが…まだスルーでオーケーです。はい。スルーしておいてください。