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#2,それは唐突に

 か……かな……


 うっすらと何かが聴こえる…誰か呼んでいるような…そんな声が微かに聴こえてくる。


「奏!いい加減に起きなさい!!電車に遅れるわよ!?」


「マジで!?」


 その声に俺はすぐさま覚醒し、悲鳴を上げる。もうすぐ7時半になるところ…いつもならもうすぐで家を出ている頃合いだ。


「うぎゃあ!?足の指打ったぁ!?」


「ちょっと大丈夫!?気を付けなさいよっもう…」


 慌てすぎて棚の角に小指をぶつける俺…本当に不甲斐ない…。


「そっそれじゃあいってきます!」


「気を付けるのよ!いってらっしゃい!」


 迅速に着替え適当なパンを口に放り込み俺は玄関の扉を開く。

 後ろから聴こえる母の声を背にし、俺は外へと飛び出す。

 相変わらずな嫌な日常が今日も始まろうとしていた。



 ◆◆◆



 俺の名前は天野奏(あまのかなで)。今年で23の何処にでもいるしがないサラリーマンだ。人見知りな俺はやっとのことで入った会社が案の定ブラックであり、自身の家庭の事情から嫌な会社を辞めるに辞められなくなってから早3年がたってしまった。朝8時から出社し、退勤はいつも終電間近。有給なんてありはせず、意見を言っても聞いてくれやしない。社長曰く早く帰りたいなら早く仕事を終わらせろと言うことらしい。いや、まあそれが道理なんだろうけど…そもそも人数が足りてないのを補充してから言ってもらいたい。…とか、文句ぐらい言えたものならいい方なのだが。先にも言った通り俺は極度の人見知りに付け加え口下手だ。文句を言ったところで負けるだけだろうし、意見を言っても揉み消されるのが落ちだ。


「はぁ…憂鬱だな…」


 俺は又もや終電になった電車を降り、家へと帰宅する。0時を過ぎればやはり人気はなく、時折車が俺の横を通りすぎる程度。もはや見慣れた夜中の道を俺は何の気もなく歩き、自身のマンションへと辿り着く。


「ただいま…ってまあ寝てるよねー」


 暗く静かな家の玄関口で独り呟く俺。母親はもう既に寝ているようだ。

 

 その光景に俺は一つ大きなため息をつき、いそいそと靴を脱ぎ自身の部屋へと入って行く。

 この頃はいつもそうだ。と言うか早く帰れたのはいつ以来だったろうか…。年末ぐらいだったかな…?


「いつものことだけどさ…」


 俺はやるせない気持ちになりながらも外行きの服装を脱ぎ捨て、お風呂と遅い夕飯と就寝の準備を進めていく。


「お、そうだ。ログインだけでもしておくかな。誰かいるかね~?」


 俺は布団の上でPCを開き、ゲームのアイコンをクリックする。流石に今日は遅いのでクエストやら素材やらを掘りに行くことは出来ないがログインだけはいつもしているのだ。


「んん??…珍しい…パーティーメンバーが誰もいないなんて」


 いつものメンバーがいない。それに首を傾げながらも俺はフレンドリストを確認するが今日は極端にインしているプレイヤーが少ないみたいだ。


「まあ…平日だし…この時間帯だしな…。こんなこともあるか」


 俺は特に気にもせずログインという目的は既に達成しているのでメインメニューからログアウトの文字を探す。そこで俺は気になるものを見つけた。


「あれ…アイテムストレージにNEWアイコンが出てる…プレゼントとかあったけ…?」


 俺は気になったそれを確認するためアイテム欄をクリックする。


 水晶玉───シンプルにそう書かれた新たなアイテムが追加されていた。


「??? なんだこれ…?何かの強化素材か…?」


 聞いたこともない名前に俺は疑問に思いながらもそれにカーソルを合わし詳細を確認する。



 《効果・????


  使う──使わない》



「使えるんだこれ…でも効果がかかれてないな」


 不気味なほど淡白に不思議なほど単純にポツンとあるそのアイテムは異常なほど異様さと異質さを放っていた。


「……捨てるのも勿体ないし、使っちゃうか」


 俺は何の気なしにそれを使用する。


『水晶玉が使用されました』


 その文に次いでもう一つ文章が流れる。それに俺は目を見張った。



 ───入れ替わりたいですか?───



「…は…?入れ替わる??何の話だよ…」


 俺は意味の分からない一文に眉間に皺をよせ悪態をつく。

 『はい』も『いいえ』もなくキャンセルすら出来ないそれは俺のディスプレイのど真ん中に居座り消えそうもない。


「えええ…ここに来てバグかよ…はぁ…」


 どうすればいいか分からず俺はしばしそれを見つめるが解決法が見当たらない。


「……強制終了しかないかなぁこれは…」


 俺は盛大にため息をつきながらそのまま固まったPCの起動ボタンに手をかける。


「…替われるなら替わりたいけどね…」


 俺はボソッと独り呟く。まあ、替わると言っても母親を置いていけるわけがない。本当の本当にその言葉は出来心で、つい言ってしまった言葉で自分の家庭やら状況やらを含めて考えれば"ノー"と答える他ない。確かに俺はファンタジーな世界に行ければどれだけ楽しいだろうと何度も思ったことはある。だが、本当に行くかと聞かれれば否定するだろう。


「あれっ?消えた??」


 唐突にその陣取っていたバグが消える。マイキャラも異常無さそうで通常通り動かせるようだ。


「あ~よかった。強制終了はしたくないからねぇ…結局何か分からなかったけど…」


 何の効果も変化もなく、本当に水晶玉と言うアイテムがあったのかどうかさえ分からないほどにいつも通りに戻ったゲームにほっと胸を撫で下ろしながら俺はセーブしてゲームを終了させる。


「くぁ~…眠い…。明日も早いし寝るかぁ」


 俺はそそくさと布団に潜り込み瞼を閉じる。相当疲れていたのか俺はすぐ意識を手放し夢の中に落ちていった。




 ◆◆◆




 真夜中…大抵の人間が寝静まった町のマンションの一室。その部屋の主も寝息をたて、電気も消されている暗い部屋で一つ、光を放っているものがあった。

 PCだ。電源も落とされ"オフ"になっていた筈のそれは閉まっていなかったディスプレイに何にかの言葉を写す。


『状況確認──承認───肯定。召喚魔方陣展開───承認。対象の意識低下を確認。対象の了承を確認。魔方陣展開を確認。全召喚行程完了───召喚可能』


 ディスプレイに幾何学的な文字が乱雑し、これにより光が明滅し辺りに光を撒き散らす。


『召喚了承──魔方陣起動を確認──これより"カエデ"を依代に"天野奏"を召喚します』


 ディスプレイが一際明るく室内を覆うように輝く。その瞬間そこに書かれていた一文はこうだ。


 ───ようこそ。ファンタジックワールドへ───




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