#18,黒疫の魔女
唐突に投稿!ぽいっ!
日の光さえ射し込まない。湿気が立ち込めジメジメとしたその暗い通路は唯一の光源たる蝋燭が間隔をあけ壁に吊り下げられその揺らめきが一層妖しさを醸し出す。
地下牢。それは犯罪を犯した者を閉じ込める為の牢屋。冒険者ギルドにある地下牢は主にその犯罪者の措置が確定するまでの期間、幽閉する為に使われている。犯罪者は自身の刑罰が確定して初めて罪人となる。罪人となった者は順次地下牢から出されその刑罰にみあった場所へと連れていかれる。その為、ギルド内の地下牢は静かでどちらかと言えばまだまだましな方だった。両国の騎士団の牢獄には囚人たちがひしめき合っているらしく、本国まで行ってしまえば奴隷落ちはほぼ確定される。奴隷の数は減少傾向にある。しかしながら、昔から根付いた悪政はなかなか消えないものだ。
そんな静かな地下牢に一人。最低最小限の設備と暗い牢屋の中に…腕に“制限の手錠”を嵌められた男性がいた。もともと鎧を着ていた彼は当然の如く剥ぎ取られ武器もない。“制限の手錠”をかけられた彼には外からの接触がなければこの牢屋から出ることは叶わない。
「くそっ!」
男は吐き捨てる。冷たい石でできた壁を背に男は床に座り、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「なんで俺がこんな…くそっ!」
彼は何度も何度も悪態を吐き捨て、幾度も込み上げてくる苛立ちと怒りをこの場にいないある人物に投げつける。
(本当なら…破格の報酬でこんな辺境からおさらばな筈だったのに──それもこれもあの亜人どものせいだ!)
自身を捕まえたその人物。それは彼が最も嫌う亜人種──獣人の女性とエルフの少女。特にあの赤いヒラヒラした民族衣装を纏う獣人は彼を貶めた張本人だ。男は自身の行き場のない怒りを言葉で吐き捨て、やりきれない苛立ちを床に腕を打ち付けることで自身を保っていた。
「くそっ!くそっ!くそったれ!!」
がん!と打ち付けるその手は血が滲み、鍛えられた男の手が痛々しく赤く腫れていた。
キィ──────
そんな地下牢にうっすらと金属音が響いた。掠れて消えてしまいそうなその音は男の耳にも届く。
「…なんだ?」
ここに人が来ることは少ない。朝と昼、夕方に一度ずつ監視役のギルド職員らしき人物が質素な食事を持ってくるだけでそれ以外は静かなものだった。食事の時間でもないここに人が入ってくることはまずなかったのだ。しかし…例外と言うこともある。もしかしたら他の囚人にようがあるのか…それとも──早くも自身の刑罰が決まったか…。
おかしい───男はそう思った。
何か変だ。違和感が否めない。
先ほど地下牢の扉が開いた音が聞こえた。しかし、それからと言うもの…全く音が聞こえないのだ。
囚人を収容しておく地下牢はいくつかある。自身の牢屋は奥の方にあるものだった。ここに入れられる時に他の牢屋を横目で確認したが誰かが収容されているものはなかった。まだ奥にもいくつかあるようだが静かすぎるのでいないのかと思っている程だ。
足音が聞こえない。静かな地下牢は歩くだけで反響する。戦闘のプロだった彼に聞き取れない筈がなかった。だが…待っても待っても…何も聞こえてこない。
(なんだ?聞き間違いか?…それはない筈だが…)
彼はその場から立ち上がる。それは只の興味本位。気になっただけの行動。
男は鉄格子に近づく。一歩、二歩、三歩───首を掴まれた。
「──がっ!?!?」
一瞬で鉄格子の間から伸びてきた黒い腕。それは容赦なく男の首を締め付け持ち上げる。
「ぐ…がっ!?がぁぁぁっっ!!」
男は叫びバタバタともがくが重い筈の男はどんどんと宙に吊り上げられ、その体重が首を一層締め付けていく。
「──おっ…おまっ…ぐ…おまえっはっ!」
男はその人影を見る。そのフードの暗闇からうっすらと見えるその紫の双眸。それは前に見たことのあるもので───
ゴキッ──何かが折れる重音。それと共に男の意識は途切れた。
ーーー
俺は刀を振るう。赤い斬閃、残光が横凪ぎに扉を断ち切り自身の蹴りで内側に吹き飛ばす。その衝撃で辺りに埃が舞い上がる。
「ここじゃな!地下牢とやらはっ」
俺はやっとのことで薄暗くジメジメとした部屋へと辿り着いた。そこは闇が支配しておりその中で揺らめく蝋燭の明かりは心許ない。地下牢…と言えば暗いイメージがあったのだが、それ以上に酷い場所であった。窓がなく湿気のせいでジメジメとしているし、埃まみれでカビ臭い。よくもまあこんな場所に人を閉じ込めて置けるものだ。俺だったら一日もいたくない場所だ。
「そうです。入り口から五つ目に幽閉されている筈です!」
「うむ。承知したのじゃ!」
タマネさんの声に俺は答え、その場を飛び出す。通過していく牢屋には誰もおらず、閑散とした地下牢に俺たちの足音だけが木霊する。
「ここじゃな!」
五番目の牢屋。そこには───一人の死体。
『──!』
「っ!?」
「遅かったか…」
俺たちが見下ろすその牢屋には首があらぬ方向に向いている変死体が仰向けに横たわっていた。背中から崩れるように倒れた死体。これは確実に首の骨を折られている。男は苦悶に表情を歪め、虚空を見つめるその瞳は白眼を剥いている。
俺はその光景に耐えられず視線を逸らした。殺された人の死体を見るのは初めてだ。…初めての筈だった。しかし、俺は何故か気が動転することもなく落ち着いていた。
(…なんだこの感情は…?嫌悪感はある。不安感もある。拒否感もある…)
日本に住んでいれば大体の人は変死体なんて見ることはないだろう。警察や自衛隊など政府組織にいるならまだしも只の一般人が見れるものではない。俺だってそんなものはTVやゲームの中の話だけだった。それなのに───
(俺は…それに───慣れているのか…?)
死体に慣れている──その言葉がしっくりきた。俺の中の感覚はこう言う場の死体など見慣れているようだった。
!!!!─────
俺は突如顔を上げる。その視線は地下牢の奥。そこから───魔術が放たれた。
「──圧斬れ!!」
俺は瞬時に刀を振るう。音もなく放たれた魔術の雷光は赤い斬撃に凪ぎ払われ、掻き消えた。
「なっ今のは!?」
「下がっておるのじゃタマネ!──来るぞ
!!」
俺が刀を構え直した瞬間。それは起きた。
轟音と共に弾ける強烈な魔力光。紫の瞬きを残して大きな魔方陣からそれは放たれる。
“ライトニングアーク”──それは魔術士たる者の必殺の魔法。第3種人理魔術。人が放てる最強クラスの攻撃魔法。
天から落ちる雷鳴の如く、それは一瞬にして俺たちの場所へと辿り着く。
考えている暇はなかった。今俺は符術が使えない──選択肢などない。
俺は振りかぶった刀を振るう。流石にゲーム内でも最強クラスの魔術をこの刀の力のみで受けたことはなかった。本当なら符術で強化したいところなのだが生憎と今はそれが出来ない。
仄かに宿った赤い灯火が刃を覆う。それとほぼ同時に雷光が刀に接触した。
「む!?───くっ!くぁぁぁぁぁぁっっ!!!!???」
俺は想像以上に重い衝撃と刀から伝わってくる雷撃の痛みに咆哮を上げ根性で踏ん張る。
負けてたまるかと脳内で叫ぶ。激痛と苦痛で諦めそうになった心を、只の意地だけで踏み止まらせた。
「じゃ…邪魔じゃっ。そこを…どけ───────っ!!!」
俺は咆哮と共に硬直していた刀を強引に振り抜く。雷撃はその赤い斬閃に術式を断ち切られ余剰魔力を迸りながらあらぬ方向へ飛んでいく。それは男の死体があった牢屋の鉄格子を易々と突き破り湿気た空気を響かせて爆散した。
「───はぁ…はぁ…はぁ…」
「カエデさん!大丈夫ですか!?」
「…大丈夫じゃ。問題ない」
息を整えながら俺は彼女に言葉を返す。
「───ラタトスク!」
俺は振り向かずその名を呼んだ。
『はい!──標的補足!追跡します!』
「うむ!タマネは待っておれ!ここは妾たちに任せるのじゃ!」
「え!?ちょっカエデさん!?」
戸惑うタマネさんを置いて、俺たちは奥へと駆け出して行く。
『後でタマネさんには謝っておかないといけませんね…』
「うっ…そっそうじゃな…」
並走して走っていると隣でラタトスクがぽつりとそんなことを呟く。確かにタマネさんには迷惑をかけっぱなしだった。ちゃんと謝っておかないとね…。
それはさておき。この地下牢はそれほど大きくはないらしい。彼女に聞いた話ではメイン通路がくの字に折れ曲がっりその両脇に牢屋が並んで配置された造りをしているようだ。一番奥には何もない壁があるのみで行き止まりになっているらしい。
薄暗いこの環境のせいか奥に向かうごとにその暗さが濃くなっていく。獣人は人より夜目が効くが流石に真っ暗闇ではそうはいかない。
(“真眼”──)
俺はいつものスキルを発動させた。近接戦闘用のスキルではあるが、このスキルは万能でいろいろな場所で役に立つ代物だ。剣士や槍士など戦士系のジョブでは誰もが手に入れたいスキルNo.1だったほどだ。
俺の瞳が仄かに輝き目の前がクリアになる。通路の角を曲がり直線の道をひた走った。
『──いました!標的です!』
ラタトスクが声を張り上げる。
通路のその際奥にそれはいた。頭からフードを被り黒い外套を着た人影。
俺はそれから七メートル程の距離を開け急制動をかける。相手が魔術士ならこの距離でも危険な間隔だが開けすぎて相手に逃げられる訳にもいかない。
“鑑定眼”───
俺は即座にそれを発動させる。何者か分からぬ得たいの知れない敵。それに相対するならばまずは情報が不可欠だった。
【名称】ーー□◆@?ー
【レベル】ーµ¿ー¥ー
【性別】ーー?¿ー
【ジョブ】ー¥£ー〇ー
【職業】ー£₴ー¡¡ー
【種族】ー₶¢ーー£
は?───なんだよこれ。
バグってる?そんなバカな。だが、そう言い表すしかないような現象に俺は眉間に皺を寄せた。
チラッとラタトスクの方へ視線をやるが彼女もなんとも言えない表情をしていた。というか竜の表情なんて雰囲気で取るだけなので正直何を考えているか分からん。
小さく舌打ちをしながら俺は眼前に刀を構えた。
戦闘前の情報戦。ゲーム内では相手の情報をどれ程引き出すかで勝負は左右される。それはどんなゲームでもあることで有名なプレイヤー程その情報は重要になってくる。相手の癖や相手のレベル。習得しているスキルに魔術、術など。インターネットが発達した我が世界では相手の攻略法など流出するのは簡単だった。まあ、リアルタイムアクションバトルだったこのゲームには技術も時の運も必要だったのでそれだけで勝利を掴める訳ではなかったが…。
それでも重要なものではあった。
その場に沈黙が支配する。そのにらみ合いの末、俺は口を開いた。
「そなたが…──“黒疫の魔女”か?」
その問にそれは答えず。無言を貫き通す。またもや沈黙が戻ってくる──かと思えた。
「──っ!?」
俺は咄嗟に後ろへと跳ぶ。傍で飛行していた仔竜を左手で捕まえ回避行動をとった。彼女はそれに驚いたのか声を上げるが…両側の牢屋から空間が捻れ、槍のように突き出てくる鉄格子を見たところでその声が途切れる。
鉄の槍は俺たちを追い、追尾するように向きを変える。
俺は悪態をつきながら刀を操り、近づいたそれを撥ね飛ばす。幾閃の斬閃が閃き、赤き刃は鉄の槍を斬り飛ばす。一閃、二閃、三閃、四閃、……───
ようやく全てを打ち払った俺は仔竜を掴んでいた手を離し、両手で刀を構える。
「やってくれるな…」
ぽつりと呟いたその言葉には少し疲労が混じっていた。
どうする…?と俺は自問自答する。しかし、選択肢など端からありはしない。
(“カエデ”の…力を信じるしかない…か…)
魔術士…しかも、得たいの知れない強敵に自身の得意とする術が使えないのだ。使えるのは自身のステータスと装備の能力だけ。多目に言っても無謀…容赦なく言うなら──自殺行為だった。
『──カエデさん』
唐突にラタトスクが言葉を発する。
「? なんじゃラタトスク」
『あれの攻撃は私が全て防ぎます』
「! できるのか?」
振り向いた俺に仔竜はしっかりと頷く。
ならば話は早い。防御を捨てて俺は攻撃に専念すれば言い訳だ。それならば…俺でもできるかもしれない。
「承知したのじゃ。ならば…任せたぞっラタトスク!」
『はい!』
力強い掛け声に俺は不安を払拭させる。悩みは捨てろ。不安も捨てろ。もう今更、後ろへは退けない。俺は決めたのだろう?ならば…ひたすら前へ突き進んでやる。
「行くぞ!!」
俺は飛び出した。視線の先にいる敵を目指して。
はい。どうでしたでしょうか?いつでもご感想お待ちしております。
あと、今回はアイテムの補足を少々…。“制限の手錠”と言うアイテムが出てきましたが、これはもともとプレイヤーが持っていた“制限の腕輪”を基に量産された劣化品です。制限の腕輪は運営が全プレイヤー配った追加アイテムで、プレイヤーが意図的に一部のシステムを制限する為のアイテムです。なんの為にそんなものを配ったかと言えば…やり込み要素…でしょうかね…。縛りプレイするプレイヤーが沢山いたために配ったアイテムらしく、配ったはいいが使わないプレイヤーは売ってしまったりしたらしく、世界に散らばってしまったと言う裏事情があります。裏事情かな…?それを量産しようとしたが技術が違いすぎて断念。しかし、劣化させて量産することには成功した為、それの使用が始まった訳です。
ちょっと長くなってしまいましたが…。今回もありがとうございました!また次回もお読みいただければ幸いです!よろしくお願いいたします!