プロローグ 1話
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幼い頃からずっと、普通に義務教育を終えて、普通に高校と大学を卒業して、普通にサラリーマンとして働く。そう思っていた。
少なくとも、探偵を始める三年前ーーー十七歳の時までは『普通』の生活をしていたのだ。
それが、今は。
「…化け物達に、囲まれてる」
吸血鬼、能力者、そして紫色の少女に。
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十七歳、もっと詳しく言えば高二の冬。十二月三日に、僕は初恋相手が死ぬ瞬間を目撃した。
屋上で空を眺めていた時だ。隣には彼女ーーー藤沢梨沙がいつのまにか座っていて。
暫く無言の時間が続いた後、梨沙は立ち上がってこう言った。
「流儀君は…光君は夢ってある?」
いきなりの問いに、僕は緊張しながらも「ないよ」と答えた。
そしたら梨沙は、心の中から安堵した表情をして「良かった。本当に良かった」と言った。
よく見たら目に涙まで浮かべている。どうして泣いているのか判らないが、それより自分の胸元に顔を埋めている彼女が気になって仕方がなかった。
流石にこれ以上はと、彼女を引き離そうとした時。
首筋に鈍い痛みが走り、堪らず呻き声を上げると、梨沙は僕を突き飛ばして、フェンスを乗り越えてーーーそのまま下へと落ちていった。
一瞬の出来事過ぎて、何が何だかわからない状態だった僕はそのまま立ち尽くし、血が流れ出している首筋を押さえていた。
その後はよく覚えていない。ハッキリ覚えている事といえば、梨沙が死んだという事だけ。
彼女が死んでから三日経ち、五日経ち、十日経って心の傷が癒えてきたのか、僕はいつも通りの生活を送っていた。
ただ一つだけ問題があるとすれば、首筋の傷と、痛みだけ。日が経つにつれてどんどん増す痛み。
彼女が死んで二週間ほど経った頃、首筋の痛みに加えて、身体が石のように重くなり、とうとう歩く事も精一杯になっていた。
きっと熱だ、風邪だ。そう言い聞かせてその日は眠りに就いた。
外見にしっかりと異変が起きたのは、次の日の朝だった。
異常に白い肌と充血した様な赤い眼。見た瞬間、冷や汗が吹き出るのがわかった。
とりあえずもっと明るい場所で見よう、とカーテンを開ける。
人間は暖かい陽を浴びると、心が落ち着くらしい。自分も太陽の光は嫌いじゃなかった。
日が照った窓に手を伸ばす。
暖かいと感じるのは数秒だけだった。白い手がまるで焼肉を焼いた時の様に、ジュッと音を発して焦げ出す。
慌てて手を引っ込めると、微かに焦げた臭いした。
「…そんな、嘘だろ」
無意識に呟いていた。
こんなの、まるで吸血鬼の様だ。