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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界の終わりと、ダンジョン攻略

作者: 社畜総大将

流行り?のダンジョンものです。

ちょっと長いので、暇な時にどうぞ。





「───ねぇ、聞いてる?」


「え?」


 凛とした声に、俺は意識を現実に戻した。


「え? じゃなくて、聞いてたの? 今までの話」


 俺の隣に座る赤毛の少女が、何やら不満そうな顔をしてそう尋ねてきた。俺は答えに困り、沈黙してしまう。その間の静寂を埋めるように、パチパチと音を立てて燃える焚き火。


 俺はゆらゆらと揺れる炎をぼうっと眺め、そして言った。


「……聞いてなかった、かも。何の話?」


 俺の呟きに、はぁ、とため息を吐いた少女。周りを見れば、他の面々───顔に切り傷を持つ屈強そうな男と、明らかに子供と言える幼い顔立ちの銀髪の少年───も、同じように呆れた様子だった。


 そして、『アンタねぇ』と口を開いたのは、赤毛の少女だ。


「もうすぐこのパーティーでダンジョンを攻略するのも終わりだね、って話をして、」


「うんうん」


「んで、その後は皆どうするのって話をしてたのっ」


「へぇ」


「へぇ……って、まったく……」


 またもやため息を吐く少女。


 何なんだ一体。どういう経緯でそんな話になったんだ。いや、そもそも───


「俺はさっき言った通り、このまま冒険者を続けるぜ。それしか興味ねぇからな」


 俺が考えているところに、屈強な男が言った。見た目に違わず太く、力強い声だった。


「ゴドーはそう言ってたわね。じゃあレンは?」


 少女は銀髪の少年に目を向けた。

 ゴドーと呼ばれた屈強な男も自慢気な顔をして、次いで銀髪の少年を見た。


「……僕は、家族の皆に自慢するんだ。落ちこぼれの僕がここまでやれたんだっ、て。その後は……どうしようかな」


 タハハ、と苦笑する少年───レン。

 そのレンは『リサは?』と、赤毛の少女───リサに向かって言う。


「私は……その……ごにょごにょ……」


 リサは焚き火に赤く染められた顔をさらに赤くしながら、ぼそぼそと呟いた。この距離にいても聞こえないなんて、一体何を言ったんだ?


「えー、ずるいよ。そもそも言い出しっぺはリサでしょ?」


「うるっさいっ。私はいいのよっ」


 口を尖らせるレンと、開き直りわめき散らすリサ。その光景を呆れながら眺めるゴドー。


 二人の賑やかな声が、この場所ではやけに響いている気がする。今俺たちは、どこにいるのだろうか。なぜこんな場所にいるのか。

 それを知らないのは、きっと俺だけなのだろうが。


「私はいいから、アンタよ、アンタ」


「え? 俺?」


 そう言ってビシッと俺に指を向けるリサ。突然の指名に思考が停止してしまう。


「そうよ! アンタは───」


 落ち着こうとひとつ息を吐き、一拍置いて静かな声でリサが言った。





「アンタはどうするの─────ツヴァイ」




     ◇     ◇     ◇




 そんな夢を見て、目を覚ました。


「──────あ」


 つい頬に手を伸ばすと、冷たいものが指に触れた気がした。実際には何もない、指は頬に触れただけなのに、なぜだかわからないけれど、大切なものを(うしな)ったかのような感覚。

 胸の真ん中に、ぽっかりと穴が開いたような、そんな感じ。


「なん、だろ……」


 ぼつりと呟いたつもりの声は、反響しているのか思ったよりも大きく聞こえた。

 俺の声に反応したのか、仰向けに寝転がる俺を覗き込むように、視界の端に何かが映った。


「あ、目ぇ覚めた?」


 俺と目が合ったのは、金色の髪の少女だった。パチパチと音を立てて燃える焚き火の明かりに照らされたその顔はニコニコと笑みを浮かべていて、どこか嬉しそうに見える。なんとなく俺が目を覚ますのを待っていてくれたんじゃないかと思った。

 

「ここは……?」


 俺は半身を起こし、周りを見回しながら口を開いた。その俺を見ながら、少女は呆気にとられたような顔をした。


「なんだよ?」


「……いや、ゼッちゃん頭おかしくなった?」


 信じられないものを見るかのような目で俺を見る少女。そんなにおかしなことを言っただろうか。


「なってない───と、思う、けど」


 自分はおかしくなってないと自信を持って言えないことから、歯切れの悪い言い方になってしまった。


「いいや、おかしいっ。会った時からちょっとおかしいとこあったけど、今のゼッちゃんはもっとおかしいよ」


 頬を膨らませながら、そんな失礼なことを平気で言う少女。

 俺は『あのなぁ』と前置きして、


「会った時からおかしいって何だよ。っていうかゼッちゃんって何だよ?」


「ゼッちゃんはゼッちゃんでしょ? 君のことじゃん」


 何を言ってるの、というように目をぱちくりしている少女を置いて、ゼッちゃんという言葉の意味を考える。


 ゼッちゃん、ゼッちゃん……。

 ダメだ。全然わからん。


「俺が……ゼッちゃん?」


「そうだよ、ゼッちゃん。君の名前はゼクス───だからゼッちゃん。自己紹介した時からそう呼んでんじゃん。ゼッちゃんだって『悪くない』って顔してたじゃん」


「─────」


 『本当に大丈夫?』と心配そうな顔の少女に、頭が真っ白になりながら『大丈夫だ』と返す。


 本当に? 本当に俺は大丈夫なのか?

 自分の名前すら覚えていないなんて、明らかに異常だろう。


「無理しないでね。きつかったら、もうちょっと休むといいよ」


「ああ、ありがとう……」


「どういたしまして」


 少女は『皆を呼んで来るよ』と言って、俺から離れていった。

 俺は再び寝転がり、焚き火の明かりが届かない暗闇に消えていく少女の後ろ姿を見送った。


 どう考えても大丈夫じゃないのに、なぜ俺は大丈夫だと答えたのか。たぶん、あの少女には心配をかけさせたくないと思ったからかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺は目を閉じた。






「記憶喪失とは、また急にどうして……」


 俺の様子を見て開口一番そう言ったのは、黒い長髪を揺らす大人びた雰囲気の少女だった。銀の鎧に身を包む彼女の姿は、見たことはないが『騎士』と呼ぶに相応しいものだ。


「まぁ、ゼクスのぼさっとしてるところは最初からだし、今もあまり変わってなさそうだけどな」


 はは、と腕を組みながら笑う、金色の髪を短く切り揃えた体格の良い男。このメンバーの中では、彼が一番年上に見える。


「ふっ。まぁ、クリスの言う通りだな。ゼクスのこのしまりのない目付きは、まったく何も変わっておらん」


「もぉっ、シオンもクリスも酷くない?」


 目覚めた時、俺の傍にいた金髪の少女が、短髪の男───クリスと、黒髪の少女───シオンに口を尖らせながら言う。


「とか言いながら、エマだってそう思ってんじゃないか?」


「え!? いや、そんな……」


 クリスの言葉に慌てふためく少女───エマは、どこか虚空に目をやってわざとらしく笑っている。


「お前もそう思ってたんだな」


「あ、いや、ゼッちゃん。これはね、その」


 何気なく言った言葉に、さらに動揺するエマ。どことなく涙目になり、『そこまでへこむか』とこちらが焦ってしまう。


「ああ、すまん。言い過ぎた……」


 謝った方がいいと思い一言謝罪すると、エマは顔を赤く染めて叫び出した。


「ゼッちゃんのバカーッ!」


「いててっ! 何すんだよっ」


 ぽかぽかと殴り出したエマと、それを見て笑うクリスとシオン。いやいやお前ら、笑ってないで止めてくれ。


 焚き火を囲み、そんなどうでもいいことを繰り広げながら、時間は過ぎていった。




     ◇     ◇     ◇



 俺たちが今いる場所は、ダンジョンと呼ばれる迷宮らしい。


 ダンジョンの中には数多くのモンスターが跋扈し、同時に数多くの財宝などが眠っていることがある。その為、ダンジョンの攻略を生業とする冒険者と呼ばれる者達も多く、彼らはダンジョンの財宝や、ダンジョンを攻略したという名声を求めて日夜ダンジョンに潜っているという。


 そんなダンジョンの中でも、今俺たちがいるダンジョンは更に特異なものらしい。


 何でも、ある日突然発生したとしか思えないダンジョンで、近隣に住む者達もその存在を知らなかったと口にするほどのものだったらしい。


 財宝や名声を求めての、未知のダンジョンの攻略。エマたちもそういった冒険者で、彼ら三人は前からパーティーを組んでいたという。そしてこのダンジョンに入り、俺と出会ったというわけだ。




「っていうか俺、このダンジョンで眠ってたのか?」


「そうだよ。ホントに忘れちゃったんだね」


 ダンジョンを歩きながら話を聞き終えた俺の第一声に、エマがそう返した。


「ゼッちゃんがダンジョンの途中で寝てて、そこで自己紹介もしたのにね」


「そうなのか?」


「うん。名前を聞いたらゼクスだって答えたのに、寝て起きたら自分の名前を忘れてるなんて」


 はぁ、困った顔でため息を吐くエマから視線を外し、考える。


 なぜダンジョンで眠っていたのか。

 なぜ自分を覚えていたのに、今では忘れていたのか。


「……わからん」


 まぁ、まったくわからなかったが。


「ゼクス、敵だ。退がれ」


 一歩前方を歩いていたシオンの声で意識が現実に浮上する。するとそこにいたのは、二足で歩行する骸骨───人間の骸骨がいた。

 まるで生きているかのように剣を持ちながらこちらに近付いて来る。


「相変わらず気味の悪いやつらだぜ」


 クリスが吐き捨てるように言って長剣を構える。俺も戦おうと一歩前に出ようとしたところを、シオンが止めた。


「何をしているゼクス。君は戦えないだろう」


「バカにするなよ。俺だって武器がある、戦うさ」


 鞘から剣を抜き、正眼に構える。その様子を見たクリスが口を開いた。


「ホントに記憶喪失なんだな。あんなにモンスターにビビってたくせに」


「でも今は、そっちの方が助かるよ。みんな、サポートは任せて!」


 エマが言い終わるや否や、骸骨がこちらに走り出した。数は三体。


 剣を握る手に力がこもる。大丈夫、大丈夫だ。


「うおおおっ!」






 エマの魔法による恩恵を受けながら、俺たち三人の前衛が敵を倒す。俺以外の皆は、さすがに組んで長いのか絶妙なコンビネーションといった動きをして、途中増えていくモンスターにも冷静に対処していた。俺はというと一対一でなんとか倒せる、なんて足手まといなんじゃないかと思うほど活躍出来なかった。


 そうして襲いかかる敵を全て倒し、慌ただしさが落ち着いた頃、



『レベルが上がりました』



「え?」


 そんな声が、聞こえた気がした。


「どうしたの、ゼッちゃん?」


 俺の様子が気になったのか、エマが声をかけてきた。


「いや……今、何か言ったか?」


 俺の言葉に、エマは不思議そうな顔をした。


「何か、って何?」


「レベルが上がりました……って」


「はぁ?」


 『何を言ってるの』というような顔をするエマに、戦闘の後処理を終わらせたクリスとシオンが声をかけてきた。


「どうした?」


「ゼッちゃんが変な声が聞こえる、って……」


「んだぁゼクス? 戦闘中に変なもんでも食ったのか?」


 笑えない冗談を言うクリスを無視して、俺はさっき自分に聞こえた声のことを教えた。

 が、


「レベルが上がった……?」


「んだ、そりゃ? どういう意味だ?」


 クリスもシオンも意味がわからない、といった顔をしている。さらに聞いてみると、三人とも戦闘後にそんな幻聴が聞こえたことなどないと言う。


 つまり、俺にしか聞こえてないという。

 それは一体、どういうことなのか。


「まぁいいや。それより、先を進もうぜ」


 クリスの言葉に皆、同意して歩き出す。

 俺は釈然としない気持ちだったが、皆の言う通り幻聴、つまり気のせいなのだろうと疑念を払い、置いていかれないように早足で皆を追った。




     ◇     ◇     ◇




 青い色の短髪の青年が、仰向けに倒れている。その青年の傍らには、膝をついている『俺』。


 そして、その光景を見下ろす俺。


 これは一体なんだ? あそこにいるのは俺なのか。ではそれを見ている俺は何なのか。


「……はっ、はっ。ごめん、僕は、もう……」


 青年が荒々しい息と共に口を開いた。胸の辺りが真っ赤に染まり、口元にはだらだらと赤い液体が止まることなく流れている。


「……もう、ダメだ。君は、逃げて……このダンジョンから……」


 息も絶え絶え、あとわずかの時間の中で言葉を紡ぐ姿は、場違いながらも生命の強さと儚さ、そして美しさを感じた。そのことを『覚えている』。


『─────』


 何を、覚えているというのか。


「僕は……君に、生きて欲しいと、願っている。だから、」


 青年は、優しく微笑み。






「強く生きろ、我が友─────アイン」




     ◇     ◇     ◇




『レベルが上がりました』


 その言葉が聞こえることを受け入れてから、もう何度目かの後、戦闘終了後に聞き慣れない言葉が聞こえた。


『スキル・アンロック。《特性模倣》』


「は?」


 レベルが上がったという言葉の意味さえわからないのに、ここにきてまた意味不明な単語が出てきた。


 スキル……技能、ということだろうか。アンロックとは、開放といった意味か?

 では《特性模倣》とは? 


「……まったくわからん」


「どうしたの?」


「あ、いや、何でもない」


 俺の呟きが聞こえたのか反応したエマにそう告げると、エマは『そう』と言って、どこか悲しそうな顔で離れていった。


 どうしたというのか。俺は何かしてしまったのか。


 わからないことが、またひとつ増えて俺の頭を悩ませる。





 それから、スキルというものはレベルがある程度上がる度にアンロック───つまり開放されていった。


『スキル・アンロック。《怪力》』


『スキル・アンロック。《侵蝕汚染》』


『スキル・アンロック。《致命の一撃》』



 ───などなど、意味もわからない。それをどうすればいいのかもわからないまま放置していた。



 そうして、またひとつスキルが開放された頃、エマが俺に向かって口を開いた。


「ねぇ、ゼッちゃん」


「ん? どうした?」


 何か言おうとしているのか、エマは口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。何がしたいんだ、と俺が訝しんでいた時、ついに意を決したようにエマが言った。


「……ゼッちゃんはさ、その……私達に、隠し事とかしてない?」


「は?」


 どういう意味だろうか。

 隠し事? そんなもの───


「…………」


 してない、と言えるのか。

 

「ゼッちゃん……?」


 何も言わない俺を不安そうに見つめるエマ。その顔を見ていると、こちらまで『胸が痛くなってしまう』。


「─────」


 それは、どういう意味だろうか。


「ねぇ、ゼッちゃん……」


「……ごめん、エマ」


 俺は口を開く。言わないといけないと思ったから。


「俺、隠し事……してる。何を隠しているか、今は言えない。ごめん……」


 そう、隠し事をしている。言ったところで、頭のおかしい奴だと思われてしまうだけだと思ったからだ。だから言わないつもりだ。

 だけど、


「だけど───いつか、絶対言うから。だから、今は……ごめん」


 俯きながら、俺はそう言った。

 いつか言う、その心に嘘はない。


 端から見れば、信じられないだろう。怪しく思うだろう。それも覚悟の上だ。

 だが、エマは、


「……ううん、大丈夫。いつか言ってくれるなら、その時まで待つよ」


 笑いながら、そう言ってくれた。

 

「本当に……?」


「もちろんっ。あっ、あとね、もし何か悩んでるんなら、私達にも相談してねっ」


 エマは『だって』と、付け加えて言った。


「私達は───仲間なんだからっ!」


「仲間……」


「そう、仲間っ。だよね、二人とも!」


 エマが言う方向に顔を向けると、クリスとシオンが笑いながら手を挙げて応えた。


 なんだかんだ、彼らもエマと同じように俺のことを考えてくれて───仲間だと思ってくれているのだろう。


 そう思うと、先ほど胸に去来した息苦しさとは違う、もっと暖かいものが『胸の中に染み渡った』。


「───ああ」


 この温もりの正体が何かわからないけれど、悪い気持ちはしなかった。


「仲間……か」


 小さく呟く。聞こえたのかどうかは知らないが、エマはニコニコと笑っている。その笑顔を見ていると、なぜか俺も───


「あー! ゼッちゃん笑ってる! 初めて見た!」


「え?」


 俺は笑っているのか? わからない。自分の顔なんて、自分では見えないから。


「そっちの方が良いよっ! もっと笑って!」


「おいおい何だぁゼクス? へへ、良いことでもあったのか?」


「そういじってやるな、クリス。だが……ふむ、確かにそっちの方が良いな」


 クリスとシオンも集まり、三人はおちょくるように俺に言う。


 別に楽しいという気持ちはなかった……だけど、嫌な気持ちもなかった。




     ◇     ◇     ◇




 ───そんな時もあった。たしかに、あったんだ。



 目を閉じれば、きっとまた甦る。

 これが、思い出というやつなのだろう。





 無数の骸骨のモンスターの残骸に紛れて、地面に転がるものがあった。その内、すでにふたつはもう二度と動かないだろうことがわかる。


 当然だ、あれらは───彼らは人間だ。あんな風な形になってしまったら、動くはずがないだろう。


 俺は膝をつき転がっているもの、いや、人を抱きかかえる。右の半身がすでに無くなったその人は、閉じた目を開き、言った。


「ゼ………ちゃ……、」


 ───聞こえている。


「ゼッ、ちゃん……。わた……ね…」


 ───聞こえている。


「クリス……も、シオ…ン、も………ゼッちゃんも……」


 ───聞こえている。


「みんな、みん……な、だいす…………き」


 ───聞こえている、から。だから、


「もう……喋るな…………」


 その人は───エマは、もう虫の息だ。きっと永くない。次の瞬間には、息絶えてもおかしくはないだろう。


 それでも、エマは言う。


「ゼッちゃん…………死なな、いで……」


「バカ……それは、俺のセリフだ」


「うん………そう、だね」


 力なく笑うエマ。その顔を見て、なぜか俺も笑ってしまう。

 まったくおかしい話だ。もう、二度と会えない別れが待っているというのに。


「ねぇ……ゼッちゃん……」


「ん……?」




「──────生きて」





 ───ああ。

 その言葉を貰ったのは、もう何度目なのだろう。


 ひどく懐かしい気持ち。俺じゃない『俺』が、何度も何度も聞いてきたかのような───



「エマ……?」


 彼女の名前を呼ぶ。だけど、動かない。


「エマ」


 もう一度呼んだ。だけど、動かない。

 それが答えだ。それで終わりだ。もう彼女は動かない。動くことはない。


 それが『死』なのだから。


「…………」


 言葉なく立ち上がり、歩き出す。目的地などない。だけど、不思議と足が勝手に動いていた。


 まるで俺の行き着く果てを知っているかのように。



     ◇     ◇     ◇



 銀色に輝く髪を持つ女性が、仰向けになって倒れている。その瞳にはもう光はほとんどなく、彼女の命の灯火は、まもなく消えるだろう。


 彼女の隣にぼうっと立ち尽くす『俺』と、それを見下ろす俺。


「貴方は………そこに、いますか……?」


 力なく呟く彼女に、何も言わず頷く『俺』とそれを眺めている俺。


 俺は、俺は、この光景を知らな───いや、いいや、知っている。知っているんだ。彼女も、名前を思い出せないけれど、知っているんだ。


「どうか、貴方は……生きて、ください……ね」


 もう、彼女の瞳には何も映っていないだろう。『俺』の姿すら見えていないのかもしれない。


 それでも、彼女は、





「ドライ─────貴方に、神の御加護のあらんことを」



     ◇     ◇     ◇




 そうして、ひとつの扉に辿り着いた。

 金属製の、重そうな扉だ。俺一人で開けられるだろうか。もう仲間は誰一人いない。何もかもを自分だけでやらなければならない。


「……開けるか」


 迷いを振り切るかのように扉を軽く押す。すると扉は難なく動いた。拍子抜けした俺はそのまま扉を押し、それで完全に開いた。


「何も見えないな……」


 扉の向こうは真っ暗で、一寸先すら見えないほどだった。立ち尽くすわけにもいかず一歩、また一歩と中へと進む。

 その途中、後方から音が聞こえた。振り返ると、扉が勝手に閉まっており、これで完全に光ひとつない暗黒の空間が出来上がった。


 そしてどれくらい経っただろうか。

 このまま永遠にこの暗闇の中にいなければならないのか、そう思っていると、


「───っ!」


 唐突に、視界を光が包んだ。

 眩い光は視界を真っ白に染め上げ、見えるもの全てを塗り潰す。


 そのままいくらかの時間が経ち、慣れてきた目に世界が映り込んだ。


「ここは……」


 俺が立っていた場所は、一面真っ白の広い部屋だった。部屋は横にだけでなく、天井も高い。どれほどの高さだろうか、一番上から落ちたらタダでは済まないほど。


 ただただ広い真っ白な空間。そこにいるのは俺一人───と、何か用途不明の物体だった。


 今から何が行われるのだろうか、そう身構えた時だった。


『ミッション・コンプリート。お疲れ様でした』


 目の前の物体から、声が聞こえた。


「は……?」


 今、目の前で起こったことが理解出来ない。あんな物体見たことがないし、まして勝手に喋りだすものなど───


『どうかしたのですか、ゼクスナンバー、0622』


「いや……って、え?」


 何が起こっている。何が起こっている。

 俺が要領を得ない様を晒していることに合点がいったのか、声は『ああ───』と納得したような様子を見せた。


『そういえば、そうでしたね。では、今から貴方にデータを送信します。それで貴方は思い出すでしょう』


 声には有無を言わせぬ雰囲気が漂っていた。それに嫌な予感を感じ、『何を』と俺が答えると、声が返答した。




『すべてを、です』



 そして俺の意識は光に包まれた。



     ◇     ◇     ◇



 『わたし』には名前はない。


 アイン、と呼ぶ者がいた。ツヴァイともドライとも───ゼクスとも呼ぶ者もいた。


 だがそれは名前と言えるものではない。『わたし』に、いや『わたしたち』に与えられた便宜上の呼び名であるというだけで、『わたしたち』個別に割り振られた名前などではない。


 『わたし』の正式名称は、『ヒト型局所攻性生体兵器』。ゼクスとは、その第六世代の総称だ。

 第六世代というように、もちろん第一から第五世代までが開発された。


 『ヒト型局所攻性生体兵器』である『わたしたち』に最も期待された特性───それは、本物の人間のように成長するのか、というものだった。

 あのダンジョンは『わたしたち』の成長という、その為だけに設置された、いわば実験場のようなものだった。


 実験を繰り返し、失敗の度に再調整し、新しい型となってまた実験を繰り返す。


 第一世代の評価は低いものだった。それもそうだろう。手探りで開始した実験だ、必要最低限の機能くらいしか持たないものではダンジョンのクリアどころか、低レベルの敵性体にさえ遅れをとる。だから第二世代では攻撃力を上昇させた。


 だがそれでも第二世代は弱く脆かった。僅か十数回の実験で調整を余儀なくされたほどに。続く第三世代では単純に攻撃力を特化させた。しかし強すぎる力は第三世代自身の肉体を傷つけ、時に同行していた現地の生体すら破壊することもあり、改善の余地有りと判断された。


 第四、第五世代では兵器としてどこが足りないのかを徹底的に調べ、調整を施した。それでもダンジョンはクリア出来なかった。ダンジョンクリアは兵器では無理なのか、人間にしか出来ないのかと考えた技術局は、ひとつの提案をする。


『ならば、限りなく人に近付けてみてはどうか?』


 人が人たらしめるものとは何か。

 何があれば人間と言えるのか。


 技術局の者達は語る。


『魂です。彼らには人間の魂が足りないのです』


 人間の魂。それがあれば『ただの兵器』は『人間のような兵器』になるというのか。

 では魂とは? そしてどこにそんなものがあるのか?


 ───一説によると、臓器などを移植された人間は、自身に身に覚えのない記憶を垣間見るという。


 そこに魂があるのかもしれないと仮説を立てた技術局は、今までとはまったく違うアプローチで『わたし』を開発した。

 

 それは『ヒト型兵器』に『人間を形作る部品』を組み込むというもの。

 『人間を形作る部品』とは何か。それは例えば内臓、例えば眼球、例えば心臓、例えば脳。


 幸いにも『部品』には困らないと技術局は笑いながら言った。


『あのダンジョンにはいくらでも予備がありますから』と。


 そうして『わたし』───第六世代が作り出された。コンセプトは『ヒト型兵器』ではなく、『兵器のような人間』。

 

 『わたし』に使われたものが、『誰の』、どんな『部品』なのかは知る由もない。

 ただ、そういった彼らの『部品』を得て、『わたし』は『ヒト型の兵器』ではなく『兵器のような人間』になれたのだ。




 ───『半分だけ』でも、人間になれたのだ。



     ◇     ◇     ◇



「あ───ああ、───あ」


 膨大な情報が濁流のように一気に流れ込む。その勢いは『わたし』という小さな個人の意識など易々と呑み込み、砕き、破壊し、また作り直す。


 上下左右、天地の境界が曖昧になる。まるで三百六十度の無重力を遊泳しているようなイメージ。肉体の深いところに直接叩き込まれる暴力。


 その永遠に続くと思われた暴虐の嵐の中に、


『生きろ───アイン』


「─────」


 突如、無数の声がこだました。


『アンタは生きて───ツヴァイ』 『ドライ───貴方に、神の御加護のあらんことを』


『生きて───ゼッちゃん』



『生きろ』 『生きて』 『生きなさい』 『生きるんだ』 『生きていて』 『生きよ』



『生きろ、生きろ、生きろ生きろ生きろ生きろ』



『───生きて』




「ああaaaaアア亜亜ああぁあaaアア!!!!」



 そうして、俺は現実に回帰した。

 猛る雄叫びは死の間際の断末魔などではなく、再誕を喜ぶ産声だろう。


 俺が立つ場所は依然として真っ白な広い空間。そこにぽつんと置かれた物体───モニターがある。


『意識のバージョンアップを拒否した……? まさか、本当に確固たる自我を獲得したというのですか……つまり、進化したと?』


 モニターには意味のわからない文字や数字が浮かび、誰が喋っているかはわからないが驚愕の色を含んでいた。


 モニターの向こうにいる者が何に驚いたのかはわからない。だが俺にはそんなことはどうでもいい。


『聞こえますか、ゼクスナンバー、0622。おめでとうございます。貴方は今回の実験に唯一成功した個体です。貴方を《本星》に回収し、貴方をベースとした新たな兵器が開発されるでしょう』


 声は淡々と無機質でありながら、その裏には喜びや興奮といった感情が見え隠れしている。


 でも、そんなの───


『本当におめでとうございます。これで貴方は名誉あるナンバー、つきましてはイレブンの───』


「うるせぇよ」


『…………は?』


 そんなの、どうでもよかった。


「うるせぇんだよ。兵器とかナンバーとか、俺は俺だ。『俺』なんだよ……!」


 敵意を込めた瞳で眼前のモニターを睨み付ける。


 全て思い出した。全て思い出した上で、こいつらの言っていることは理解出来ない。

 人を、生命を侮辱しやがった奴等だ。

 決して許すことなど出来ない。


『なんという───ことでしょう』


 声は驚きを含んだ一言を放ち、しかしすぐに淡々とした声に戻った。


『反逆の意志ありと判断しました。警告します、ゼクスナンバー、0622。考えを改めるのなら今の内です。でなければ、我々は貴方を───』


「───だから、うるせぇんだよ」


 それで、声は黙った。どれくらいの間だろうか、いくばくかの時間の後、言葉が紡がれた。


『……わかりました。ゼクスナンバー、0622。我々はとても悲しい。貴方のような素晴らしい兵器を自らの手で破壊しなければならないなんて』


 声はやはり淡々としていたが、どこか悲しみを湛えているかのような声色だった。

 だが、それも一瞬。次に発した声は、


『ああ、本当に─────残念です』


 感情など存在しない機械のような無機質さに戻っていた。


 そして、この空間に異変が現れた。

 俺とモニターの間の何もない空間に、光の粒が収束していく。始めは小さかった光は瞬く間に膨れ上がり、遂には俺の体を優に超えるほどの大きさになる。


 この現象を、俺は知っている。

 指定した座標に対象を転移させるこの技術は、『本星』の奴等が嬉々として『召喚術』と名付けたもので、笑いが出るほど馬鹿げた圧倒的なテクノロジーのひとつ。


 そして、収束していく光が作るこの形も、俺は知っている。


『───やはり、兵器に心など必要ないのです』


 モニターから聞こえた小さな声を合図に、遂に光が視界を埋め尽くした。




 そうして光が晴れた頃、俺の前には、


『■■■■……』


 声にならない声を上げる化け物が存在していた。


 その圧倒的な存在感は、広いこの部屋でさえ圧迫感を与えるものだ。

 二本の角、獰猛な瞳、鋭利な牙と爪、大きく広げた翼。


 古今東西、どのような歴史、どのような世界だろうと絶対にして最強の象徴として扱われるその姿は、伝承などにおいて『ドラゴン』という種族として時に恐れられ、時に崇められる。


 だが目の前のに現れたものはそのような伝説の存在ではなく、『ドラゴン』をモチーフに『本星』が作り上げた兵器。


 型式番号『WA-BioW/BHM-10』、コードネーム『バハムート』。

 『本星』の持つ『広域殲滅生体兵器』、その序列十位。俺のような出来損ないでは、どうあがいても勝てない敵。


 だが逃げ場などないし、逃げられることなど出来ない。

 いや違う。逃げる気など毛頭ない。俺は戦わなければならない。


 戦って勝つ。

 生きるとは、そういうことだと思うから。


「はぁっ……!」


 自分に喝を入れるように息を吐き、全身に力を込める。そのまま腰に差した鞘から剣を抜き、一直線にバハムートへと駆けていく。


 近付くにつれて、その大きさにすくみそうになる。だが、逃げない。


 逃げない、逃げない、逃げない───逃げない!


「おおぁっ!」


 射程に入り大きく飛び出し、剣を振り下ろす。力を込めた助走からの一太刀が、バハムートの肉体を捉えた。

 だが、


「ちっ……!」


 ───無傷。わかっていたことではあるが、やはり効かない。だが、退くわけにはいかない。


「おらぁ!」


 力任せに剣を振り回す。その全てがたしかにバハムートに直撃するが、先ほどとまったく変わらない結果に終わる。


 傷ひとつ付かず、バハムートは悠然とした態度のままだ。それに比べて俺は、先ほどの攻撃で早くも体力を消耗しはじめていた。そもそもが強大過ぎる相手だ、その気迫に呑まれないようにするだけでかなり疲労する。


「はっ、くそ……」


 息を荒げる俺を前に、バハムートはゆっくりと右手を振りかぶる。その動作から予測されるものは、単純ななぎ払いだ。だがあれほどの力を持つ存在の攻撃は、一撃すらまともに受けてはならない。


(まずい───! 防御をっ!)


 咄嗟に剣を構えた。

 その次の瞬間、桁違いの衝撃が肉体を襲った。


「があああぁぁっ!!」


 軽々と吹き飛ばされる体と、粉々に砕け散る長剣。そして俺は宙を舞い、床に墜落して無様に転がり、やがて停止した。


「ぅ───ぁ……」


 意識が朦朧とする。体に力が入らない。

 立たなくちゃ。戦わなくちゃ。

 だがわかっている。武器はもうない。いや、武器だとか言う前に、俺自身の体が動かない。


 情けない話だ。たった一発食らっただけで、もうガタが来ている。

 やはりそんなものだ。俺のような出来損ないでは、これが限界なのだろう。


 もう眠い。終わりたい。ここで全てを投げ出して、さぁ、もう目を───




「─────……、……だ」



「───だ、ま……だ」



「……だ、まだ…………まだ、だ」



 否、まだだ。まだ眠ってはいられない。


 だって、まだ何もしていない。何もせずにただただ終わっていくなんて、そんなのは───いやだ。


 だから、だから。



「まだ……まだまだ、だああぁっ!」



 だから、立たなくちゃ。まだ終わっていないのなら、立たなくちゃ。


「はぁ、はぁ、は、はぁ」


 息が荒い。わかっている、もう限界だということは。


 それでも、一歩。また一歩。

 歩みを、止めない。


『───愚かな。そのような死に体で何が出来るというのです。もういい。これ以上、生き恥を晒さないよう、ここで完全に破壊されなさい───バハムート』


 声に呼応するかのように、再び手を振りかぶるバハムート。

 だがそんなものはお構い無しというように、ひたすら真っ直ぐに俺は歩く。


 よろよろと、まるでゾンビのように歩く俺がバハムートの射程に入ったのか、迎撃するようにバハムートは手を振り下ろす。


 それで終わりだ。直撃したら、それでもう終わりだ。もう一度倒れたら、俺は二度と立ち上がることは出来ないだろう。


「───っああ!」


 直撃の瞬間、俺は動く。後ろにではなく、前へ。

 そして、みっともなく転がりすかさず立ち上がれば、そこはバハムートの懐。


 だが俺には武器はない。懐に入ったところで何ら問題はない、というようにバハムートはゆっくりと体勢を立て直す。


 そう、俺には武器など既にない。

 あるとすれば、この、


「ああぁっ!」


 バハムートの土手っ腹に叩き込んだ右ストレートのみ。しかし、ろくな踏み込みもなく放った拳ではバハムートにダメージなど与えられるはずもない。むしろ強固な外殻叩き付けた手の方が破壊されるだろう。


 まったく無意味な抵抗。笑えない自滅行為。俺は次の瞬間には無様な姿を晒すだろう。

 だが右手が当たる刹那、


『スキル発動《怪力》』


 何かの声が聞こえた。


 ドン、と何かが爆発したかのような音。

 何のことはない、ただの───俺の右手が直撃した音だ。


『■■■……?』


 バハムートは声にならない声を上げる。そこには僅かに驚愕の色があった。


 だがそれで終わりではない。俺はそのまま全体重を右手に乗せて、更に一歩踏み込む。


「お……おお……おおお!!」


 右腕全体がバキバキと音を立てる。無理な行動の、その反動だろう。

 だが関係ない。


『スキル発動《怪力》』 『スキル発動《怪力》』 『スキル発動《怪力》』 『スキル発動《怪力》』


《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》


「あああああああああ!!」


 ミシミシと何かが軋みを上げる。俺の腕だろうか。それもあるだろう。

 だが見やれば、バハムートの外殻に小さなヒビが入っている。


 少しずつでも、ダメージを与えている。


「あああああああああ!!」


《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》



 右腕が千切れそうだ。意識が飛んでしまいそうだ。


 死んでしまいそうだ。


 

 ───でも、まだ死ねない。


 だって死ぬなって言われた。生きろって言われた。


 死なないって誓った。生きるって約束した。


「あああああああああ!!」


 だから死ねない。死なない。死んでやらない。死んでなんかいられない。



 死んでる暇なんか、ない。



《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪力》《怪怪怪怪怪怪怪怪───


「ぶちぬけえええええええ!!」


 轟音。

 想像を絶するほどに発動を重ねた《スキル・怪力》により、遂にバハムートの外殻を俺の右腕が貫いた。


 ダメージらしいダメージを負ったバハムートの悲鳴のような咆哮が広い空間に轟く。

 ようやくまともな一撃を入れることが出来た。だが、それで終わりではない。


 頭の中に、違う声が響く。


『スキル発動《侵蝕汚染》』


『■■■■───!』


 バハムートが再度叫ぶ。外殻を貫くことは、ひとつの手段にすぎない。ボロボロになった右腕が毒々しい紫色に変色し、その紫がバハムートの外殻の下、肉の部分にまで延びていく。


 《スキル・侵蝕汚染》。対象の耐久性を極端に下げるこのスキルの発動こそ、俺の狙いだった。バハムートの強固な外殻はあらゆる異常耐性を持つ為、何としてでも外殻を破壊する必要があった。


 そしてバハムートを倒す手段。それは、外殻の破壊、耐久性の低下だけでは足りない。俺に力がないからだ。

 ならば、力を手にいれればいい。


 ───何から?


 決まっている。目の前に、最強の存在がいるだろう。


『スキル発動《特性模倣》』


『■■■ッ!」


 頭に響く声よりも早いか、バハムートが腹に手を突っ込んでいる俺を弾き飛ばす。


 先ほどの二の舞と言わんばかりに軽々と吹き飛ばされた俺は、またもや無様に墜落───しなかった。


 宙で体勢を立て直し、両の脚で着地する。それだけで、もう俺の知っている『俺』ではないという確信を得る。


 ドクン、と大きく脈を打つ『誰か』の、いや、俺の心臓。

 体が熱い。見れば右腕は元に戻り、それどころか形を変えていく。

 変貌はもう始まっている。


 バキバキと音を立てて変革する『俺』という存在。それこそが《スキル・特性模倣》。

 対象の持つ特殊性を読み取り、それを自身に反映させるこの能力は、対象が自身と違うほどにより大きな変化をもたらす。


 バハムートという規格外の存在を模倣すれば、その反動はむしろ俺に牙を剥く。

 強大な力が、俺という存在を上書きしようとする感覚。小さすぎる自我などかき消されても当然だ。


 なら、より強い自我でねじ伏せるだけだ。


「はあああああっ!」


 ───模倣した能力に適応しようと、肉体が変貌を遂げる。


 耳を塞ぎたくなるような不協和音が鳴り止み、そこに立つのは『俺』でいて、『俺』ではないもの。


 人の形をした竜。あるいは、竜の形をした人。


 人の体に、頭部に生えた二本の角、営利な爪、背中に生えた翼。


 ───竜人(ドラゴニュート)


 それが、今の俺の姿だった。



『■■■■───!」


 殺意を湛えた鋭い眼光で俺を睨むバハムート。ダメージを負っていても、大気を震わせる咆哮には一切の淀みがない。


 バハムートは大地を蹴り、翼を羽ばたかせ宙を舞う。そして一直線にこちらに向かってくるバハムートは突如、口を大きく広げた。

 開いた口内の向こうには、何やら赤い輝きが収束していた。


 バハムートの持つ《スキル・殲滅竜炎》。強大なエネルギーの解放は、立ち塞がる有象無象を消し飛ばすものだ。 先ほどまでの俺ならば何も出来ずに消滅していただろう。


 だが今の俺は、アイツと同じようなものだ。


「■■■───!」


 バハムートがスキルを発動する、その直後、


「───!」


 俺は《特性模倣》で得たスキルを発動させた。

 《スキル・殲滅竜炎》。バハムートの持つそれと同様のスキル。


 激しくぶつかり合う紅蓮の炎。

 しかし、それで終わりではない。俺は得た翼を広げ超低空を滑空し、炎の合間を掻い潜る。そのまま一直線にバハムートの懐へ飛び込む。


 バハムートには俺が突然すぐ近くに現れたように思えたのだろう、目を大きく見開き驚愕しているのが分かる。


「くらえ───!」


 勢いはそのまま、右腕を突き出し一気に突貫する。狙いは、先ほど開けた外殻部分。


 右腕がバハムートの肉に突き刺さり、それでも尚止まらない。そのまま右腕、身体、脚、全身でバハムートの肉を貫き、体内を破壊しながら突き進み、やがて背中の外殻を内側から破壊して外に出る。


 そして、


『■■■……』


 バハムートは小さく呻き声を上げ、音を立てて地に伏してそのまま活動を停止した。ピクリとも動かない残骸から、召喚された時と同じように光の粒子が発生し、光に包まれたバハムートはやがてこの空間から消滅した。


 後に残されたものは竜人と化した俺と、炎のぶつかり合いの余波で破損したモニターだけだ。


『なんという───ことでしょう』


 声には驚愕の色が見え、この展開を予想出来ていなかったことが分かる。


『想像以上の力……成長し進化する兵器とは、これほどの……素晴らしいです、ゼクスナンバー、0622。貴方はとても、素晴らしい』


 驚愕から一転、歓喜の感情が覗く声は、しかし『ですが』と前置きし、


『反逆の意志は変わらないと見える。悲しい、本当に悲しい。我々は───『本星』は、貴方をこのまま野放しにすることは出来ないと判断しました』


「……なら、どうする?」


『粛清します。『本星』の力をもって貴方を、その惑星(ほし)ごと終わらせましょう。これは決定事項です。もう覆ることはありません』


 言い終わる頃、声にノイズが混ざり始めた。徐々に聞こえなくなる声は、最後に───


『……ああ、本当に惜しい。そして───本当に、悲しい』


 そう呟き、完全にノイズに掻き消されてしまった。残された俺は、誰もいない白い空間で宣言する。


「来るなら来てみろ……俺は、絶対に死なない」


 死ぬわけにはいかない。

 その宣言に返す声などなく、白い空間に、ただザーザーと耳障りな雑音だけが響いていた。




     ◇     ◇     ◇










 ───晴天を覆い隠すほど巨大な『それ』が現れた時、誰もが天を仰いだ。


 

 ごうごうと音を立てて、この街の遥か上空で浮かぶ『それ』を見た人々はみな一様に驚愕していた。


 呆然とする人々の中、誰かが『それ』を指差し叫んだ。


 曰く、『神の船だ』と。

 『神』が降臨なされた、と。



 その声を聞き、人々は歓喜し、あるいは涙を流し、あるいは、恐怖に駆られたような表情を浮かべた。

 多種多様な顔を見せる彼らだが、誰もに共通するある行動があった。


 皆、目を閉じ、胸の前で手を合わせていた。

 その光景はまさに、神に祈りを捧げるかのよう。

 いや、事実それは祈りなのだろう。

 その時、誰もが等しく願っていたのだ。


 救いあれ、と。

 我が魂に救いの光あれ、と。


 本当に、誰もが祈った。奴隷も平民も貴族も王族も関係なく、誰もが。


 果たして願いは届いたのか、『船』は動きを見せた。『船』の底に当たる部分が大きく開き、どこから発生したのか無数の光の粒が開いた口に集まっていく。


 その光景に、やはり誰もが見惚れた。

 あれこそは救いの光だ、と。我々は遂に救われ、神の国へと旅立てるのだ、と。

 

 そう、誰も信じて疑わなかった。やっと救われるということに。


 そうして、船の口が目も眩むような輝きに満たされた時───






 それが、この世界の終わりの始まりだった。





     ◇     ◇     ◇




 ───伝承によると、神は七日で世界を作られた。そして最後の時もまた、七日で世界を滅ぼされるという。



 それが本当であるのなら、『奴等』は決して神などではないのだろう。


 神と違い、『奴等』は世界を滅ぼすのに『七日もかかるほど弱くはない』し、また『七日もかけるほど慈悲深くもない』のだから。


 誰も彼もが等しく死んだ。

 奴隷も平民も貴族も王族も関係なく、老若男女の違いなく、本当に、誰もが。


 焼かれて死んだ。潰されて死んだ。斬られて死んだ。落とされて死んだ。消されて死んだ。食われて死んだ。


 家族が死んだ。友達が死んだ。恋人が死んだ。親戚が死んだ。隣人が死んだ。恩人が死んだ。他人が死んだ。


 抵抗などまったくの無意味だった。剣も効かない。魔法も効かない。襲来の次の日には、誰もが武器を捨てて逃げ回るだけになった。


 ただ一人、最後まで抵抗を続けた『竜のような角と翼を持つ青年』がいたが、小さな少女を庇い命を落とし、その少女も次の瞬間に殺された。


 あの村も、あの街も、あの国も、あの大陸も全て、全てが消滅した。残されたのはこの大陸の、この小さな国だけだ。


 ───そしてそれも、もう終わろうとしている。


 空を埋め尽くすほどに巨大な『船』が、私達の上空で大きな口を開いた。

 光が、光が収束している。


 皆、流れる涙を拭いもせずに、静かに天を仰いでいる。その顔は恐れもなく、驚きもなく、嘆きもなかった。


 ただただ、『何故』と。

 この事態が理解出来ないという呆然、心此所に有らずという表情。



 ───ああ、本当に。

 どうして、こんなことになったのだろうか。


 私達は、何かを間違えたのだろうか。

 私達は、取り返しのつかない罪を犯したのだろうか。


 何もわからない。

 何故、滅ぼされるのかがわからない。



 私達は、極光に消えゆく意識の中で、最後の瞬間まで思っていた。



 ただただ、『何故』、と。





     ◇     ◇     ◇




 そうして、ひとつの物語が終わりを迎えた。


 


 ある世界、ある惑星(ほし)の、あるひとつの終わり。






 

終わりです。

後半ちょっと駆け足気味だったので、分かりにくいところがあったらすみません。

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