遭遇-エンカウント- (後) ※挿絵あり
視界にシェイドを捉えた。数は二体。
先程同様に片付けてしまってはつまらない。そんな思考が脳裏をよぎる。
まるで、強化されたキャラクターを操作し、雑魚モンスターをいたぶるプレイヤーにでもなった気分だった。唇に、思わず力が入るのを感じた。
軽く息を吸い込んで、今度も一気に距離を詰めるべく脚に力を込める。
一瞬で懐に潜り込み、そのまま拳の乱打を叩き込み、二体のシェイドをまとめて屠り去るヴィジョンを思い描く。それは、妄想というよりも、事前シミュレーションじみた正確さだった。
戦斗少女になって向上するのは身体能力のみではない。思考能力も、戦闘に最適化されたものに変えられる。咄嗟の判断力や、戦術的思考能力が高まり、脳内は精密なコンピュータのように運用されている。
その、強化された五感があったからこそ、背後から急速に迫り寄る殺気に対して、横に飛び退くことが出来た。
背後から飛び込んできた一陣の颶風。その風の衣の中に、私は少女の姿を見た。
「まさか、私と同じ――!」
暴風の弾丸は私の横を突き抜けると、先程視認したシェイド二体を瞬時に轢き潰した。
否。シェイドを撃滅せしめたのは、その少女が扱う獲物による斬撃だった。
それは、少女の身長ほどの長さを持つ巨大な両手剣であった。西洋風の刀身には細かな装飾が刻まれているが、それでもその武器の持つ凶暴さを薄めるには至らない。
紫を基調とした衣装は、私が身につけているものとはデザインが異なるが、舞台衣装のような美しさを纏っている点は変わらない。風になびく長髪は、髪自体が薄紫の光を放っているように見える。
少女は、風をまとい、身の丈ほどの大剣を構え、紫に光る瞳で私を睨みつけていた。否。睨みつける、というよりは、見下しているような目線だった。互いの身長は同じ程度――160cm前後だろう――なのだが、眼前の少女の放つ威圧感は、その身の丈を見誤らせるほどであった。
「……なるほど。こうやって、シェイドを奪われることもあるってこと?」
――そういうことだね。限りあるポイントを奪い合うことになるということさ。
やれやれ、と肩を竦める。どうやら今回は、出遅れてしまったらしい。
「今回のところは譲るわ。今度は、奪われないようにするから」
先に取られてしまったものは仕方ない。
そう、余裕をアピールしながら告げたのは、相手方の圧力に対してのささやかな反抗心だったのかもしれない。
だが、返答は想像以上に過激だった。
紫の少女が大剣を構えたまま、こちらに突進してきた。咄嗟に防御のため、ガントレットを眼前で交差させる。
だが――これは、受けきれない。
直感が告げるまま、大地を強く蹴り後退する。安全な着地など考えない、全力でのバックダッシュだった。
直後、先程まで私がいた場所に大剣が振り下ろされる。大剣が空を割り、生じた真空に引きずり込まれた空気が轟音を響かせる。
無理な体制での後退故、強かに背中を大地にぶつけるが、即座に姿勢を整え、跳躍し、距離を取る。
「な、仲間割れ……!?」
――違うよ。戦斗少女同士の戦闘は、決して禁止されているものではない。
「どういうこと……?」
――君たち同士で戦う、というのも、戦斗少女のシステムに織り込まれているということさ。
リヴァイアサンが、淡々と告げる。
……なるほど。
確かに。大罪の名を冠する者たちが、仲良し小好しの集団なはずがない。
「……ちなみに。負けたらどうなるの?」
――そうだね。ポイントを奪われるペナルティがある以外、特に問題はないよ。
――基本的に、装甲が破壊されたらその場で強制退場だ。肉体に被害が及ぶことはあんまりない。
「あんまり、って?」
――まあ、死んだら退場と言い換えてもいい。いずれにせよ、現実的には死にはしないよ。
要するに、だ。
「あの大剣で叩き切られたら、無事じゃすまない可能性もあるってこと?」
――ま、それくらいの気持ちで望んでよ。
……気軽に言ってくれる。
かなり重要な真実を、今更になって、それも、いつもと変わらないトーンで話してくる。
ルールに則って行われる限り問題はないのだろうが、一歩間違えれば命を落とす危険すらあるのではないのだろうか。だが、この悪魔を模したAIが、そんな不都合な真実を軽々しく吐露するとは思えない。
「まったく……でも、少し安心した」
――どういう意味だい?
大剣の切っ先を見据えて、戦闘の構えを取る。
「――戦う相手が、雑魚ばかりじゃなくてよかった、って」
こんな、極限の状況下でも、思わず笑みがこぼれた。
これもきっと、ベアトリーチェのせいなのだろう。
◇ ◇ ◇
両の拳を顔の前に構え、姿勢を低く保ち、大剣使いの少女に向かって突進する。
大剣が高々と振り上げられ、容赦なく振り下ろされる。
切っ先が霞むその瞬間を捉えて、直後、前方に向かうべく力を込めていた左足に、更なる力を込める。そのまま、地面を強く蹴り、その反作用で真横に跳躍する。先程まで私がいた空間を、大剣が両断する。そして何も捉えられなかった斬撃は、地面に強く叩き込まれることになる。
圧倒的質量で振り回される脅威は、その重さゆえ小回りが効かない。その隙を逃すことなく、稲妻のような軌道と速度で距離を詰める。筋力を強化されたといえども、一度地面に叩きつけた大剣を再度振るうのは容易いことではない。あと一歩踏み込めば、私の拳の届く範囲に入る。
これだけリーチの異なる武器同士の戦闘だ。当然、相手は自らの懐に入られることを是とはしない。大剣の刀身を水平に構え、そのままバットのスイングのように真横に振り抜いてきた。
だが、それは私の想定内の行動。大剣の肉厚な刀身は、気配を感じると同時に跳躍していた私の足元を掠めるだけに終わる。振り抜かれた刀身から放たれた衝撃が、周辺の地面をえぐり、水面を激しく波立たせる。
ついに、射程内に捉えた。右の拳にあらん限りの力を込める。撃鉄を起こす音と衝撃が響き、ガントレットから火花が散る。そして、少女の顔面めがけて、一切の容赦も加減もなく、全力で拳を叩き込んだ。
しかし、その拳は大剣の根本の部分に阻まれる。重い金属同士が激しくぶつかり合う轟音が鳴り響き、暴風を巻き起こす。
拳をそのまま振り抜くと、少女は大剣を眼前に盾のように構えたまま、数メートル後ずさった。地面に二本の溝が刻まれる。
「防がれたか……」
今の一撃で決すると思ったが、さすがというべきか。一筋縄ではいかない。
大剣の少女は、憮然とした表情のまま、再び自らの獲物を構えた。
「少しは焦る素振りとか見せてほしいんだけどなぁ……」
極限のやり取りの中でようやく放った一撃のつもりだったが、あまり応えていないようだ。
私以上に、戦闘の経験があるというのか。もしや既に、他の戦斗少女との戦闘を経験しているのかもしれない。この、短期間の間に。
「………」
だが、戦闘の終了はあっけなく訪れた。
大剣の切っ先が降ろされる。大剣が光の粒子となって消失した。
少女はその表情を崩さないまま、背を向けた。そして、そのまま夜の闇に姿を消した。
追撃しようとは思わなかった。私もまたガントレットの装備を解除し、大きく深呼吸をした。
「……びっくりした」
――まさか二日目にして、戦斗少女同士の戦闘が起きるだなんてね。
「まるで、プレイヤーキラーね」
――そうだね。ただ、なかなか奮闘したじゃないか。
「ちなみに、相手は一体誰だったの?」
――それはわからない。だけど、推察することはできるかもしれないね。
つまり、相手が何の罪を有する戦斗少女なのか。
私を除き、残す罪は六つ。「強欲」「傲慢」「憤怒」「暴食」「色欲」「怠惰」
「……色欲って柄じゃないわよね。あのぶっきらぼうな感じは怠惰って気もするし、傲慢って気もするし……」
やめよう。断片的な情報を繋ぎ合わせても、何も見えてくる気配がない。
先の少女との戦闘は思った以上に短時間だったようで、時刻は最後に確認したときからあまり進んでいなかった。それでも、身体は疲労困憊だった。
「とりあえず、今日はもう帰りましょう」
――うん。お疲れ様。
右手に篭もる熱は、冷めそうになかった。