作戦会議-カウンシル-
「さて。部活の名前も決まったことだし、重大発表ー」
高峰が、カラオケルームに備え付けられていたタンバリンを喧しく打ち鳴らす。
合わせて雨宮が気怠げに拍手をしていた。柊は相変わらずにこにこしている。
私は、この世の終わりのような表情で項垂れていた。
「深夜特務活動部、第一のイベントは……ズバリ! 巨大シェイド討伐戦ー!」
深夜特務活動部。
何の間違いか採用されてしまったその名前を、他人が話す度に頭が痛くなる。
「巨大シェイド?」
「なんですか? それ」
「そこについては、うちの子に説明してもらおうかな。ベルゼブブ、頼んだ」
高峰がスマートフォンを操作し、散らかった机の中央に置く。
画面上には、デフォルメされたキャラクターが動いている。これは――
「……ハエ?」
「うん。蝿だよ」
――なんや! 文句あるんか!
脳内に直接語りかける声。
リヴァイアサンの声と異なり、どことなく攻撃的な、馴れ馴れしいタイプの声だ。
デフォルメされたそれは、二人の言うとおり、蝿の姿を模したマスコット。
私のサポートAIは蛇の姿を模しているが、高峰のものは蝿か。
もっとも、地獄の悪魔の化身。猫だの兎だの、そんな可愛らしいモチーフでは、締まらないのもまた事実だが。
――ちゅーわけで、"暴食"のベルゼブブ様や。よろしゅうな。
「へぇー。なんか、可愛らしくなーい」
「うん。それは、使ってる私も思う」
――うっさいわ! ワイを呼んだんやから、はよ要件言ぃや!
五月蝿いのが、三人に増えた。いや、二人と一体とでも言うべきか。
しかもこの追加分は、脳内に直接怒鳴ってくるので、耳を塞いでも意味がない。なんと悪質なことか。
「とりあえず、巨大シェイドの情報ってのをね」
――しゃあないなぁ……ほな、耳かっぽじってよぉ聞いときぃや?
以降の内容をまとめるとこうだ。
今晩、特殊なシェイド――強化体と呼ばれる個体が現れることが予測される、と。
通常体よりもスペックがかなり上昇しており、戦斗少女二、三人での戦闘が要求されるそうだ。
つまり、戦斗少女同士の協力が必須な戦闘。
今まで私が経験してきた、単独でのシャドウ討伐と、対戦斗少女戦とは異なる、第三の戦闘体系。
……これだけの内容を、随分とまあ喧しく語ってくれたおかげで、脳みそが難聴になりそうだった。
「というわけで、深夜特務活動部の初めての協力作戦となるわけなのだ」
「なるほどね。第一位とか第二位は、とてもじゃないけど無理そうな戦闘ね」
第一位と、第二位。それは恐らく、あの大剣の少女と、片手剣の少女のことだろう。
誰かと協力して戦う。そんなことは、まずあり得ないであろう二人。
「呉越同舟、ということもあるかもしれないけど、まあ、今回は私達だけでの戦いだよ」
「にしても、どうしてそんな前情報が?」
「……"暴食"なりの嗅覚っていうのかな? ま、そういうことにしておいてよ」
獲物の匂い、とでもいうのか。
リヴァイアサンにしても、こいつらは、聞けば答えてくれるが、聞かなきゃ答えてくれない。
嘘はつかないが、常に真実を語るとも限らない。そんな胡散臭さを感じる。
巨大シェイドのことも、事前に聞いていれば答えてくれたのではないか。そんな気さえしてくる。
「とりあえずそんなだから、よろしくね」
「ふーん。ま、いいんじゃない? 最近シェイド狩りも単調で飽きてきたのよ。この前百体くらい纏めて狩ったけどね」
「可奈子ちゃん、流石にそれは誇張しすぎじゃない?」
「うぐっ……」
柊の温和ながら鋭いツッコミに、言葉をつまらせる雨宮だった。
同学年同士、ここまで仲が良いのは、昔からの親友とか、そういう付き合いなのだろう。
「それじゃ、第一回の会議はこれにてしゅーりょー!」
「ん? もっとなんか作戦会議的なものするんじゃなかったの?」
「別にいいんじゃない? 戦闘に入ったら、あとは勝手に息を合わせればいいでしょ。ま、同士討ちにだけは注意しておけば」
「……なんであたしの顔見ながら言うのよ」
べーつーにー、と明後日の方向を向く高峰に対して、キレた猫のような雄叫びを上げる雨宮。
柊はにこにことした表情を崩さず、手元の機械を操作している。歌う曲でも決めているのか、ただ色々眺めているだけなのかは分からないが。
……同士討ち。戦斗少女同士の戦闘は、これまでにも何度も目撃したし、体験もした。
このベアトリーチェというシステム自体、戦斗少女同士の戦闘を、十分に想定しているようにも思う。
それだと言うのに、今度は共闘とは。まるで順序が逆ではなかろうか。
もっとも、この戦闘の多様性が、ベアトリーチェなりの気遣いなのかもしれない。などと、深読みしてしまう。
要するに、プレイヤーを飽きさせないための工夫ということだ。ルーチン化した戦闘は、必然的に飽きが来る。そうすれば、シェイド討伐の効率低下は免れない。
もっとも、そういったことを、管理局とかいうあるのかないのか分からない存在が嫌うのかどうかすら、私にはわからないことなのだが。
深い考えをしようにも、部屋の賑やかさが思考を遮断してくる。
私は、なるべく音を立てないように部屋のドアを開ける。コップの中身が空になっていたので、適当に注いでこようと思ったのだ。
部屋の外もそれなりに賑やかだったが、部屋の中よりはマシだと思った。
「……でも」
それでも。
この賑やかさに、何処となく居心地の良さを感じてしまっている自分がいた。
◇ ◇ ◇
その後。カラオケボックスという密室の中で受けた辱めについては、早急に忘れようと思う。
◇ ◇ ◇
一行と別れた帰り道。精根尽き果てた顔を貼り付けたまま、バス停に歩いていく。
喉は痛いし、顔は熱い。明日学校に行ったら、変なウワサが流布されていやしないかと胃が痛い。
休日の夕方。私の体力精神力のゲージは既にゼロを下回っていた。
「あれ、ユーリじゃん」
「……セーラ?」
バス停の近くには、星良がいた。
春めいた私服に身を包み、華美になりすぎない程度に施された化粧。雑誌のモデルにスカウトされていてもおかしくない姿だった。
それに引き換え――
「珍しいね。買い物かなにか?」
「えっと……あ」
相槌を返した自身の声に、思わず言葉を飲み込む。
「なんか、声枯れてるけど、風邪?」
「いや、そうじゃないけど……」
どう説明したものか。
ベアトリーチェのことも、今しがた同じ高校の先輩後輩と遊んできたことも、ましてやカラオケで喉を潰してきたことなど。
何を言っても、状況が悪化する未来しか見えなかった。
「……や、やっぱり風邪」
「そうなの? だとしたら早く家で休んでないと」
「う、うん」
なるべく、静かな声で、単調に返事を返した。
「あーあ。もうちょっと早い時間に合流できたら、一緒に洋服とか見に行けたのになぁ」
「……セーラも、買い物?」
「まあね。と言っても、ウィンドウショッピングに終わっちゃったけどね」
「そう」
星良と一緒に洋服を見に行ったことは、これまでにも何度かあった。
その度に、あーでもないこーでもないと色んな売り場をまわったものだが、結局私が服を買ったことはこれまでに一度もなかった。
彼女が私のために色々見立ててくれるのには感謝している。嬉しいとも思っている。だが、その期待には応えられないと思うと、胸が痛いとも思う。
特別な人間に寄り添うべきは特別な人間であるべきだ。そう思うと、星良の貴重な時間を、私のために浪費させてしまうことはもったいないと思ってしまうのだ。
気持ちを表には出さない。きっと、気を遣わせてしまうから。だから、次第に断りを入れるようになった。
「それじゃ、バスが来たから」
「うん、じゃあね」
手を振って、バスに乗り込む星良を見送る。
腕時計の盤面を見る。私が乗るべきバスが来るまで、まだ時間があった。
――そして、深夜までの時間を、無意識に逆算していた。




