入部試験-テイスティング-(前)
深夜の屋上で、二つの閃光が弾けた。
開幕一閃。"暴食"が放つ刺突は、初撃から喉元を狙ってきた。
――まずは挨拶代わりだよ
そんな意図が込められているような、必殺の一撃だった。
咄嗟に一歩身体を引き、ガントレットでその軌道を逸らす。
あの日、あの夜、あの時。河川敷で、大剣の少女と戦っていた時に見ていた槍術が、今は自分に向けられている。
第三者視点で見ていたときと比べても、その槍の速さはやはり異常だと思った。
先程弾き返したはずの槍は、一度手元に戻すという動作が欠落している。それはただの錯覚のはずなのだが、そうとしか表現できないほどの神速。
弾いた先から、次の一撃がやってくる。私は一歩も動けず、その連撃を捌くことで精一杯だった。
だが、神速の連撃と言えども綻びはある。常に降り注ぐ攻撃は、言ってしまえばそれだけリズムが一定しているということ。
数十を超え、百近い攻撃を捌いている内に、目が追いついてきた。
――今なら、行ける。
それは、まさに刹那。槍の先端を軽く払うと同時に、大きく一歩前進する。
踏み出した足が地に着くよりも早く、次の一撃が放たれようとする。だが、その一撃は"既に視えている"。
必要最小限の動作でその一撃を交わす。僅かに衣装が裂け、肌を風が切る。
槍の刺突が届かぬ間合いに踏み込んだ。そのまま、もう一歩を踏み出さんとする。
だが、次にやってきた一撃は刺突ではなく、横に薙ぐ一撃だった。
野生の勘が私の身体を跳躍させ、その一撃を回避する。
槍は、その慣性を殺さぬよう蛇のようにうねり、縦横無尽に振り回される。
「ほう、やるねぇ!」
一点にその破壊力を集中させた刺突は確かに脅威だ。だが、私の身長の1.5倍はあるリーチを活かした振り払いは、それ以上の脅威である。
熟練した技巧で振り回される長槍は、不可侵の制空権を作り出すに至る。迂闊に踏み込めば、ありとあらゆる角度から槍が襲い掛かってくる。かと言って距離を大きく開けば、また先程の刺突の嵐がやって来る。
あと一歩。私の間合いに迫るには、その後一歩が遠い。
私と"暴食"との距離間隔は、戦闘開始時より縮まっていた。だがそれでも、相手の方がやや優位な間合いのとり方だ。
こちらが半歩踏み込めば半歩下がられ、逆に後退の素振りを見せれば容赦なく踏み込んでくる。
常に優位な間合いを保つ――槍兵としての一般的な戦闘のセオリーを無視した攻勢。そう――戦斗少女同士の交戦は、もはや一般論には縛られない。
相手に躊躇いが生じたならば、容赦なく踏み込み、その心の臓を穿つ。
ただ、押し切って、勝つ。
そんな単純で暴力的な論理を具象化したような戦闘だ。
更に数十の打ち合いの最中、横目に屋上の柵が見えた。
気づかぬ内に、屋上の端まで追いやられていたようだ。柵を背負い、槍を掻い潜り、流し、弾く。
瞬間、槍の猛攻が止まる。
それは、一秒にも満たない空白。だがその空白の間に、私は次なる戦闘の局面を思い描いていた。
次の槍の一撃――それは、"暴食"自身が槍の一部と化したと見紛う、烈火の如き突進だった。
槍の先端を極限の反射神経で回避するが、突進の勢いは止められない。
人間一つ分の質量の弾丸。極力衝撃を殺すために、後ろに跳躍する。背中が柵にぶつかるが、構わない。
痛烈な体当たりを受け、柵がひしゃげる。その勢いのまま、二人は地上十数メートルの空中に投げ出された。
「っっ――ー!!」
「落下まで五秒もないが……付いて、これるか――!」
それでも攻防は止まらない。
空中で放った拳は槍の柄に阻まれ、そのまま"暴食"は空中で自在に態勢を変え、槍を立体的に振るう。
攻撃の作用反作用により、歪な落下軌道を描きながら、夜の宙空に火花と攻撃の軌跡が踊る。
落着まで、後三メートル。
全身を独楽のように回転させ放たれた槍の一撃が自分の体を捉える刹那――槍の刃の根本。刃の付いていない際の部分を、両手で受け止める。
「げっ――!」
そのまま受け止めれば、両の腕が破壊される。だから、勢いは殺さない。
遠心力を載せたその一撃の、その軌道だけを捻じ曲げ、思い切り、校舎の壁に向かって、槍の担い手ごと叩きつける――!
人間弾丸となった"暴食"は、校舎の壁に激突し、そのまま大きな風穴を開ける。
投擲の勢いで私は地表に降り立ち、破壊された校舎の壁を見据える。砂煙が立ち込めた先は、体育館に通じていた。
「痛たたた……あーあー……見事にぶっ壊してくれちゃって……生徒会に苦情が入るわね、こりゃ」
"暴食"は、砂埃まみれになった衣装を手で払いながら立ち上がる。
そして、自身が粉砕したコンクリート製の壁を一瞥してから、槍の柄尻で軽く床を叩いた。
「別に、こっちの世界の器物だったら問題ないでしょ?」
「それもそっか。それじゃあ遠慮なく、ぶっ壊させてもらおうかな!」
槍を頭上で大きく回転させ、風を起こし砂煙を払う。
体育館には、巻き起こった暴風の音がよく響いた。
戦闘は第二幕。次の段階へと駆け上がり始めていた。




