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第六話

「お、おい、だいじょ……っ!?」


 俺は後ろから剣に貫かれてうつ向きに倒れた切原を見て言葉を失う。いや正確には剣の方を見て、だ。

 剣が床をすり抜けているのだ。切れ味が鋭すぎて、何の抵抗もなく滑らかに床を貫通した訳ではない。もしそうなら切原は床に固定されるはずだ。だが実際は――。


「うっ、ぐあっ……!」


 のたうち回るというほどではないが痛みで激しく悶えている。どう見ても固定されているようには見えない。

 それによく見てみると傷口から血が出ていない。普通なら剣どころかカッター、それこそシャーペンだろうが思いっきり突き刺されば血が出る。子供でも知っている当たり前の話だ。でも切原は剣に貫かれているにも関わらず出血していない。これは明らかにおかしい。

 だからと言って、これが幻か何かだということもないだろう。事実として切原は痛みを感じているのだから。

 ……これってどうすればいいんだ? 漫画とかで刺さっている剣を抜くと出血が激しくなるから抜かない方が良い、みたいなことを読んだことはあるが、切原は出血していないわけだし。抜いていいのか? ていうか抜けるのか?

 ピエロはこれで答え――剣が本物なのか偽物なのか分かると言ったが、俺にはどっちなのか判断できない。


「おや、切原くん以外はまだピンッと来ていないようですね。ここはわたくしがハッキリと言葉で説明した方が良いですかね? それともこのままの方が恐怖を煽れて雰囲気も作れるし説明しない方が良いですかね? 未知ほど恐ろしく興味深いものはありませんし」


 ……ピエロの妙に勿体振った人をおちょくる言い方に場違いにもイラッとしてきた。もし宮城がこんな喋り方をしたら間違いなく殴る。

 相変わらず面倒臭い奴だ。


「……ん?」


 一瞬、遅れて気付く。

 ……相変わらず? 俺は何を考えているんだ?

 俺とピエロはさっき初めて会ったはずだ。それなのに過去にどこかで会ったような、そんな懐かしさ……いやデジャヴを今感じた……。

 右手で頭を押さえながら自分の記憶を探ってみる。いくら考えてもピエロのことなんて思い出せない。

 ……それでも何だろう、この大事なことを忘れているような感覚は……。


「……答え、は……半分本物、半分偽物だろ……?」


 俺の思考を遮るように切原が痛みに耐えながら掠れた声で答えた。

 とりあえず違和感のことは忘れて、今は切原の話を聞くか。頑張っても分かりそうにないし、今の状況においてはこっちの方が優先順位は上だ。

 で、半分本物で半分偽物? 全く意味が分からないんだが。


 俺はその答えを聞くために切原の方を向いたところで――ゾッとした。恐怖した。戦慄した。

 切原がまだ笑っていたのだ。それも心の底から楽しそうに。気持ち良さそうならともかく何で楽しそうなんだ?

 いや、どっちにしろ理解できないけど。

 痛みが消えた訳ではないだろう。未だ顔から変な汗が流れているし、表情も苦悶に満ちている。それこそ今すぐにでも死ぬんじゃないかと思えるほどに。

 それなのに切原は笑っている。まるで生きる意味を見付けたかのように笑っている。

 痛みで頭がおかしくなったようには見えない。最初から変な奴だとは思っていたけど、これで確信した。こいつは完全にイカれている。

 そんな切原の様子を見て中学生みたいな女の子が心配そうに話かける。


「だ、大丈夫ですか……?」


「……心配しなくていいよ。どこも怪我していないから」


 逆に心配したくなる消え入りそうな声で切原が答える。

 ……本当に大丈夫なのか? だんだん弱ってきているんだが。


「どういう意味だ?」


 次は今まで会話に参加してこなかった眼鏡をかけた男が口を開いた。眼鏡の奥から見える目は切原を全く心配しておらず、必要事項を確認しているだけといった感じで冷静そのものだ。

 この男も間違いなく普通じゃない。


「見たら、分かると思うけど? どこからも血が出ていないんだから」


「そんなことはどうでもいい。お前が死のうが興味ないからな」


「……酷いね。平和な日本に住む学生の発言とは思えないよ」


 切原は意味もなく適当に茶化すが、眼鏡をかけた男は無視して質問の続きを口にする。


「お前に刺さっている西洋剣のことだ。半分本物で半分偽物というのは、どういう意味だ?」


「そんな――」


「黙れ。お前の戯言に付き合うつもりはない」


 眼鏡をかけた男が切原の言うことを……いや、することは見透かしていたかのように先回りして遮る。一体、切原は何て言おうとしたんだ? ていうか、眼鏡をかけた男は何で最初の三文字だけで切原の言おうとしたことが分かったんだ? 少し気になるし後で聞いてみるか。

 眼鏡をかけた男の反応に対して切原は激痛に耐えているせいで分かりづらいが苦笑する。


「……さすが噂に聞く氷室聖也。良い観察力をしてるね。予想していたよりもやりづらそうだ」


「……俺のことを知っているのか?」


「そりゃ君も有名人だからね」


 自分の名前が知られていたことに眼鏡をかけた男――氷室は眉をひそめるが、そこまで動揺はしていないようだ。

 こいつも有名人なのか。俺は見たことも聞いたこともないが。

 アイドルがいる訳だし、今度はモデルか俳優あたりか? イケメンだし有り得そうな話だ。


「僕はそこにいる望月彩菜のファンだけど、君のファンでもあるんだ。後でサインをくれないかな?」


「断る。ファンサービスなんかに興味はないからな」


 提案を一蹴されたが切原は最初から分かっていたみたいに気にした様子はない。

 この二人の会話は別に嘘をついている訳ではないけど何らかの駆引きをしているように見える。本当にそうなのか、仮にそうだったとしてどんな意味があるかまでは俺には分からないが。


「まぁ、仕方ないね。僕も無理を言うつもりはないし……。じゃあ、君の質問に答えようか」


 そう言って切原が続けて言った答えはシンプルで分かりやすいものだったが俺には理解できなかった。


「この剣に質量は存在しない。つまり偽物だ。でも痛みだけは本物なんだよ」

六話終了です。


では感想待ってます。

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