09 閃くもの
最も恐ろしき竜、その竜の中で最も恐るべき竜王たち。
迷宮惑星に彼ら以上の存在はありやなしや?
まだ見つかっていないだけか、それとも彼らこそが絶対強者なのか。
――シンロン迷宮からの亡命者の言葉
『あなたのやり方にはついていけない。そういうことです』
私の脳裏に急にそんな言葉が降って湧いた。
かつて私の同僚であり友だった男が私の元を去る時に残していった言葉である。
私はどうも人付き合いというものを理解できないタチのようだ。私の話を理解できるまともな協力者、知的水準の持ち主に出会うことさえまれな上に、そうした友も私の元から離れていくことしばしばだ。
最近は協力者を逃がさない方法を開発したものの、結局それでは友にはふさわしくない存在へ変化させてしまうも同じことだった。
彼は今どこで何をしているのだろうか?
私がかつてほとんど唯一その能力において私と同列にあると認め、短い間だったとしても一時期はお互いを友と見なしていた彼は……。
と、私はそこで思索を打ち切った。
今の私は孤独である。しかし孤独であっても問題ないようなマインドセットを身裡に構築し、そのように自分自身の身体をセッティングしている。つまりひとりでいる時のほうが高いパフォーマンスを出せるのだ。
にも関わらず、私はなぜ彼のことを思い出したのだろうか?
私はかぶりを振り、今現在眼の前に広がる案件へと意識を集中しようとした。
そこで私は一頭の翼竜に目をつけた。
*
現地調達だな、と私は誰に聞かせるでもなくひとりごちた。
シャフトからようやく這い上がってきたばかりの雛竜を片っ端からエサにする大きな翼竜は、私の見たところビィのひとりを載せてもびくともせず飛び回れるだけの力がありそうだった。
この翼竜を利用する。
まずは”十二の卵”を使って眩惑し、洗脳を仕掛ける。必要に応じて、ヴァーミンから抽出したありったけの洗脳液を注射する。
そうして私の意のままにおくのが第一段階だ。
奴隷化した翼竜に飛び乗り、その翼竜をシャフトの中へと飛ばす。
あとは奴隷化翼竜が降りられる限界まで降りていく。
そこまで降りで何か見つかればそれもよし。翼竜が降りられる限界をも上回る底なしの穴であるならば――もはやどこまでつながっているのか見当もつかない。結果はどちらでも構わない。どうなったとしても結果を確かめるだけの価値はあろう。
私は早速体格のいい翼竜の姿に目を留め、そのどす黒く血に染まった顔つきの凶悪さに奇妙な信頼感のようなものを抱いた私は、アンブレラドローンの迷彩の下からそっとアタッシュケースをつきだした。
ケースの中から、生物的なモノが動きまわる音が漏れた。十二の卵のひとつひとつは独立した生命体であり、私の技術で同調させている。そしてこのときも”十二の卵”は私の設計通りシンクロ洗脳ウェーブを発射した。
アタッシュケースの表面から陽炎が立ち上り、目に見えない波紋状のチカラが投射されると、血まみれの翼竜はビクリと痙攣し、しゃぶりついていた肉の破片付き骨を口から離した。
何かが起こっているという自覚はあるのだろう。
翼竜は落ち着きをなくし、己を狙う何者かの姿を探し始めた。
ここからだ、と私は唇を湿した。完全に洗脳状態に置かなければ、危険すぎてその背にまたがるどころではあるまい。
コソコソと地面を這うようにして翼竜の足元近くまで移動し、私は翼竜の姿を下からのアングルで覗いてみた。
尻のあたりに震えが来るほど凶悪な面相だ。ちょっとでも気を抜けば、私の頭など上半身ごとまとめて食いちぎられるだろう。シャフトの周りには同じ程度の大きさの翼竜が5、6頭はいる。死の危険性が限りなく高まる。
私はこれまでの人生において様々な迷宮生物やヴァーミンと遭遇し、戦ってきた。時にはその相手がビィだったこともある。
しかし迷宮生物でここまで強者の風格と殺気の塊を全身から放つ存在は見たことがない。
何の誇張もなく芯から恐ろしい。
恐怖。
恐怖か。
私は少々死ににくい体質である。だが死ににくいからと言って死の恐怖を完全に払拭できるわけではない。頭をかち割られて脳髄をすすられるのも、鋭い鉤爪で腹わたを引きずり出されるのも嫌だ。可能な限り死なずに済ませたい。
ひと呼吸置き、私は意を決してもう一度洗脳ウェーブを放った。今度は出力を絞って翼竜の顔面に焦点を合わせた。門術使い12人分に匹敵する洗脳ウェーブである。翼竜が抵抗力を備えていたとしても、一点集中した洗脳力には屈するしか無いだろう。
自分の体に異常が発生したことに気づいた翼竜は身をよじって洗脳ウェーブから逃げ出そうとした。その暴れる足元で何頭かの雛竜が踏み潰された。私は逃げ出したいのを抑え、徹底的に翼竜の脳を狙った。
時間にして30秒。
翼竜はついに我が洗脳ウェーブに耐え切れず、頭を垂れて私をその背に乗れと這いつくばった。
私は長い溜息をつき、どうやら殺されずに目的を果たせそうだと安堵した。
なおもコソコソと、他の竜たちに異変を気取られぬよう私は翼竜の傍らまで走り、その鱗に足を掛けた。
次の瞬間である。
私が洗脳したその翼竜は、首から先が全てなくなって死んだ。即死だった。
完全にあっけにとられ、何が起こったのかわからない私に自らをアピールするかのように、その巨体は私のすぐ前まで顔を近づけた。
竜の顔だ。
ついさっきまで洗脳を仕掛けていた私が1、翼竜が5だとすれば、その竜の大きさは30に値しようか。
完全な成体、シンロン迷宮で最も恐ろしいクリーチャーのひとつ、雲竜と対をなす雷鳴竜の姿がそこにあった。




